第9話 王宮でのお茶会と魔法師団長

僕は国王陛下との謁見を終え、謁見室を退出して、ベルナルドさんと共にリアンノン姫の居所を訪れることになった。


迷路のような城の廊下を連れられて行った先に目的の部屋があった。


「ははは。なかなか道はわからないでしょう。」


ベルナルドさんはそんなことを言った。城の内部はこれから覚えていけばいいらしい。


部屋に入るとリアンノン姫が満面の笑みで待ち構えていた。


「ついにレーシュ様が私の護衛騎士になってくれたのですね。ようこそ私の部屋にいらっしゃいました。」


「い、いえ。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。」


「そんなに緊張しなくてもよろしくてよ。さあお入りになって。」


僕は姫君に手を取られながら部屋の中に入った。


「今日は姉のクレアと弟のシャールも呼んでお茶会をする予定なのです。」


僕はお茶会なんて行ったことはないし、そもそも女の子とこんなに親しく話をするのも初めてである。屋敷にいた時にも侍女やメイドと話をしたことはあるけれどもほとんど用事を言いつける時くらいしか話をしなかった。


侍女がお茶を運んできてくれたので二人でお茶を飲む。


時々ベルナルドさんの方を見るが、ベルナルドさんは完全に明後日の方向を向いていてこちらに関わる気はない様子だった。


僕は姫君に何を喋ればいいのか全くわからなかったので最初はヒヤヒヤしていたのだけれど、リア姫の方が僕に聞きたいことが沢山あったみたいで姫に聞かれたことに色々答えるだけでよかった。雰囲気に慣れてくると僕の方も姫君に質問することもできた。


姫君は家庭教師の授業がよほど嫌だったようで家庭教師に厳しく教えられた話を沢山してくれた。僕はギフトなしになったときに家庭教師はいなくなったから少し羨ましかったけれど。姫君は僕に家庭教師はどうだったのか聞いてきた。その時、僕はクローヴィスさんのことを少し話した。


「レーシュが剣術に優れているのはクローヴィスさんのおかげなのね。」


姫君は感心したように言った。


「うん。彼に教わったものは僕にとってなにものにも変え難い貴重なものだったと思っている。」


そうして僕たちは少し黙ってお茶を飲んだ。


そうしているとリア姫の双子の姉のクレア姫がやってきた。


クレア姫もリア姫も優雅にお上品なカーテシーで挨拶した。

僕は騎士の礼をした。


クレア姫は太陽のような金髪と透き通るような肌のいかにも王女らしい美人さんである。人々が光の聖女と呼びたがるのもわかる。


クレア姫はソファに腰掛けると僕の方をジロジロ見て言った。


「謁見室でも見たけれど、きれいな顔をしているわねえ。さっきの騎士の礼も美しかったし。夜会の時のパートナーに時々貸して欲しいわね。」


クレア姫はいきなり何を言い出すのか。


僕も焦ったが、リア姫はもっとびっくりしたみたいで慌てて言った。


「ダメよ。レーシュは私だけの護衛騎士ですもの。いくらお姉様でもお貸しするわけにはいかないわ。」


クレア姫もリア姫の剣幕に驚いたみたいだったが、すぐに体勢を立て直して言った。


「まあ、リアったら、新しい護衛騎士様にぞっこんなのね。大丈夫よ。私がかわいい妹の恋路を邪魔するわけないじゃない。さっきのはただの冗談よ。」


リア姫は恋路と言われてか顔を真っ赤にしてあうあう言っている。

これは仕切り直しが必要だよね。

僕は側に控えていた侍女にクレア姫のお茶と一緒にお菓子も用意するように頼んだ。


これは本来なら女主人の仕事なのだが、顔を真っ赤にしてあうあう言っていた女主人の代わりにしなきゃ話が進まないものね。


お茶とお菓子が来ると二人の王女様の機嫌はすっかり良くなっていつのまにかリア姫と僕とが王都のどこにデートに行くかの話になっている。

僕は王都の地理についてはよく知らないので下手な口出しはせずにひたすら従者の顔で立っていることにした。


リア姫も王都の地理にはそれほど詳しくないらしくクレア姫に色々聞いている。クレア姫も恐らくは侍女などからの又聞きの知識なのだろうが、いろいろな話をして姉としての威厳を保つことになった。


二人の白熱したやり取りを聞くともなく聞いていると別の侍女がやってきてシャール王子が来たとのことである。


二人の姫君にもそのことを伝えて王子をお迎えする準備をした。


侍女に連れられてシャール王子が現れた。


「み、みなさんごきげんよう。僕はシャール王子です。」


少したどたどしかったがシャール王子がしっかりとご挨拶できたのでクレア姫が早速、王子に抱きついて行って「しっかりご挨拶できたねえ」と頭をなでていい子いい子していた。


それが落ち着くと王子は僕の方に向かって言った。


「お父上はあなたが強い人だと言いました。どうやったら強くなれるのですか?僕のお兄さんになって教えてくれませんか?」


クレア姫がそれを聞いてにっと笑みを浮かべて言った。


「シャール、リアがこの子のことを好きだから結婚したら本当のお兄さまになるかもね。」


それを聞いてリア姫があわあわしている。


シャール王子は「結婚したらエディスお姉様のように遠くの国に行くのではないのですか?」という。


王家の長女のエディス王女は隣国のネイザル王国の王太子と結婚して隣国に行ったので王子は結婚すると遠くにゆくものだと勘違いしているのかもしれない。


僕は王子を安心させるように言った。


「王子、私はリア姫様の護衛騎士ですからこの王宮で姫君をお守りするのが仕事なのです。なので私は王宮にいますからご安心ください。国王陛下からはリア姫だけでなくご兄弟皆様をお守りせよと命じられていますから御用があれば遠慮なくお声を掛けてください。」


そう言うと王子は嬉しそうに「うん」と言った。


「さあ、こちらにお菓子がありますからみなさんで食べましょう。」

僕が王子をお菓子のテーブルに案内すると王子は嬉しそうにお菓子を食べた。

侍女だけでなく姫君たちも王子のお世話がかりになって王子のためにタルトを切り分けたり口の周りについたお菓子の屑をナプキンで拭ったりとてんやわんやであった。


お菓子が一段落した後でいきなり僕に向かって言った。


「ねえ、レーシュ、あなた精霊か何かを召喚しているの?」


それを聞いてリア姫が慌てて「あの、レーシュ、言いたくなければ言わなくてもいいのよ。」とクレア姫を遮ろうとした。


「リア姫様、大丈夫ですよ。王都に来た時に精霊がバレたら王家に捕まると聞いて隠していただけですから。」


「でも」


「さあ、エフィー、出ておいで。」


「合点承知!」


いきなり現れた

エフィーは空中ででんぐり返りししながら飛び回った。その軌跡には火花が飛び散ってまるで小さな花火のようだった。


シャール王子はもう口をあんぐり開けてエフィーが飛ぶのを眺めている。


「エフィーはイフリートっていう火の精霊なんだ。」


「ただの精霊じゃないぞ、大精霊様だぞ、えっへん。」


エフィーは偉そうである。


クレア姫は「あなた、いくつ秘密を隠しているのよ!」と叫びそうに言った。


リア姫は「やっぱりあの時の魔法は…」と呟いたあと、我に返ったように「クレア、ダメよ。レーシュは私だけの護衛騎士だからね。」とクレア姫を牽制していた。


当然ながらこういう大騒ぎの後には魔法師団への出頭要請が来るのは当然のことである。


(まあ、エフィーを隠さなくて良くなったからいいか)


♢♢♢


翌朝、朝食を食べ終わった時には既にローブを被った性別のよくわからない人物が側に立っていたのである。


「私はジェニス、魔法師団の師団長をやっている。今日は国王陛下から君を一日借りているから諦めて私に付き合ってくれたまえ。」


そう言ってジェニスは僕の腕を掴んでずんずんと引っ張っていった。


ついにはどこかの部屋に連れてこられた。


ジェニスは「ここが私のオフィスだよ。」という。


「君を切り刻んだりはしないから安心してそこのソファに掛けてくれ。」


(切り刻むレベルなのか?)


少し驚いたがもう逃がしてはくれなさそうなのでソファに座った。


ジェニスは何かの器具を取り出して、そこに少しだけ魔力を流すように言った。

そうすると器具からは赤や青、緑、茶色と黒の五色の輝きが揺らぐのが見えた。


「うんうん、素晴らしい才能だ。」


ジェニスは満足した顔をしている。


次に水晶玉の器具を持ってきてそれに触れるように言った。


触ると水晶玉は結構明るく輝いた。


「おう、おう。今度は魔力を遮断して!」


水晶玉の輝きはピタリと消えた。


「今度は全力で魔力を放出して!」


水晶玉はさっきとは比べ物にならないほど輝いて、しまいには水晶玉の台座の部分から煙が上がってきた。


「あ、振り切れた!もう魔力は閉じて!」


「素晴らしいね。女神の恩恵並みの魔力だよ。この魔道具は改良する必要があるな。」


ジェニスは明らかにウキウキしてエフィーを呼び出すように言った。


エフィーが現れるとジェニスは「この時代に大精霊様を扱えるなんて!」と感極まったように叫んでいた。


大精霊様と呼ばれたエフィーも機嫌が良さそうで、ジェニスと延々と語っていた。


エフィーとジェニスの会話をもう呆れて見ていると、メイドが恐る恐る昼食の準備ができたことを告げにきた。


けれども話に夢中のジェニスは気が付いていないようだ。


仕方がないので僕はジェニスとエフィーの間に割って入ると「お昼ご飯の時間です。」と強制的に会話を終わらせざるを得なかった。


ジェニスは意外にも食事のマナーは上品だった。


「これでも王族や高位貴族と会食することは多いからね。」


ジェニスは寂しげに微笑んだ。


食事の後は外に出て魔法の実践をすることになった。


僕が知っている魔法は炎の矢だけなのでそれを披露することにした。エフィーもやる気満々である。


いつの間にか矢の数は三本になっていたのでそれぞれ別の的に当てることにした。


ドッゴーン!


大音響と共に三つの的は消滅した。


ジェニスは「君、王女様の護衛騎士はもったいないよ。今すぐ魔法師団に入れ。副師団長にしてやる。」と本気の勧誘を仕掛けてきた。


ありがたい話だったがリア姫の怒る姿を考えるとここは断るしかない。


結局、名誉魔法副師団長というよくわからない称号を押し付けられてしまった。


その後はジェニスにいろいろな魔法を教えてもらうことになった。


夕刻、やっとジェニスから解放されて宿舎に戻った僕の部屋には「すぐにリア王女の部屋に来るように」というメモが机の上に置いてあり、そのメモは淡く光るとふわりと浮き上がるとどこかに向かおうとする。

僕はその紙の後をついて王宮内をぐるぐると向かうと、見覚えのあるリア姫の部屋に辿り着いた。


部屋に入るとふわふわと飛んでいた紙はくしゃりと地面に落ち、代わりに心配そうな顔をしたリア姫が顔を出した。


「レーシュ、魔法師団で酷いことをされなかった?」


「姫様、大丈夫ですよ。心配ありません。」


リア姫は僕の腰に手を回して抱きつくような格好になった。僕はどうしていいかわからずに硬直した。

無意識のうちに僕はクレア姫がシャール王子にしていたみたいにリア姫の頭を撫でていたみたいだ。

護衛騎士の行動としてそれはいいのかという根本的な問題はあるが、リア姫が目を閉じてリラックスしていたからそれでよかったのだろう。姫付きの侍女たちは生暖かい目で僕たちを見ていたが文句を言ってくることはなかった。

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