わたしは探偵瑞月


「……人、増えてない?」


 ってか、間違いなく増えてる。


 あの裏道の入口でわたしと一緒にいたのは、朝日、明神君、姫乃ちゃん、他に女子が数人だけだった。


 なのに、今芸能科側の部屋は、人でいっぱいになっている。

 男女問わず、芸能科の生徒がたくさん。よく見るとわたしたち高等部1年だけじゃなく、2年生の先輩や中等部の子までいる。


「朝日、どうしたのこれ」

「俺じゃねえぞ」

「ああ、僕が言って回ったんだよ。『これから朝日の姉が、図書準備室の密会のうわさの謎を解くから、聞きたい人は図書準備室に来て』って」


 振り返ると、明神君がにっこり笑っている。


「朝日の姉さんか、確かに似てるな」

「というか普通科じゃないの、なんで芸能科のうわさのこと知ってるの?」


 そしてわたしに集まる視線。ちゃんと見なくてもわかる、みんなわたしに興味津々なんだ。


 これじゃあ容疑者どころじゃなくて、『野次馬集めてさてと言い』じゃないの。



 いや、もういいか。


 わたしは話すって決めたんだ。姫乃ちゃんにかけられた誤解を解き、朝日の恋心を応援する。


 どうせみんな誤解してる。いっぺんに多くの人の誤解を解けるんだ。


 やってやろうじゃないか。



「はじめまして。わたしは高等部普通科1年C組、大宮おおみや 瑞月みづきです。芸能科の皆さん、いつも弟の朝日がお世話になってます」


 自己紹介して、わたしは深呼吸。

 大勢の前で喋る経験は、わたしにだって何度もあった。


 秋津さんから昔聞いた、人前で緊張しないコツを思い出す。


「瑞月ちゃんは一般人なんだから、緊張して当たり前なの。それでもどうしても緊張が嫌だったら、演技をすること」

「演技?」

「そう。『自分は今、瑞月という役を演じている』って思うの」


 さしずめわたしは、これから探偵役になるということか。



 あれ、そう考えると楽しくなってきた、かも?



「――さて」



 ***



「この図書準備室で、あの人とあの人が密会していた、そんなうわさが芸能科にはいくつもあるとわたしは聞いています。まあ実際、校舎の奥まった場所にあるここは、こっそり人と会うにはいい場所かもしれません」


 首を縦に振る芸能科の生徒が、何人もいるのがわたしから見える。

 ふと見ると、わたしの隣に立つ明神君がなんとも言えない微笑みを浮かべている。

 

 やっぱり、多くの人が誤解をしているんだ。

 いや、もしかしたら一部は誤解ではなく、本当にこの部屋を使って密会してた人もいるのかも。


「それにここは、監視をかいくぐって芸能科と普通科を行き来できる場所でもあります。人に会わずとも、この部屋まで来る人はいるでしょう。あと、鏡があるのでそれを使って演技やステージの自主練をしてる人もいるかもしれない」


 姫乃ちゃんが美術室を使っているのと同じだ。

 芸能科の生徒にとっては、ちょっとした空き時間で練習や確認ができるのは貴重かもしれない。



 わたしは、姫乃ちゃんに向き直る。

「姫乃ちゃん。だったら、密会とか関係なく住吉監督は、この部屋に来てたかもしれないと思わない?」

「監督は、何かしらの理由があってこの部屋まで来た、ってこと?」

「その可能性はあると思う。特に住吉監督はここの普通科のOBでしょ? 在学当時この部屋に来たことがあって、昔懐かしくなってまた来てみたのかもしれない」


 住吉監督にちゃんと確認を取ったわけではない、そもそも取るすべがない。

 でも、可能性としては十分あり得る。


「住吉監督以外にも、OB・OGが青修を訪れたついでにこの部屋へ立ち寄ってみた、そういうことがあっても別におかしくはありません」

「だから、そこで生徒と会ってたってことなんじゃないの?」

 裏道の入口で最初に会った女子の1人が声を上げる。


「そうとは限りません。もしこの図書準備室に1人しかいなかったとしても、2人いるように見える場合があるのです」


 そのわたしの言葉に、一同が?という顔になる。


 いや、唯一明神君だけが、ずっとニコニコしている。

 明神君も、密会のうわさを信じているはずなのに。


 

 ――やっぱり本当に、わたしの推理を聞きたいんだ。



「実際に、やってみますね」


 わたしはそれまでずっと閉まっていた部屋のカーテンを開けた。ついでに窓も開けた。


 すでに太陽は沈みかけ、オレンジから黒に変わろうとしている空には星が見え始めている。

 わたしは窓から顔を出して、姫乃ちゃんが使ってるという美術室の位置を確認。


 そして隅に追いやられていた、大きな鏡を引っ張り出してくる。

 鏡に付いているキャスターを転がして、ざっくり美術室と窓を結んだ直線を伸ばした先に鏡を配置できた。


「朝日、ちょっとそのへんに窓の方を向いて立っててくれる?」

「お、おう」


 わたしが指した窓の近くの位置に朝日が立つ。


「そしたら姫乃ちゃん、美術室でいつもみたいにポーズや演技の練習をやっててくれないかな」

「今?」

「うん。美術室にいるはずの姫乃ちゃんが、図書準備室にいるように見える……そういう状況を、これから再現する」

「――わかった!」


 わたしと一瞬目が合うと、姫乃ちゃんは駆け出していった。

「それであと、誰かこの図書準備室を外から見ていてほしいのだけれど」

「じゃあ、僕が行くよ」


 その時、すっと手を上げたのは明神君だった。


「照行?」

「わかったよ、大宮さんのやりたいことが。誰か目撃者役をやれ、ってことでしょ?」


 明神君の目は、さっきからずっとわたしが持ってきた鏡に向けられている。



 もしかして。

 明神君も、気づいたのだろうか。

 この鏡によって、ありもしない密会疑惑が生まれたのかもしれない、ということに。


 いや、わたし同様ミステリ好きな明神君なら、わかってもおかしくないか。


「うん、お願い」

「よし。じゃあ、僕がうわさの真偽を確かめてこよう。そうそう、僕以外にもこの目で見たいって人はついてくると良いよ」


 そう言って明神君は部屋を出ていく。すると、女子がたくさんついていってしまった。

「すげえな、照行」

「……朝日も、ああなりたい?」

「えっと……俺は、伊那沢さんが、いるなら」


 朝日が小声になり、その顔はわずかに赤くなる。

 うんうん。朝日が伊那沢さん一筋と決めたのなら、それが一番だ。



「あっ、姫乃ちゃんは大丈夫みたいね」

 わたしはわざと朝日に聞こえるように言ってみる。

 すると、すぐさま朝日が窓の方を振り向いた。


 美術室の窓から顔を出した姫乃ちゃん。わたしたちと目が合うと、軽く手を振る。


「どう朝日?」

「どう、って」

「頑張りなさいよ。わたしは応援と少しの手伝いしかできないんだから」


 姫乃ちゃんは、朝日から思いを寄せられていることにもう気づいているはず。

 他の女子がいる前であんな誘い方もしたことだし、学校中に広まるのも時間の問題かな。


 まあ、朝日はそれがわかってて姫乃ちゃんを誘ったんだ。


 信じてあげようじゃないか、朝日を。


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