理由の無い確信
「伊那沢さんさ、俺と一緒に、ここ、入ってくれない?」
で、予想通りの言葉が、朝日から出てきた。
後ろ手で裏道の入口を示しながら。顔を真っ赤にしながら。
「え、あ……え?」
次の瞬間に固まる姫乃ちゃん。
そりゃそうだ。姫乃ちゃんだって裏道については色々と知っているはず。
朝日がその裏道へ一緒に入ろうと誘ってきたということは、つまり姫乃ちゃんに対して何らかの感情があるということになる。
もちろんそれは、あの芸能科女子たちにもわかるはずだ。
「やっぱり!」
「行くわよ」
彼女らは、物陰から飛び出した。その表情からは、不満しかうかがえない。
「ちょっと伊那沢!」
「何抜け駆けしてるのよ」
「ゆきちゃん? さくらちゃん? ――ってみんなどうしたの?」
振り向いた姫乃ちゃんが困惑している。
朝日の方も、突然現れた女子たちにあたふた。数歩後ずさりして、両手を顔のところに持ってくる。
その朝日と姫乃ちゃんの間をふさぐように、女子たちは立つ。
「どうしたの、はこっちのセリフよ。あんたどうやって大宮に言い寄ったの」
「そうそう。もしかして、また密会とかした?」
「してないって! 今朝、個別でいきなりメッセージが来て、放課後に会ってくれって言われて。土曜日に仕事場が一緒だったから、何か伝えることがあったのかなって思ったらついてきてくれって」
朝日、そんなことしたのか。
さては、土曜日に姫乃ちゃんが撮影を観に来てくれたのがよほど嬉しかったと見える。
二言三言ぐらいだけど楽しそうに会話もしていたし。それで、その勢いで一気に関係を進展させようと思ったのか。
それ、わたしに相談してくれれば良かったのに……なんて考えが一瞬よぎるが、そっちはおいといて。
「へえ。仕事場が一緒ねえ」
「たまたまだよ? 学校以外では初対面だし。第一あたし、密会とかしてないって何度も言ってるでしょ」
「でも、見たって人が何人もいるのよ。住吉監督が青修に来てた日、伊那沢と住吉監督が図書準備室で一緒にいたって」
「だから違うわ。あたし、そもそもあそこ行ったこと無いし」
姫乃ちゃんが否定するが、女子たちは聞く耳を持たない。
「じゃあ、なんで住吉監督の次回作に抜擢されたのよ? 絶対伊那沢より適任なキャスティングがあったはず」
「そうだ、前聞いたわ。住吉監督と伊那沢、確か出身が近いのよね。それで良くしてもらってるんじゃないかって、私の先輩が言ってたわよ」
「出身?」
「それは僕も聞いたことあるな。初対面の時もそれで意気投合したって」
思わずつぶやいたわたしに、隣の明神君が反応する。
「あと、確か住吉監督はここの普通科の卒業だったはずだよ」
そういえば、住吉監督について調べたときにインタビュー記事かなんかで見た気がする。
大阪出身で、高校に入るタイミングで東京に出てきたんだったか。
わたしはスマホで姫乃ちゃんの所属事務所のホームページを開いて、プロフィール欄を確認。
『伊那沢 姫乃
年齢:15歳
出身:大阪府
誕生日:11/7
主な活躍:…………』
「確か伊那沢も、青修に入るタイミングで東京に来たらしいよ」
……なるほど。
明神君の言葉で疑問が1つ解けたわたしは、改めて朝日、姫乃ちゃんと女子たちの言い争いに目を向ける。
「知ってた大宮? 伊那沢はね、次の映画に自分を出してもらうために、住吉監督と密会してたのよ。大宮そういうの嫌いでしょ。地道に頑張るタイプだもんね大宮って」
「違うよ大宮くん。あたしはそんなことやってない。誰かが、適当に言ってるだけ」
「……違う」
と、そこで声を震わせて、朝日が口を開いた。
「えっ、なに?」
姫乃ちゃんを追い詰めるところで、突然出てきた朝日からの言葉。姫乃ちゃんや、他の女子たちの視線が朝日に集中する。
それにまた1歩後ずさりする朝日。
でも足を踏ん張らせて、喋りだす。
その目は、まっすぐ女子たちを捉えている。
「……違う。伊那沢さんはそんなことやる人じゃない」
その声に、姫乃ちゃんの顔が一気に明るくなる。逆に、困惑する女子たち。
「でも大宮。伊那沢が裏で何考えてるわからないよ。真面目にやってると見せかけて、裏では秘密の関係を使ったり、マネージャーを偉そうにこき使ってるかもしれない」
「どうだろう……俺、そうは思わないんだけど」
「え、どうして?」
「だって伊那沢さんって、その……すごく真面目じゃん。休み時間でもずっと台本読んでるし」
「それは伊那沢だけの話じゃないわよ。それこそ明神とか、撮影が近いとずっと台本にらめっこ状態だもの。大宮だってそうじゃないの?」
「そうだけど、あの……」
頭をかきむしる朝日。
次にかける言葉が思いつかないのだろうか。
「ねえ大宮さん」
その時、隣から小声が聞こえた。
「どうしたの? 明神君」
「朝日には、うわさが嘘だって言い切れる理由があるのかな」
朝日たちを眺めたまま、わたしに聞く明神君。
確かに、姫乃ちゃん周りのうわさを信じてる寄りの明神君からすると、何言ってるんだ朝日?状態だろう。
けど。
「理由はないけど、朝日は確信してる」
「確信?」
「うん。真面目な姫乃ちゃんが密会なんてするわけない、間違ってるのはうわさの方だ、って」
「へえ……」
朝日に、明神君が冷ややかな目線を向けているような。
そしてその目線は、あの女子たちが朝日に向けている視線にも近い。
そんな女子たちが、朝日の言葉が止まるのを見て、姫乃ちゃんに畳み掛ける。
「ねえ伊那沢。本当にどうやって大宮に気に入られたの?」
「だからあたしは何もしてないんだって。そりゃあ隣の席だから、話す機会もないわけじゃないけど、それだけ。それにあたし今、撮影とかで忙しいし」
「じゃあ何もしてないって証拠を出しなさいよ」
「そうよ。伊那沢が密会してるって証拠はあるんだから、そっちはしてないって証拠で対抗しなさいよ」
わたしは女子たちの言葉に頭を抱える。
してないことの証明が、してることの証明に比べどれだけ難しいか。
多分それをわかってて女子たちは攻撃しているのだろう。
彼女たちも芸能界を生き抜く者たち。わたしが見覚えのある顔もいるし、皆したたかだ。
「まあ、そうなるよな。ごもっともだ」
隣で明神君もうんうんとうなずいている。
――わたしが推理した結論は、彼女たちや明神君を納得させられるだけのものになっているだろうか?
「そんなこと言われても、してないものはしてないのよ。誰かが嘘ついてるんだって」
「1人ならともかく、複数人が一斉に?」
「それにあの図書準備室で密会してた先輩もたくさんいる。伊那沢もそれと一緒なんでしょ」
詰め寄られる姫乃ちゃん。
その後ろで、朝日は頭をボサボサにして、顔を赤く染めて、完全に悩んでいる。
姫乃ちゃんをなんとかしたいんだ。でも、うまい手が思いつかないんだ。
自分は姫乃ちゃんを信じている、と朝日が言うだけでは逆効果。それは朝日自身もわかっただろう。
朝日の眉間にしわが寄る。必死で考えてるはず。
姫乃ちゃんが責められるこの状況を打開するには、やっぱりうわさそのものを解決するしかないのか。
……姫乃ちゃんを救いたい。その気持ちは、わたしも朝日も同じ。
気づくと、わたしは立ち上がっていた。
「待って!」
「大宮さん!?」
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