わたしもうわさにとらわれて


「あ、ごめん! つまずいちゃって」

 慌ててわたしは元の直立姿勢に戻り、立ち上がる。


「だから大丈夫? 引き返すなら、僕はいつでもOKだよ」

「いや、わたしは最後まで行くわ。せっかくここまで来たんだもの」


 わたしは平然を装う。……が、もう心臓が飛び出しそうだ。


 何かに足を取られたわたしの身体を明神君が支えてくれた。それは理解している。

 理解しているんだ。



 でも、いくらなんでも緊張しすぎじゃないかわたし? いや、これがドキドキというやつなのか?


 だって、明神君と会話するのは今が始めてじゃないのに。

 イケメンの芸能人と接するというのは、わたしは普通より慣れているはずなのに。


 なんだか今日は、いや正確には、互いに運動靴に着替えて体育館裏で再合流してからは、明神君が今まで以上にかっこよく見える。


 まさか、結ばれるってうわさは、こうして一緒に歩いてるうちに、互いに魅力を感じるようになるから、とか?

 いや、だったらこの道じゃなくても同じだ。そこら辺の狭い道なら何でも良い。


 何か、この道でなければならない理由がある、と思うのだが。



「まあいいや。それより、やっぱり手を繋ごう。このままだと、大宮さんが本当に怪我しそうだ」


 その時、明神君が強引にわたしの手をつかんだ。


「本当に、わたしは平気だって」

 わたしの心臓は一気に跳ね上がる。

 反動で、手に持ったスマホを落としそうになる。


「あっごめん。でも、わたしは大丈夫だから」

「僕が嫌なんだ。一緒にいた子を怪我させた、なんてことになったら怪我した大宮さんも嫌だけど、僕だって後味が悪い」


 そりゃまあ、明神君にとっては、あらゆるスキャンダルの種は避けたいだろう。

 でもそのためなら、わたしをどれだけドキドキさせてもいいってこと……?


「だから、この道を出るまでは一緒にいてもらうよ。大宮さん、僕から決して離れないこと」


 ぐっとわたしを引き寄せる明神君。細い腕に似合わず力強い。

「ここは危ないんだから、僕が支えるよ」



 そんな、そんな事言われたら、やっぱり今までより、何倍もかっこよく見えちゃうじゃないの!



 わたしも、この裏道のうわさにとらわれてしまったってこと?



 ***



 それからも、わたしは明神君に無理やり手を繋がれながら、獣道を進んでいった。

 ときに道が途切れて草木をかき分け、ときに大きな石を大股でまたいで、上り下りを繰り返す。

 

「あっ危ない!」

 わたしが枝をよけようとしてよろけたり、石に足を取られそうになるたび、明神君は手を引いてわたしの姿勢を戻してくれる。

 その間、とにかく周りの景色は暗くて見えづらい。


 突然動物が飛び出してくるかも、ということも考えると、思わず明神君と繋がった手に力が入る。

 

 繋がっていたい……って、いや、それは無い。

 わたしは別に明神君と手を繋ぎたいわけじゃないんだ。決して!



「どう? 気になるところはある?」

 と、不意に明神君が振り返った。顔は赤くなり、うっすら額に汗がにじんでいる。

 まあ、暑いのはわたしも同じ。日差しはないけど、風が通らない上に木ばかりで熱がこもっているのだ。


「一応、できるだけ写真には残してる」

 わたしは空いてる方の手でスマホを掲げて明神君に見せる。

 後で見返せるように、道の途中の様子は何枚もスマホの写真に収めてきた。


「そうか。じゃあ、教室に戻ったら後でじっくり見返さないとね」

 腕で顔の汗を拭いながら、こちらに向かってにっこりする明神君。

 汗がわずかな木漏れ日に反射して輝いている。こんなにキマった顔、ドラマでもあるかどうか。



 ってか、ドラマだったらこれ、完璧に恋人同士でやる仕草、だよね?

 あんまり認めたくはないけど、やっぱりそうだよね?


「ねえ明神君」

「何? 言っておくけど、今更手を離してほしい、ってのは無しだよ」


 わたしに尋ねられ、嬉しそうな顔をする明神君。

 まるでミステリの話で盛り上がったあの時みたいな表情だ。


「いや、今のこの状況って、事情を知らない人が見たら、その……カップルみたいだよね……って」



 ――自分で言った言葉に、顔が一気に熱くなる。

 暖房の効いた部屋にずっといたときみたいに、頭がボーッとしてきた。


 な、何よ。別にそういう自覚なんてない。ただ、客観的に見て、そう見えるってだけで……


 

「まあいいじゃないか。こうしてないと、大宮さんに何かあったときに助けられないし」

「けど、今誰かに見られたら、絶対週刊誌のネタにされるわよ? 『明神 照行、同級生と手つなぎ』みたいな」


 この周りの木々の中に人がいてわたしたちを見ている、なんて可能性はほぼ0だろうけど。

 でも、そんなことで有名になるなんて、わたしはまっぴらごめんだ。


「大丈夫だよ。出口の直前で手は離すから。あ、でも」

 わたしが目の前に出てきた木の枝をよけた瞬間、明神君と目が合う。


「……大宮さんが、お望みなら、僕は別にこのままでも……」



 ええ!?



 いや、でも、明神君の力強いけど優しい握り方は、この危険な道の中で、どこか頼れて……



「って、冗談言わないでよ。明神君スキャンダルは嫌なんじゃないの……」

 次の瞬間、明神君は、顔を隠すように下を向いていた。


 その明神君の顔は、ノーメイクとは思えないほど耳まで真っ赤。



 見ているわたしまで、顔が熱を帯び、赤くなってきたのが容易にわかる。

 



 …………え、明神君、まさか、今のこの状況、まんざらでも……



「――明神君?」


 わたしは小さな石をまたぎ、明神君へ一歩近寄る。



「大宮さん」


 その途端、わたしは引っ張られた。

 後ろの木の幹に背中がつきそうになる。そして、目の前に明神君。



「大宮さん、その、これからも…………」



 明神君の顔が、だんだん大きくなる。

 それにつれ、わたしの理性も混乱していく。

 いや、もうこんがらがって何がなんだか。


 

 確実なのは、わたしも明神君も、風の通らないこの場所の熱気に当てられているということ。


 そして、明神君は、この裏道のうわさにとらわれて?



 それで、呼吸音が聞こえてきそうなほどの距離まで、わたしと接近して?





「……ミステリの話、したい。こういううわさを、協力して調べたい」



 ――その言葉に、わたしは大きく息を吐く。

 

 何言われるんだと思ったら。

「それは、別に構わないわよ」


 目立ちたいわけではないけど、たまにあの図書準備室で会うぐらいなら。



 わたしの考えが合っていれば。

 ちゃんと対策をすれば、図書準備室で密会とかどうとかうわさされる可能性はぐっと減る。



 それにここでわたしが断ったところで、明神君がわたしに何か思うところがあるというのはほぼ確実だろうし。



 いや、色々理由はつけたが、結局のところ。



 明神君と関わることで、わたしは朝日や姫乃ちゃんのクラスでの様子を知れる。

 そしてミステリの話においては、わたしと明神君は盛り上がれる。



 それがわかっちゃったから、わたしは明神君のお願いに承諾したんだ。



「ありがとう!」



 で、なぜか明神君はそれだけ言って、すぐ後ろを向いてしまった。

 最も、耳まで真っ赤だったのは変わらなかったが。



 あ、でもわたしの顔も火照りっぱなしだったから、そこはおあいこか。

 というかわたし今、明神君に、何を言われると思っていたんだ……?



「それより、早く外へ出よう明神君」


 考えたくなくて、わたしは明神君と繋がったままの手を引っ張った。

 もう結構下ってきてるし、さすがにそろそろ道も終盤だと信じたい。



「あっ、うん。そういえば、写真ってどれぐらい撮ったの?」


 まだ顔の赤い明神君。


「たくさん撮ったわよ」

 わたしは改めて手元のスマホを掲げて、明神君に見せる。

 



 だけど。

 写真も撮ったけど、わたしはそれ以上にここを歩くことで、よくわかった。


 この裏道のうわさが、本当だってこと。

 そうじゃなかったら、明神君に対して、これからも関係を持ちたいなんて思うはずがない。

 明神君だって、あんな壁ドンみたいな行動を取らなかっただろう。



 そして、実際に歩いて、わたしには見当がついてしまった。

 どうしてこの裏道を歩くと、カップルが結ばれるのか。今のわたしや明神君みたいに、熱に当てられたようになっちゃうのか。

 物的証拠があるわけじゃないけど、もっともらしい説明を組み上げられた気がする。


 ちゃんと検証するのは不可能だが、みんなを納得させるには十分なはずだ。


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