弟は変わった、わたしは?
うーん、思いつかない。
それこそ、同年代の他の子よりは多くの男子を見てきたはずだ。それもみんな美形揃い。
だけど、心はなびかない。
厳密には、朝日以上に信じたい、かっこいいと思える男子が、いなかった。
いや、ただかっこいいというだけなら、いた。けど、なんというかそれだけだったのだ。
見た目が良くても、相手のことをちゃんと考えてくれてるような子とか、逆に守らなきゃ、支えなきゃと思いたくなるような子じゃないと、やっぱりダメだと思うのである。
そうじゃなくても、何か話が合ったり、共通の特徴があるとか。
「君は、何が好きなんだい?」
そうそう。
芸能人ってやっぱり自己主張が強いから、こんなふうに向こうから聞いてくれる人はなかなかいないし……
って、今の明神君の言葉はセリフだ。明神君が自分の意志で言ってるわけじゃない。
いや、でも。
この前明神君と、ミステリの話で盛り上がったな……
あの時は、楽しかったな…………
***
「瑞月ちゃんは、今日も朝日くんと一緒?」
月曜日になり、放課後。
「ああ……まあ、そんなとこかな」
「いいな〜美男美女姉弟」
「いやいやわたしは違うでしょ。朝日はもうご存知のかっこよさだけど」
そんな感じでクラスメイトと別れて、わたしは4階に向かう。
土曜日に姫乃ちゃんから、いろんな情報を手に入れた。
姫乃ちゃんが住吉監督と密会していたと言われているのは、わたしと明神君も会っているあの図書準備室。
そしてあそこで密会の話が出ているのは姫乃ちゃんだけではないという。
なら、図書準備室という場所の方に、何かがあっても不思議じゃない。
あの裏道のうわさといい、青修には気になる話が複数ある。
さすが芸能科を併設した、ちょっと普通じゃない学校、というべきなのか。
不謹慎かもしれないけど、ミステリ好きの血が騒ぐ。
「誰も、いない、ね」
つぶやいて、周りを見回してから、わたしは図書準備室に入る。
今日は別に、明神君と約束とかはしていない。
けど、部屋を調べる分にはむしろ、1人の方が都合いい……はずだ。
だって、明神君がいたら、絶対トークが始まっちゃう。
それこそ、明神君とミステリの話で盛り上がるのは、楽しいけど……
いやいやいやいや! 何考えてんだわたしは!
頬を叩き、浮かんだ明神君の顔を脳内から吹き飛ばす。
今は、姫乃ちゃんのうわさについて調べるのが最優先だ。
明神君から情報を手に入れてもいいけど、明神君はあのうわさを信じている寄りだ。
悪気はない、とは思うが、情報が偏るのは避けたい。
「お邪魔します……」
相変わらず散らかった部屋の中を進み、わたしはカーテンを開ける。
中庭を上から望む場所。左を見れば芸能科の教室、右を見れば普通科の教室が中庭越しに望める。
振り返ると、日光が入ってきて室内が少し明るくなり、いろんなものが置いてあることがわかる。
中等部から来た子も言っていたが、実質物置状態なのは間違いなさそうだ。
たくさんの段ボール箱に混じって、行事で使ったであろう立て看板や、高さ2mぐらいありそうな鏡、仕切りに使えそうなアクリル板などの大きなものも。
ただ、部屋自体はやっぱり、ただの狭い長方形の部屋。変な仕掛けがあるようには思えない。
入口はわたしの入ってきた廊下へ通じるものと、芸能科側へ通じるもの2つだけ。
わたしは芸能科側につながっている扉に近づき、調べる。
うん、どう見てもただただ古いだけの扉だ。
ノブを掴んでガチャガチャと揺すってみても、木のきしむ音がするだけである。
と思ったら、勢い余ってノブがくるりと回った。
そして、扉がわずかに開く。
「おっと、誰かいるのかな」
聞き覚えのある声がして、開いた扉の向こうから覗く顔。
その顔が、わたしと目があった瞬間、ぱっと輝いた。
「大宮さん! どうしたの?」
さっき頭の中から吹き飛ばしたはずの明神君の顔が、目の前にあった。
あまりにキラキラすぎる表情に、一瞬にしてわたしの体温が跳ね上がる。
なんで。今日は約束とかしてないのに。
「あ、えっと、色々調べてたの。この部屋で密会をしていたっていううわさが複数あるって聞いて」
「それ、誰から聞いた?」
「姫乃ちゃんから」
わたしが姫乃ちゃんの名前を出すと、明神君の顔が疑問の表情に。
「大宮さんって、やっぱり伊那沢と何かあるの?」
「違う違う、現場でたまたま会っただけ。朝日の付き添いで」
やっぱり明神君は、姫乃ちゃんを疑ってるんだろう。
朝日の恋心も、絶対に明かせないなこれは。
「ところで、明神君はどうしてここに?」
「僕は、そうだなあ」
明神君は扉を全開にする。その顔はいつの間にか、疑問の顔からキラキラの笑顔に。
「君に会いに来た」
…………へっ?
えっ!
ちょっ、なんでそんなドラマみたいなキメ顔を、今してくるのよ!
というか会いに来たって何?
速くなる呼吸をなんとか整え、平静を保とうとするわたし。
でも明神君の、切れ長で細いけど優しい目から出る視線は、わたしを捉えて離さない。
そんな顔をわたしだけに向けられたら、1人の女子として、心がなびかないわけには……
いや、わたしは決して明神君のファンではないし、それにわたしには朝日がいるし……
――ああ、でも!
目を離すことを許されないほどに、明神君の顔は測ったかのようにきれいで……
「っはは!」
と、その時、突然明神君が笑い出した。
わたしに近づけていた顔を離して、からかうように腹を抱えて笑っている。
それでもやっぱりすごいイケメンなんだけど、さっきみたいに視線を釘付けにしちゃうようなものは、もうない。
「あー、やっぱり大宮さん面白いや」
お、面白い? 何が?
って、本当にわざわざわたしをからかっただけってこと?
何やってるんだ!
「明神君、本当は違う理由があるのね?」
「うん、ごめんごめん。実は僕、何もなくても時々ここへ来てるんだよ」
「どうして?」
「そうだね、このへんの部屋は校舎の中でも奥まってるから、あまり人が来ないんだ。だから1人になりたいときとかはおすすめだよ。今日みたいに仕事やレッスンが無いときは、くつろいだりする」
確かに、姫乃ちゃんもこの近くの美術室で1人ポーズの練習をしてるとか言っていた。
もしかしたら、芸能科には他にもそういう子がいるのかも。
「でも、今日はラッキーだった。僕、また前みたいに大宮さんと情報交換がしたいんだ」
そう言って、明神君はわたしの手を取る。
「あっ、ちょっと」
前のときと同じように、わたしは明神君に引っ張られて芸能科側の部屋へ。
「大宮さんも、何もなくたってこの部屋へ来ていいんだよ。何なら芸能科へも出入りしていい」
「いや、そういうわけには」
本当はこうして普通科との敷地境界線を超えてる時点で、すでにいけないことではあるのだ。
でも、明神君はそんなルールなんて破っていいんだとばかりにこういうことを言ってくる。
そしてまた、にっこりと笑う。
この顔が、世の女性をとりこにする明神君の必殺の武器。
うーん、わたしとてその武器を受けて、普通に立ってはいられない。
クラクラになりながらも、なんとか立っている状況だ。
それほどまでに、明神君はかっこいい。
「そうか、もったいないなあ。朝日の姉、結構気になるって男子いるのに」
「本当? それ」
「これは、うそじゃない」
まるで他にうそがあるかのような言い振りだ。
とはいえ、ここで明神君の一挙手一投足を追及しても話が進まない。
明神君と盛り上がるのもいいけど、最優先はうわさの調査。
わたしは落ち着いて、話を戻す。
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