菫の蕾

どなたですか?

急に入ってこられては困ります。

恋人ではないですね?


ああ、お客様なのですね。そう。

どうぞ、わたくしは目が悪いのでお好きな所に腰かけて。


まあ、お話を聞いて周っているんですね。

ふふ、楽しいことですこと。


お屋敷のことですか?ああ、わかることでしたらなんでも。

そうですね。お屋敷はわたくしの家になります。

ええ、生まれた時からここにおりますよ。

この屋敷のものは殆どが女なのですよ。


お会いになりましたか?わたくしのお母様やおばあ様。

メイドの話では、随分とお綺麗な方たちだと聞いております。

わたくしはなにぶん、生まれた時から目が悪いので、何をするにしても

人の手を借りなければいけなくて。

それでも本を読んだり、そういった日常に必要なことの多くは

恋人に教えて貰ったのです。


恋人のことですか?


うん、そうですね。あなたは恋人に会ったことがあるのですよね?

ならばお話しますけど、でもけして恋人を悪く扱ってはいけませんよ。

わたくしは小さい頃、恋人の優しさに甘えてしまって。

随分と長い間、奥付きの部屋に入れられてしまいました。


暗闇は怖くはないのです。しかし、奥付きの部屋には一人ではありませんから

わたくしはそちらのほうが怖かった。

何度かお人形遊びをして、時々叩かれたり、抓られたり、齧られたり。


その内に、どうやら太ってしまって。

恋人はわたくしに触れたときに困ったように言っていました。


遊びが過ぎる。


どういう意味かはわかりませんでした。

それから違う部屋に移されて、わたくしは長い眠りについたのです。

次に目が覚めたら、すっかり痩せていて、恋人はずっとわたくしのそばに

いてくれたようでした。


え?奥付きの部屋には誰がいたのか?

わかりません。声はしないのですよ。

だって分かってしまうでしょう?

きっとわたくしが見えていたならば、それが何か分かったはずです。


まだ幼かったので、何も分かっていませんでした。


お気の毒に?あら、心配をしていただいて。

大丈夫ですよ。この部屋にはそのようなものは来ませんから。

ここには恋人だけが訪れるのです。

だから、あなたが来たのは偶然、でしょうか?


ここにいれば恋人に会えるか?

どうでしょうね。わたくしは分かりますけど、あなたはわたくしではないし

あなたがわたくしになったとしても、恋人があなたをわたくしだと認識するか

どうかはわかりませんから。


あら、もう行ってしまうのですか。

玄関は廊下を突き当たって、階段を降りたその先ですよ。



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