第11話 都市の迷路と、光の階段

 秋。


 大学の必修実習、「都市の空間分析演習」が始まった。


 課題は――東京下町エリアにおける空間の再解釈。

 再開発と古い街並みが混在するエリアを歩き、独自の視点で“空間の価値”を掘り起こす。


「こんなとこ、どこに価値があるのよ……」


 藤井レイは、くすんだコンクリートの階段を見上げてぼやいた。

 狭い路地、むき出しの配管、雑草、ひび割れたアスファルト――どれも設計とは縁遠く見える。


 でも、かなめは少し違った。


(この階段、陽の当たり方がすごくきれい……)


 夕暮れ、古びた手すりの隙間から差し込む西日が、階段に長い影を落としていた。

 見慣れた街の“陰”が、光のラインで美しくなっていく。


「ここ、記録しよう。写真、図面、断面、全部」


「えっ、ここをメインにするの?」


「うん。あの光が、“居場所”をつくってるから」


 かなめの声は静かだったが、どこか迷いがなかった。

 あの「ひとやすみの間」の延長線にある、空間の“やさしさ”を、彼女は見ていた。


  


 演習の最終発表。


 他の学生が再開発ビルや駅前広場を分析するなか、かなめのプレゼンは、あの階段だけを扱った。


 壁に当たる光、足元の反射、影のかたち、誰かが一瞬立ち止まる時間。

 建築ではない“場所”に、居心地と記憶が生まれる瞬間を、淡々と語っていった。


 発表が終わると、しばらくの沈黙。

 その後、教授が口を開いた。


「……いい視点だ。有栖川さん。建築家は、何も“建てる”だけじゃない。人が空間にどう触れるか――それを丁寧に見ている。その目を、大切にしなさい」


 


 拍手が静かに起こる。

 かなめの指先は、ほんの少し震えていた。


(やっと……“自分の視点”で、立てたのかもしれない)


 背中を押してくれたのは、かつて見上げた木造校舎の軒先と、タミがくれた手紙と、

 そして、あの夕暮れの階段だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る