第73話 夜叉

 空を飛ぶ戦車から『オメガドライブ』を見た。

『オメガドライブ』はヒレや腹部から散水を開始する。

目の前にはあの女性しかいない街があった。

 今は無人だが、

『オメガドライブ』が降らせるナノマシン入りの雨が全てを塗りつぶす。


「バネロ、街に雨が降ったぞ。

俺はこのまま収容所へ向かう。

予定どおり、そこで待ってろ。」

「わかった。

こちから、遠目で見えている。

 大きいなぁ。

あんな生き物がいたのか。

本物を見てみたいな。」

「後でじっくり見れるように、

今は警戒を怠るな。」


 俺はバニラに指示を出して、

速度を上げてもらう。


「さて、俺が黒幕なら、どうする?

あのナノマシンは、他人を乗っとるだけじゃない。

自分の身体も一から構築できるらしい。

 それならそれなら、

安全なところで肉体を構築するのにどれくらい時間が必要だ?

アイツ、男だったらしいな。

なら、身長は百七十から八十台。

体重は八十キロ前後と仮定しよう。

 ナノサイズのマシンを、

それだけの質量分集めるだけでなかなか時間を要する。

そこから構築したとして、数週間はいるはずだ。」


 俺は黒幕のナノマシンのデータをもう一度確認した。

街にあるナノマシンの工場は、

バネロがとっくに破壊したらしい。

 ただ、今国民の体内にあるナノマシンは無傷だ。

この雨で上書きされるとしたら、

やっぱり誰かを乗っとるのが最適解。


「なら、誰だ?

乗っ取りなら誰にもなれるぞ?

バネロも円卓も、その辺の人にもなれる。

 いや、むしろ、アイツがならない、

なりたくないのは誰だ?

そりゃ、もう『男』だろうな。」


 だからこそ、収容所がヤバい。


「トレーニングしたとて、地力が男女で大きく違う。

荒事をやるなら、男の身体の方がいい。

 そして、狙いは俺と『オメガドライブ』だ。

俺のアドミニストレーター権限と『オメガドライブ』があれば、

黒幕はもう一度やり直せる。

 ついさっき、それに失敗した。

ロボットたちは黒幕の予想外だったみたいだ。

なら、ロボットにも立ち向かえる身体と装備で、

力ずくで来るだろう。」


 俺の作戦は、

ざっくり言うと収容所の破壊だ。

多分アイツは男の誰かになる。

男たちは地下の独房にいるから、雨を浴びることはない。

そんな男たちを、外へ引っ張り出すのは容易じゃない。

 だから、建物を壊して外へ男たちを追いやる。

問題はエレベーターでしか出入りできないから、

約千七百人もの人間をどうやって引きずり出すか。

 ふと、外をみると収容所のそばで雨を待つ人たちが見えた。

バネロがうまくやってくれてるようだ。

俺はその人たちを通りすぎて、

収容所の管制塔そばに着陸する。

 バニラに戦車をいつでも飛ばせる状態で待機するよう指示を出し、

俺は銃と鞄を持って管制塔へ向かった。


 突然、管制塔が爆発した。


 俺は頭をかばいながら、管制塔から離れる。

ヤバい、出遅れたか!

俺は情報端末を手にして、全員へ通信する。


「収容所が乗っ取られた!

繰り返す!

収容所が黒幕に乗っ取られた!」


 管制塔から、服を着て銃を構えた男たちが現れた。

不味い、不味い、不味い!


「一度に乗っ取れるのは一人じゃない!

何人でもいけるのかよ!?」


 情報端末からバネロの声がした。


「応援を出す!」

「バネロ、止めろ!

収容所に近付いたら、多分身体を乗っ取られる!

武器を奪われたら不味い!

逆に皆を街の方へ移動させろ!

早く雨を浴びるんだ!

 リトス、解放軍に水鉄砲持たせてこっちに来るには、

どれくらいかかる?!」

「まだ街の上にいるんだ!

君のような飛べる乗り物の操縦ができる人がいない!

クジラが降りるまで無理だ!」


 男たちが俺に気付いて、銃口を向けた。

俺は全速力でその場を離れる。

レーザーが発砲される。

俺はなんとか管制塔の影に逃げることができた。


「くそっ!

クライマックスは戦闘シーンってか?!

俺は非戦闘員だぞ?!」


 金網フェンスや金属ドアなら貫通するレーザーだ。

ここもそんなに安全じゃない。


「考えろ、考えろ。

この水鉄砲をレーザーを受けずに当てるには?」


 パッと見だが、男は四人いた。

多分こっちに向かってくる。

どうする?

 固まってくれなきゃ一発で仕留められない。

一発で当てる自信もない。


「バニラ!

飛べ! 逃げろ!」


 俺は戦車を逃がして、

男たちがそっちに気を取られるようにした。

管制塔の影から頭を出すと、

案の定男たちは戦車を見ている。


「ここ!」


 俺は管制塔の影から飛び出して、

水鉄砲を放った。

当たったのは二人。

二人逃がした。

 俺はまた全速力で逃げる。

残った男たちは俺に向かって発砲しなかったが、

何かをしたように見えた。


「応援を呼ばれた?

何人いるんだよ?!」


 水は後28発。

相手が五十人もいれば俺は終わりだ。

 走っていると、

グランド方へ出てしまった。

遮蔽物がなくなってきた。

かなり不味い!


「お前か!

どこへ行くんだ?」


 後ろからそんな声が聞こえてきた。

不味い。

俺だとバレたか。


「アドミニストレーター権限を渡せ。

さもなくば、殺す。」

「渡しても殺すクセに!」


 俺はそう叫びながら逃げ続ける。

時折、レーザーが俺の横を通り抜ける。


「次は当てるよ!」

「止めろ!

クソッ。」


 後ろを振り返ると、

男が五人に増えている。

やっぱり全員銃を持っており、服も着ていた。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい。

マジで何人いるんだよ?

俺はなんとかグランドを駆け抜けて、

ゲートを遮蔽物にした。


「その銃はなんだ?

水を飛ばしてるだけなのに、

僕が二人もやられた。

 身体は生きていたが、

僕の接続だけ切れた。

あのナノマシンを水に溶かしてるのかな?」


 そうですよ。

くそがぁ。

俺はゲートの影から頭を出した。

男が増えている。

全部で七人。

やっぱり皆武装している。


「トライ&エラー!」


 俺は意を決して、

男たちがいる方へ発砲した。

だが、あっさりと回避される。


「バニラ!

そのまま『オメガドライブ』へ向かえ!」


 俺はそう叫びながら、

もう一度ゲートの影に戻る。

レーザーが俺に向けて集中砲火される。

 俺はゲートの影にしゃがんで、身を縮める。

ゲートがどんどん破壊されていく。


「いくら飛行機でも、

助けが来るまで時間がかかるだろ?

早く降参しなよ?」


 余裕綽々ってか?

腹立つな、コイツ。

 もう一度同じことはできない。

だから、

俺は今見えた男たちの辺りに落ちるように、

斜め上へ向けて発砲した。

すぐに着弾した水音が聞こえる。


「へぇ。

今の一瞬で計算したの?

一人やられたよ。」


 本当に余裕綽々だな。

クソッ!

当たったようだが、今のはもう使えない。


「さぁ、どうする?

ロボットでも呼ぶかい?

保護施設のロボットは全て破壊したよ。

 次はどうする?

さぁ、どうする?」


 煽るなよ、腹立つな!

俺の思考を邪魔するためだろうが、

かなりムカつく。

 でも、手詰まりだ。

マジで、万策尽きた。

後六人。

武装した男たちを、

非戦闘員の俺でなんとかできる気がしない。

特攻してもどうにもなりそうにない。


「じゃぁ、こっちから行くよ。」


 あー、もー、腹立つ!

足音が聞こえる。

ゆっくりだが、

確実にこちらに向かってきている。


「やー!」


 突然、叫び声がした。

声の方を見ると、グランドのエレベーターからだった。


 エレベーターから、全裸の男たちが出てきた。


 二十人くらいいる。

エレベーターに乗れるだけ乗っていたらしい。

 先頭はロックだ。

さっきの叫び声もロックだったようだ。

全員勇敢な顔をしている。


「……ダメだ、止めろ。」


 俺は思わずそう呟いた。

だが、次の瞬間、

全裸の男たちは叫び声を上げながら、

一斉にこちらに向かって駆け出した。


「止めろ!

相手は銃を持ってるんだ!

止めろ!」


 俺がそう叫ぶが、男たちは止まらない。

彼らは武装した黒幕たちに向かって突撃する。

 黒幕たちが全裸の男たちへ向けて銃を撃つ。

全裸の男たちはそれを果敢にかわすが、

避けきれず犠牲者が出る。

 俺は思わずゲートの影から飛び出して、

黒幕たちへ向かって発砲した。

二人仕留めた。

 だが、全裸の男たちへ向けての攻撃は止まらない。

俺の砲撃を回避して、黒幕は全裸の男たちを撃ち続ける。

ロックたちは既に半分くらいしか残っていない。

 俺はとっさに水鉄砲を全裸の男たちに向かって数発放った。

この水は高濃度の医療用ナノマシン。

水を浴びた男たちは立ち上がり、

もう一度声を上げて駆け出す。


「野蛮な獣どもがぁ!」


 黒幕がそう叫びながら、

俺に向かって銃を構えた。


「させるかぁ!」


 ロックが黒幕の一人に飛びかかり、押し倒す。

その一瞬の隙を見逃さず、

全裸の男たちがどんどん黒幕に押し寄せる。


「そのまま押さえててくれ!」


 俺はロックたちごと黒幕に向けて水鉄砲を撃った。

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