第64話 嵐のヌシ

「ヤバい! ヤバい! ヤバい!

コレ、無理!」


 もう俺はこの台詞を何度言ったことか。

強風圏に入って以後、ずっと緊張が続く。

 あれだ、弾幕系シューティングゲームだ。

上から横から飛んでくる雷を翼に受けないよう避ける。

でも、ボディには装甲板があるので雷を受けきれる。

これが以外に難しい。

 俺は計器を横目に、雨でにじむ外を目視しながら。

コントローラーを爪が白くなるぐらい強く握って。

顔を人に見せられないほど必死の形相で操縦をしている。

機体はジェットコースターも真っ青の動きをしている。


「でぇい!

やりたくねぇ!

でも、これは無理だ!

 バニラ!

この機体のシステムとリンクしろ!

システムの自動反応より、お前の演算の方が速い!

センサーと計器をお前の『電脳』で処理してくれ!

俺の手動操縦のアシストをしろ!」

「わかりました。

同期開始。

御主人様、五十秒耐えてください。」


 俺としては、

バニラにエロい機能以外をつけたくなかった。

でも、もう無理。

永遠のような五十秒を耐えきると、

途端に操縦が楽になり機体も安定する。


「……おぉ。

さすがだな、バニラ。」

「ありがとうございます。」


 これで、まだ予定航路の中間地点。

ぶっちゃけ、たどり着くまでに死ぬかと思った。


「御主人様。

身元不明の通信があり、

『オメガ』の中心までの最短ルートを受信しました。」

「遅せぇんだよ!

女神様よぉ!」


 俺は女神に悪態をつきつつ、

バニラにそのルートをとるように指示する。

つーか、近づいたからデータを送信できたのか。

 しばらく、揺れる機内にえずきながら進む。

乗り物酔いしない方なのだが、これはマジ辛い。

俺はあの薬を上限いっぱい、六錠頬張り飲み込んだ。

一瞬で酔いが収まる。

すげぇぞ、コレ。

 俺は残りの薬もカバンから取り出して、

六錠一セットでポケットや懐などあちこち服に仕込む。

ここから先は何があっても対応できるようにしておきたい。


「御主人様、まもなく暴風域に突入します。

ここからは翼を閉じ、

ジェットエンジンの推進力で進みます。」


 俺たちのいる機体は装甲板を何重にも重ねており、

非常に頑強だ。

だが、どうにも翼はそれを貼り付けられなかったそうだ。

車内にあった設計指示書にも改良の余地あり、と書かれていた。

なので、翼はここから先の暴風域の、

雨と同じ様に降り注ぐ雷には耐えられない。

 なので、ここからは翼を格納し、

『ジェットエンジンで前へ進みながら落ちる』。

移動の自由はほとんどなくなるが、

これで進めるだけ前へ進んで着地。

後はキャタピラで陸路だ。

 陸路だと速度が落ちるが、

空路と違い雷を気にせず進めるので結果的に速くなる。

運転もその分楽だろう。

 機体後部のジェットエンジン三機と、

体勢調整と着陸時のホバリング用のスラスターが機体下部に八機。

それらの出力調整で落ちながら前へ進む。

 外から見ればそんなにでもないのだろうが、

運転席での体感はほぼ落下だ。

グライダーみたいな感じじゃない。


「うお! ちょ! おち!

バニラ、マジでいけてる?!

墜落してない?!」

「はい、順調です。」


 バンジージャンプみたいに落ちきるならまだいい。

体を支える背中のゴムのパワーが感じられるから、

恐怖感もそこまでない。

 ただ、飛び降りる前から落ちる瞬間のゴムのパワーを感じない時間は怖い。

今の機内は、それがずっと続く感じ。

 正直に言おう。

俺は漏らした。

着陸したら、絶対着替える。

着替えるついでに、バニラを襲うと心に誓う。


「風が追い風のため、予定より前進できます。

御主人様、このまま後三分耐えましょう。」

「バニラ、着陸予定地点は?!」

「砂地の予定です。

ただ、『オメガ』の落雷と豪雨で現状どうなっているのかは、

予測不能です。」

「くそぅ!

優しく着陸してね?!」


 こうなってからは微妙な調整が必要だ。

操作はバニラの演算に任せて、

俺はシートにしがみつく。

 着陸と言うか墜落と言うか、

地面突入時の衝撃はほぼ事故のそれだった。


「……バニラ、機体は?」

「損傷なし。

キャタピラに切り替えました。

接地完了。

前進します。」

「うおぉ。速いな。」


 着陸後、すぐに前進をし始めた。

戦車モードは最高時速85km/h。

飛行時の十分の一近くまで速度が落ちるが、

機体は安定している。

 後は中心部、『オメガの目』を目指すだけ。

念のため、俺はもう二錠薬を飲んだ。

 服を着替えて、ちょっとスッキリして。

俺たちは陸路を進む。

落雷の直撃はそんなに揺れないが、

近くに落ちると地面がえぐれて機体がとても揺れる。


「うわぁ!

いっそ、全部直撃してほしいね!」

「はい。

直撃した雷は一部バッテリーに充填されます。

復路のエネルギー的にも、直撃した方が良いかと。」


 バネロが決戦用と称しただけはある。

最新技術と高価な素材を潤沢に使ったこの機体は、

設計図を眺めるだけで楽しいほどだ。

 しばらく進む。


「御主人様、アレを。」


 バニラの言う通り、俺は前を見た。


「……マジか。」


 『オメガの目』には、

巨大な錆色のクジラが空を泳いでいた。

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