第4話『裸族の村と初試練──視線との戦い』

──村が見えてきた時、道真は一度、息を飲んだ。


 それは理性ではなく、本能の反応である。


 煩界ニルヴァ=ル南部。聖地ハダカ村──正確には《素肌信仰共同体・サラルラ》。

 その村では、衣をまとわぬことが“真理”とされ、裸体こそが神意の証として崇められていた。


 実際、道真が村の門をくぐると──


「おー! 新人さん来たぞー!」

「見て見てー、この紐、昨日より短いの!」

「神の前で服を着るとは、魂を隠す罪ぞ〜」


 ──まさかの、村人全員がほぼ全裸だった。


 若者から老婆まで、たとえ屈強な男であっても、布きれ1枚を前貼り代わりにする程度。

 女性たちは乳を隠すどころか、「重力に従う尊さ」を讃えるためにあえてノーブラ。


 子供たちですら「今日も服を着ないで元気に遊ぶねぇ!」と親に褒められている始末である。


 しかも、この文化が宗教的戒律であり、“布”そのものが不浄扱いされているという徹底ぶり。


「この地が……俗世の最果てとは……知らなんだ……」


 頭を抱えた道真は、まだ知らなかった。


 ここで待つのは、“視線”との戦い──否、見せられる地獄の連続であることを。


 



 


「お風呂、準備できました〜♡」


 まずは──風呂。


 案内された湯屋は、村の中央にある**“共同浴場”**。

 文字通り、全住民が一緒に入る開放式混浴湯である。


 脱衣所などない。なにせ、みな最初から服を着ていないのだから。


 道真が到着したときには、すでに20人以上が湯に浸かっていた。


「──やめてくれ……これはもはや拷問である……」


 入り口に佇む道真に、後ろから声がかかる。


「賢者様、どうかご一緒に♡」


「やだ〜離れ湯とか行っちゃう? 二人きりとか?」


「お背中、流したいですぅ♡ つるつるしてそうで……♡」


 ──例の三人娘である。


 そして彼女たちは、当たり前のように服を脱いでいく。

 エルミナの双丘がぷるんと震え、タマキの腰がしなる。

 ルゥはそもそも半液体で、服がそのまま溶けて消える。


「わしは……ただ、身体を清めに来ただけなのじゃあああああ!!」


 叫びつつ、道真は法衣を脱ぐでもなく、そのまま滝行スタイルで湯に突入した。


 



 


「こちらが着替え処ですぅ♡」


 風呂の次は──着替え地獄。


 なんと、村では「衣を着るときは“裸の心”であるべし」という教えがあり、**着替えは“全員で見守りながら行う”**のが礼儀。


 おまけに今日の“清衣儀式”は、賢者様のために美少女3人による着替え介助付きときた。


 ──要するに、着せる前に脱がせる。


「ちょっ、そこのベルトゆるめますね〜♡」

「ふんどし取りますっ!」

「スライムで摩擦減らしますぅ♡」


「やめえええええええええええ!!!!!」


 もう二度と般若心経では耐えきれぬと確信した。


 だが、ここは修行の場。

 道真は心を“無”にして、視線を宙に泳がせ、意識を飛ばす。


(これは……ただの肉塊……彼女らは、ただの……煩悩の化身……)


「……すごい……この無表情……逆にゾクゾクする……♡」

「ちょ、ゾーン入ってない!?」

「煩悩超えてるんだけど……なんか……神?」


 ──違う。超えてなどいない。逃げているだけである。


 



 


 そして、最後の試練がやってきた。


「──このあと、村の“夜の祈り”があります。

 参加者は、裸で輪になって“心を解放する”のです♡」


「いやじゃああああああああああ!!!」


 もう無理だった。


 彼は叫びながら丘へ駆け上がり、ひとり、村の外れへと逃げ出した。

 見上げれば、星空。風は涼しく、虫の声が遠くに響いていた。


 静かだった。


 静寂こそ、彼の居場所だったはずだ。

 山では、こんなに騒がしくはなかった。女たちの笑い声も、汗も、視線もなかった。


 ──そして、彼はぽつりと呟いた。


「……わしは……山に帰りたい……」


 



 


 そのとき、背後に気配があった。


「賢者様……?」


 振り返ると、そこにはエルミナが立っていた。

 彼女は布を一枚だけ巻いていた──この村では、最大級の礼装である。


「どうして逃げちゃうんですか……? わたし、もっと……ちゃんと、心で触れたかったのに……」


「……触れられては、かなわぬ……心だけでも、危ういのじゃ……」


 彼は顔を伏せた。


「わしの修行は、煩悩を断つこと。わしが笑えば、おぬしらは喜ぶ。

 だが……わしが屈すれば、おぬしらは……ただの……俗なる道を歩むだけじゃ……」


「それでも……」


 エルミナは、そっと彼の手を取った。


「それでも、あなたと一緒にいたいです。心で触れたいんです。

 煩悩じゃなくて……愛って、信じたいから」


 ──その言葉に、道真は、言葉を失った。


 煩悩。俗欲。肉欲。


 そのすべてを断つために生きてきた。


 だが今、目の前にいる彼女は、何も欲してはいない。

 ただ、信仰のようなまなざしで、彼を見ているだけだった。


 ──ならば、この道もまた、修行である。


「……よかろう」


 道真は静かに立ち上がった。


「わしは逃げぬ。たとえ煩悩の海に沈もうとも、悟りを掲げて歩むと誓おう」


 そうして彼は、エルミナの手を握ったまま、裸族の村へと戻っていった。

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