第2話『転生、そして処女軍団』

──痛みが、ない。


 それどころか、身体が、やたらと軽い。

 四肢がすらりと伸び、関節の痛みもなければ、内臓のきしみもない。

 目を開けば、天井が見える。白く、広く、妙に清潔感があった。


「……む……ここは、どこじゃ……」


 静かに起き上がった道真は、己の両手を見た。


 しわがない。


 節くれだった指はすらりと細くなり、硬かった皮膚は瑞々しい。

 次に膝、そして腰──しなやかに曲がる。


「ほほう……立てる……痛くない……」


 そして、鏡。


 立ち上がった先に置かれた全身鏡に映ったのは──


「──だ、誰じゃこやつはッ!?」


 黒髪の長い青年。肌は白く、端正な顔立ち。

 だがその目はどこか厳しく、修行を重ねた者の静寂を宿していた。


 どう見ても──イケメンだった。


「……わし……が……?」


 美化補正──いや、禁欲ポイントによる肉体強化転生というやつだろう。

 生涯童貞を貫いた報酬がこれか。思わず仏も困惑するレベルである。


 ──が、その余韻は、一瞬で打ち砕かれた。


 扉が、静かに開いた。


 そして、目に飛び込んできたのは──


「賢者様っ、お目覚めですかっ♡」


「きゃっ♡ 起きてるぅ~! 初めましてだよぉ♪」


「起床確認。体温良好。勃起反応──いまのところ、なし」


 ──三人の少女であった。


 しかも、ただの少女ではない。


 ひとりめ──金髪、豊満な乳房を誇る爆乳エルフ娘。

 胸元がはち切れんばかりの白い装束。腰から太ももにかけて、無駄に布が少ない。

 目が合うたびに胸が揺れるのは、仕様か? 物理演算か?


「私、エルミナって言います♡ 古代の聖なるエルフの巫女なんですよぉ。

 賢者様のお身体、お清めさせていただけませんかぁ?」


 ──危険である。もうすでに修行五日分の煩悩を喰らった気がする。


 二人め──銀髪のポニーテールに、動く耳としっぽ。

 これは……獣耳族のけも耳少女!


「オレ、タマキ! 戦う系の巫女だよ! 賢者様のためなら、いつでも身を投げ出す覚悟できてるからっ!」


 そして無駄に健康的な太ももが、ぴょいんと跳ねるたびに視線が下がりそうになる。


 ──落ち着け、我が心。修行とは心の戦いだ。


 三人め──ふわふわと浮遊する、透明感のある少女。

 肌はやや青白く、髪の房がところどころ液状に崩れている。


「わたし、ルゥですぅ……スライム娘ですぅ……とろとろしてますけど、えっちな意味じゃないですぅ……♡」


 意味しかない。


 服も着ているのかいないのか曖昧で、身体がぬるぬると脈動している。

 清らかにして最大の敵。液体状ヒロイン。


 ──気づけば、道真は三人に囲まれていた。


「お待ちしてましたっ! 私たち、選ばれたんですっ!」


「うん! 賢者様のお世話係にねっ!」


「その、お身体のすべてを……検査しなければいけないです……♡」


 ──沈黙。


 そして。


「出家じゃあああああああああああ!!」


 道真は叫んだ。思わず畳に正座し、両手を合わせる。


「ちょっ!? なんで正座!? なんで土下座!? オレなんかした!?」


「賢者様!? 身体が痛いの!? 服脱がせますねっ♡」


「脱がすなあああああああああ!!!!!」


 道真、全力で後ずさる。

 だがスライム娘・ルゥが液体化して迫る!


「触れるだけで……魔力がわかるんですぅ♡」


「その前に、血の気が引くわァアア!!」


 こうして、煩悩攻撃に囲まれた賢者──元・大阿闍梨──は、

 転生初日にして、逃走を決意した。


 



 


 ──中庭。


「ふぅ……ふぅ……はぁ……」


 息を切らして木陰に隠れる道真。

 その姿はまるで、異世界に迷い込んだ“最後の清らか系男子”。


 天界ポイントで手に入れた装備、《禁欲の法衣》は、

 魔力耐性90%、誘惑耐性100%、でも布面積は意外と少なかった。

 (女神リリス曰く「サービスカットです♡」)


 だが、問題は服ではない。


「これは……もはや……阿鼻叫喚じゃ……」


 賢者の脳内ではすでに何度も“般若心経”がループ再生されていた。


 この世界、どうやら──


 ・煩悩は魔力の源

 ・触れ合いは魔力同調

 ・童貞は神格扱い

 ・性的接触は“契約”に近く、ハーレム化が進行する


 ──とのこと。


 要するに、「童貞賢者=最強資源」であり、女たちからの“採取対象”として目をつけられるというわけだ。


 このままでは、破戒どころか破滅である。


「もはや煩悩と女は同義……ならば、避けるしかあるまい……」


 ──だがそのとき。


「──見つけたっ!」


 背後からぬるりと声が。

 振り向くと、スライム娘・ルゥが、木の上から落ちてきた。


「いやあああああああああああああ!!!!」


 ──ドスンッ!!!


 賢者、逃げ道を誤って池に転落。


 水面から現れたのは、水を含んで透け透けになった法衣。

 そしてずぶ濡れになったルゥが、ぴったりとくっついて──


「えへへ……賢者様、初めての魔力、いただきましたぁ……♡」


「やめい!!!! それはわしの魂の一部じゃああああああ!!」


 



 


 ──そして、夜。


「ふふ、逃げたってダメですよ。契約は、神託ですからね」


 賢者の寝床に現れたのは、あのリリスだった。

 ツインテの角娘が、指をひと振りすると、三人のヒロインたちが召喚される。


「契約のもと、あなたと彼女たちは“修行”を重ねねばなりません」


「修行とは、もっとこう……滝とか火渡りとか……」


「ちがいます♡ あなたの修行は、女の子の愛に“打ち勝つ”ことなんですっ♡」


「……この世が……地獄とは知らなんだ……」


 かくして、異世界は賢者に牙を剥いた。

 それは肉体の戦いではない。魂の戦い。煩悩 vs 禁欲の開戦である。

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