第3話 絵画消失と密室の衝撃
万葉ヶ崎学園の朝は、いつもは希望に満ちた生徒たちのざわめきで始まる。
しかし、その日の朝は違った。
ざわめきは瞬く間に、大きなうねりとなって驚愕と不安、そして好奇心へと姿を変えていた。
まるで伝染病のように、ある一つの情報が学園中を駆け巡っていたのだ。
「信じられない…『黒猫の微笑み』が消えたって!?」
「しかも、美術展示室は鍵がかかったままだったらしいよ…」
「まさか、密室!?」
美術部の部長である白峰麗華が、絵画コンクールでグランプリを受賞したばかりの絵画『黒猫の微笑み』。
学園祭で特別展示されるはずだったその絵画が、
保管されていた場所は、由緒ある万葉ヶ崎学園の旧校舎の一角に位置する美術展示室。
普段は滅多に立ち入ることのできない、まさに聖域のようなその部屋が、完璧に施錠された状態のまま、絵画だけが蒸発するように消え去ったという事実に、先生や生徒たちはパニック寸前だった。
美術展示室の前には、すでに人だかりができていた。
その中心で、生徒会長の
日頃の冷静沈着な姿はどこへやら、彼女の端正な顔には明確な動揺が刻まれていた。
隣では、美術部顧問の別所先生が、普段のどこか頼りない表情をさらにひどくさせ、オロオロとあたりを見回している。
「一体どういうことですか、別所先生! 絵画は厳重に保管されていたはずでは!?」
「いや、その…鍵は確かに私がかけて、確認もしたはずなんですが…まさか、こんなことが起こるとは…どうして…」
別所先生の言葉は尻すぼみになり、混乱しているのがありありと分かる。
その時、騒ぎを聞きつけた黒羽菫が、人だかりの隙間を縫うように美術展示室の入口に姿を現した。
普段通り何気ない感じの彼女の態度は、緊迫した状況の中でもどこか浮世離れした雰囲気をまとっている。
感情の起伏を一切見せないその表情は、何を考えているのか誰にも読み取れない。
ただ、その瞳だけは、周囲の喧騒とは隔絶されたかのように、冷徹な光を宿していた。
「馬鹿馬鹿しい。密室事件なんて非現実なこと、種があるに決まっているでしょ」
静かに、しかし明確な声が、パニック寸前の現場に響き渡る。
菫の言葉に、杏奈や別所先生はもちろんのこと、周りの生徒たちも冷水を浴びせられたようだった。
「貴方は黒ス・・・いえ、黒羽菫さん!これは、大変な事件なのよ!」
杏奈が焦ったように言うが、菫は眉一つ動かさない。
むしろ、呆れたような視線を周囲に投げかける。
「焦って騒いでも『黒猫の微笑み』は、にゃあーって出てきませんよ。
警察は呼んだんですか?
別所先生、ちゃんと状況を整理して伝えないと、まず疑われるのは貴方ですよ?
あなたの脳みそは、本当にプリンでできているんですか?」
菫の毒舌は、容赦なく別所先生に向けられた。先生は、
「え、あ、そうですね…あれ?私やばくないですか?」
と、我に返ると、顔面蒼白になった。
「私はどうすれば・・・黒羽さん、助けて!」
別所先生は混乱して、菫の腕に取りすがっていた。
なぜか彼はこの危機的状況で、周りの先生や生徒会長ではなく、この毒舌少女を頼りにしているようだった。
それは、彼女の言葉には棘があるが打算はなく、鋭い観察眼と論理的な思考を元にしたものであることを日頃から感じ取っていたからかもしれない。
「・・・別所先生、暑苦しいです。ご自身の体型を考えてください。
まるで私の腕から服を着た巨大な大福餅が生えたようじゃないですか。
まずは昨日施錠してから今までの行動とこの美術展示室の状況を整理してみては?
アリバイがあると良いですね。」
菫はそう言い放つと、別所先生を引き連れて施錠された扉へと歩み寄った。
彼女の冷静で有無を言わせぬ態度は、扉前に居た先生達を退けて、周りの混乱を一時的に鎮めるほどの力を持っていた。
彼女は鍵のかかった扉を前に、まるでそれが目の前の埃と同じくらい取るに足らない存在であるかのように、無感情に見つめる。
彼女の鋭い観察眼は、すでに目の前の密室という“現象”を、ただの観察対象として捉え、その構造を解き明かそうとする探究心が宿っていた。
そして彼女の意識は、すでに美術展示室の中と消えた『黒猫の微笑み』に向けられていたのだった。
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