過去編カナ視点④
「
山本聡子様
この度は『えるまにあ新メンバーオーディション』にご応募いただき、誠にありがとうございました。
厳正な審査の結果、貴殿を最終審査進出者として選出いたしました。
つきましては、最終審査として実施されるオーディション合宿へのご参加をお願い申し上げます。
合宿では、実技審査、グループ活動、レッスンを通して、メンバー候補としての適正を総合的に判断させていただきます。
」
オーディション面接から一週間、合格通知が届いた。マネージャーのアイザワからもトレーナーとカワサキからも好意的に思われて無さそうだったから、フルカワが独断で私を通したのだろう。何処か複雑だった。先ほどアオイからも合格したとメッセージが届いたが、やはり心から喜べなかった。でもアオイは喜んでいたから私は祝福したし、私も合格したよすごく嬉しいと返した。
一泊二日とはいえ合宿することは流石に親に伝えようと、久しぶりに親がいる時間にリビングに行く。ドアを開けた私を両親は怪訝そうに見つめる。
「……なによ、いきなり。」
「来週の土曜日と日曜日、その、合宿に行くから。」
「合宿?なんの合宿だ。」
「あ、アイドルのオーディション合宿……。」
両親は目を見開く。
「あんた自分の顔、鏡で見たことあんの?なれるわけないじゃない。」
「書類選考と面接、通ったから……。」
「何処の会社だ?騙されてないか?なんでオーディションを受けることを話していなかったんだ。」
「……伝えたから、部屋に戻る。」
「サトコ、待ちなさい!」
ドアを閉めて、走って部屋に戻って鍵をかける。息が荒い。私は両親が苦手だった。久しぶりに話したけど、やっぱり、苦手だった。高圧的で私の言うことやることをまず否定から入って、大嫌いだ。早く家を出たい、バイトで金を貯めていた一番の理由だ。私はモヤモヤする気持ちを誤魔化すために合宿に必要な荷物の準備を始めた。
それから両親と会話することなく合宿の当日になった。集合場所の駅前に着くと、既にアオイがいた。私も集合時間より五分前に着く様にしているのだが、面接の時も、アオイに先を越されていた。
「おはよう、アオイ。」
「サトコちゃん、楽しみだね!合宿!」
「うん。」
集合場所には二十人の少女がいた。みんな当たり前に可愛い。中には小学生……中学生だろうか、すごく幼い女の子もいた。
「じゃあ、ママ!行ってくるね!」
「ノゾミちゃん、頑張るのよ~!」
一番小さいあの子はノゾミちゃんっていうんだ。アオイとは別の種類で可愛いと思った。
「おはようございます。これから合宿オーディションの参加者の点呼を行います。」
番号と名前を呼ばれ、面接の時のようにネームホルダーを受け取りそれを首にかける。親の同意書を求められたが、私は勝手に親の名前を書いて勝手に親の判子を押したので、後でバレたら失格になるかもな、と思いながら渡した。アオイも親がアイドルに対して偏見を持っているらしいが、ちゃんと同意してもらえたのだろうか。それから検温。おでこに機械を向けて、ピッとするやつ。あれそんなに正確に測れないから意味あるのかわからない。ここまで終わると大きな荷物を預けて、合宿所に向かうバスに乗り込んだ。
私はアオイの隣に腰を下ろした。本当にこれからアイドルになるための合宿をするんだ。現実感がなく何処かふわふわした感覚だ。
バスが動き出す。印象を悪くしないためか、誰も私語をしない。静寂。まるで囚人を運ぶ車のような圧力がある。バスは山道に入って行き、東京を連想させない、自然豊かな風景に変わっていく。それから三十分後、山の中の古くてボロい民宿のような建物が現れた。もしかしてここで?と言う不安は当たってしまい、バスは止まる。
「お疲れ様でした。これから番号順にスケジュール表や部屋割りの書かれた紙を渡します。バスを降りたら預けてた荷物を回収して部屋に向かってください。なお、合宿中はスマートフォンの使用は禁止です。電源を落としてカバンにしまってください。」
アオイは一番だった。アオイさっさとバスを降りていく。また良い数字も貰ってるなぁと思った。私の番号は十三、特徴がない。
部屋は二〇二号室、私とアオイと知らない二人のタコ部屋。そう言えば面接の時にフルカワにアオイについて話したから、気を遣って同じ部屋にしてくれたのかもしれない。こう言うのは大体敢えて部屋を分けるのだが……まあありがたいからいいや。
「私はアオイ!よろしくね、サトコちゃん、ミウちゃん、マドカちゃん。」
「……あ、サトコです。よろしく。」
ミウとマドカはペコリと頭を下げるだけで返事はしなかった。感じ悪いな。私はバスで渡されたスケジュール表を見る。
「……十分後、少し歩いた所にある市民体育館でオリエンテーションがあるみたい。」
「じゃあ荷物置いたから、もう行くね。」
茶髪ポニーテールのマドカはそう言うとさっさと部屋を出て行き、金髪ショートのミウも黙って部屋を出て行った。馴れ合う気は無いって感じ。私はアオイと顔を見合わせると、じゃあ私達も行こうかってなって、部屋を出て行った。ボロボロだけど、鍵だけはデジタルでカードキーを部屋に忘れるとオートロックで閉め出されるらしいのでキーを忘れずに持って行った。
体育館には面接で話したとフルカワとカワサキトレーナーと見覚えのある少女が二人、立って候補生達を待っていた。体育館に入ると歓声をあげる候補生もいた。
「あ……。」
思い出した。えるまにあのモモイとリンリだ。近くで見るとすごい存在感だ。顔も小さいし目も大きいし小動物系の守ってあげたくなる感じのふわふわした少女。
「候補生のみなさーん!リンリです!この合宿はオーディションですけど!あんまりピリピリしないで楽しんでいきましょー!アイドルは笑顔!基本を忘れないでね!」
えるまにあのセンター、リンリは黒髪のツインテールがトレンドマーク。どのライブでもイベントでも髪型をツインテール以外にしたことがない、らしい。確認した動画の中では見たことのない眼鏡を装着している。
「モモイでーす。私は厳しくチェックするからねー。プロ意識ない子は今から帰ってもらっても良いから、えるまにあには本気の子しかいらないよー。」
リーダーのモモイは唯一のえるまにあ結成時のいわゆる初期メンバーだ。えるまにあは地下アイドル界の人気グループではあるが、メンバーがよく不祥事で脱退させられ、何度も人間の入れ替えが行われている。不祥事による炎上がえるまにあの知名度をさらにあげている、という意見もあるらしい。……今回の新メンバーオーディションも前メンバーの不祥事によって開催される事になり、モモイは誰よりもピリピリしていた。
「えー……面接でも会ったけど、社長のフルカワでーす。力抜ける時は抜いて、本気出す時は出してくれればいいから。じゃあよろしくね。」
モモイの発言にフルカワは苦笑いをしながら挨拶した。
「まずは、遊ぼっか。今すげー空気悪いから。あ、本気で遊んでね。この赤い襷をまずモモイにつけてもらうから。」
「なんで私が。」
「まあまあ。で、モモイが鬼になっておにごっこだ。捕まったら鬼は交代。鬼は必ず襷をつける事。最後まで鬼だった人はバツで明日のマラソンプラス一キロね。」
「あの、最終的に私が鬼だった場合はどうなるんですか。」
「モモイかリンリが鬼だったら全力モノマネね。」
「げ。」
……なんか社長とアイドルの距離が近い気がする。友達というか、そんなノリで話している。会社としてそれで良いのだろうかと心配になるが、えるまにあは地下アイドル界ではトップと言われてるくらいに人気があり、あの良い加減なフルカワも一応実績がある、あまりボロクソには言えない。
軽い自己紹介のあとにおにごっこが始まった。モモイは二十人全員の名前を一回聞いただけで全部覚えているのか追いかける時必ずその候補者の名前を叫びながら走っていた。私はあんまり狙われなかった。アオイは普通に狙われるし捕まると普通に候補者を追いかけていた。
「……。」
アオイの動きに違和感がある。まずは走り方、アオイはいつもがむしゃらで全力なイメージがあるが、おにごっこをしているアオイは見られることを意識しているのか綺麗な顔で綺麗なフォームで走っていた。そういえば、自己紹介の時も「好きな物はふわふわで可愛い、例えばうさぎのような小動物です。趣味は読書で良く詩集を読みます。」と答えていた。私はそりゃあの下品なギャグ漫画を好きだとは言いにくいよなと聞き流していた。しかし今思うとアオイは自分らしさを隠して、『可愛い少女』を演じているだけに見える。笑う時も口元を隠すし、話す時の口調もどこか上品だし、まるで別人のように見えた。このアオイは可愛いけど作り物感が強い。素を知っている私が見ているからかもしれないけど、すごく不自然だ。
オリエンテーションが終わり(最終的にモモイさんが鬼だった。)、プロのトレーナーの元でダンスレッスンとボーカルレッスンをしたが、やはりアオイの言動は違和感があった。意識の高い完璧主義者、アオイはそれを演じていた。しかしダンスや歌を聞くと他の候補者に見劣りする。そこで私はうっすら、アオイがこれまでオーディションを落ちてきた原因を理解する。審査員からみてアオイは、実力の見合っていない完璧主義者なんだ。イヲリの真似をしている素人なんだ。イヲリがあの性格やキャラでトップアイドルになったのはそれに見合った実力が兼ね備えられていたからなんだ。
「私、イヲリちゃんみたいなアイドルになるのが夢!」
アオイから何度も聞かされていた。そうだ。イヲリみたいになればトップアイドルになれるって勘違いをしているんだ。話さないと、このままじゃアオイはずっと評価されない。それは嫌だ。アオイは誰よりも可愛くてキラキラした女の子なんだ。
部屋割りで同じ部屋なった四人で仮グループを結成し、翌日に課題曲『ときめき♡えれきてる』のパフォーマンスを発表をするらしいので、ポジションを決めたり、パートを決めたりなどの会議をすることになった。えるまにあでも一番ダンスの難易度が高いと言われている曲だった。無口だったミウが急にグループを仕切り出そうとし、マドカが自分が仕切るべきだと軽く口論になった。仕切った方がポイントがつくと思ったのだろう。アオイが早く会議を進めたいからじゃんけんで決めようと言い、何故か私もそのじゃんけんに参加させられて、私が勝ってしまった。ミウとマドカは私を睨みつける。怖い。私はアオイにリーダーを譲ろうと思ったが、敵意の矢印がアオイに向くのもなぁと考え、仕方なく仕切ることにした。私はどうしてもアオイのポイントを上げておきたくてポジション決めと歌割りを彼女贔屓で決めた。ミウとマドカは不満そうだったが、私を一番目立たないポジションにし歌割りも少なくした為、強くは言って来なかった。
練習が終わり、夕食の時間になり食堂に行くと、何個か仲良しのグループが出来上がっていた。合宿で初めて会った仲なのにみんな打ち解けてバスの中のようなギスギスした空気はそこにはなかった。参加者で一番幼い、ノゾミちゃんの周りに沢山の人が集まっていた。妹のようにみんなが彼女を可愛がっている。私は完全に浮いていた。誰も私と目も合わせようとせず私は仕方なく誰もいない角の席に座る。メニューはオーディション運営が買ってきたであろう、コンビニ弁当、白いご飯に塩辛い鮭の切り身、ポテトサラダに赤いウインナー、卵焼き、きんぴらごぼう。それとペットボトルのお茶。少し意外だがアオイも馴染めないのか、黙って私の隣に座る。
「……お疲れ様、サトコちゃん。」
「アオイちゃんもおつかれ。」
「ありがとう。」
会話が続かない。いつもは、カフェやカラオケでは『友人』として普通に話せるのに。今の私達は常に監視されている『アイドル候補生』だから?アオイは上品だった。練習したのだろうか。アオイはすごい。ちゃんと努力をしている。完璧なアイドルに変わろうとしている。どこから見ても隙のない可愛い少女。私の知らなかったアオイ。お喋りが大好きで手で口元を隠さず必死に私に話したい事を話す彼女を思い出す。寂しいな。もしアイドルになったら、常に誰かに見られる環境になったら、アオイは永遠に完璧を演じるのだろうか。もうカフェに行ってもカラオケに行っても、彼女はアイドルになってしまうのだろうか。
「……食べた後、フリータイムじゃん。アオイちゃん、ちょっと話さない?」
「……いいよ。」
それからお互い、黙々と食事を続ける。後ろから聞こえる少女達のさえずりのような可愛い話し声がとてもノイズのように聞こえた。
辺りは暗くなっていた。街灯の整備もされてない山道は暗黒で危険だからと外出は禁止されていた。私はアオイと民宿の屋上に来ていた。ここから体育館が見える。明かりがついていて、あそこで自主レッスンをする真面目な候補生がいることがわかる。
「……私、アオイちゃんはアオイちゃんのままアイドルになって欲しい。今のアオイちゃんはイヲリちゃんの真似だけしてる感じがして、ムズムズする。」
「……。」
アオイは俯いている。何も答えない。だから私は続ける。
「アオイちゃんはトップアイドルになりたいんだよね?それってイヲリちゃんの、誰かの真似をしてたらなれるものじゃないと思うんだ。アオイちゃんにしかない……アオイちゃんの良い所で勝負した方がきっとなれると思う。アオイちゃんは……私が今まで見たどの女の子よりも可愛いと思ってるし、アオイちゃんなら、トップアイドルにだってなれると思う。」
「……。」
アオイは何かを言おうとする、けど言葉が出ないようなので私は続ける。
「そのままのアオイちゃんの事を心から好きになる人だって……。」
「違う。」
私はハッと彼女の顔を見る。大きくて澄んだ美しい瞳。真っ直ぐと私を見ている。
「私は、トップアイドルになりたいんじゃないの。イヲリちゃんみたいなアイドルになりたいの。」
「……え?」
「ううん、私、イヲリちゃんだけがアイドルだと思っているの。ファンのみんなにキラキラとした夢を見せて誰よりも可愛くいて、裏切るような事は絶対にしない。全ての女の子の『可愛い』の憧れで、全ての男の人にとってのお姫様なの。…… バラエティで売れない芸人さん相手に高圧的な態度をとって女王様気取ったり、前科がある事をステータスのように自慢したり、あえて性事情をオープンにして話題になったり、今人気アイドルって呼ばれる人達はアイドルのイメージを悪くしていると思うの。イヲリちゃんだけが本当のアイドルなの。でもね、イヲリちゃんが三十歳の誕生日に卒業ライブをしたあの日から、この世界から私の好きなアイドルはいなくなっちゃった。アイドルを名乗る偽物だけの世界になったの。だから私が引き継がなきゃいけない、この世に本当のアイドルを残すために、私がイヲリちゃんにならなきゃいけないの。」
何を言っているのか理解ができない。いや、理解は出来るが受け入れたくない。アオイの思想が、私と大きく離れていたから。そこに居るのは私の知らなかった、そうであって欲しくない、本当のアオイだった。
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