本編②僕と彼女

 目を覚ますと目の前にルリが居た。僕のベッドに二人で横たわっている。ルリは微笑む。至近距離で彼女の顔を見るのはやっぱり慣れない。

「おはよう。」

「うん、おはよう……。」

僕が体を起こすとルリはベットから降りて僕を見下ろしてきた。

「今日は何するの?」

そう言えば今日はルリのライブの日だ。

「ライブに行きたいの?本当に好きね。でもダメよ。貴方がすべきことはどん底の人生から立ち直ることよ。ここで私と話せるんだから生活が安定するまでは我慢して。」

「そうだね……。」

僕はステージに立つルリも大好きだけど、わざわざルリが家に来てくれたんだ。これ以上わがままを言っては行けない。

「バイト、頑張らないと。」

「そうね。まずはお金を貯めないとね。頑張って。私はライブを頑張るわ。」

僕はリュックを背負って家を出た。

「いってきます。」

「いってらっしゃい。」

ルリが手を振ってくれる。可愛い、今日も一日頑張ろうと思える。

 

 連絡先を交換していつでもやり取りがしたかったが、僕とルリの関係は誰にも言えない二人の秘密だ。スマホでやり取りしたらそれを証拠にバレてしまうからと二人で決めた。僕はルリの声を聞きたくて音楽アプリを立ち上げ、BLUE ECHOの曲を流した。

 コンビニには早めについた。着替えているとヒロキがやってくる。

「あ……。」

ヒロキは僕と目を合わそうとしないで黙々と準備をした。僕は一瞬悲しくなった。でも大丈夫だった。僕にはルリがいるから。家に帰ればルリと話せるから。背が高いし顔も整ってるし友達も多いし仕事もできるしヒロキには何も勝てないけど、ルリがいるだけで圧倒的に勝てた気分になれる。だから気にしない。僕は無心で品出しをする。検品をする。清掃をする。会計をする。店長に顔が暗いと指摘を受ける。僕は笑う。その顔を不気味だとボソッと言われた。でも僕にはルリがいる。だから、耐えられた。

 夕方になり、僕は家に帰る。僕は走っていた。早くルリに会いたい。顔を見たい、今日を乗り越えた事を褒めて欲しい、ライブお疲れ様と労いたい。玄関のドアを開けると、そこにはルリが立っていた。

「おかえりなさい。」

赤いドレスに身を包んだ彼女は何処か妖艶に微笑む。僕はルリの顔を見ると嬉しくて嬉しくて、ドアを閉めるのを忘れたまま彼女に話す。

「ルリ、あのね、今日、辛かったんだ。ヒロキは僕を無視するし、店長は嫌味を言うし。でもルリを思うと耐えられたんだ。それに酷い客がいて、弁当の温めを聞くの忘れただけで怒鳴られるし、でも泣かないで耐えられたんだ。」

ルリは僕の頭を撫でる。

「あなたもなかなかやるじゃない。」

心臓が高鳴る。ルリが僕の頭に触れた。基本的に特典会では接触は禁止されている。だから初めて会った時も頬を触れられたけどまだ慣れない。だから僕は過剰に照れて俯いてしまう。そんな様子を見てルリをクスクス笑う。僕はこんなにもドギマギしてるのに彼女には余裕があって少し悔しい。

「あ、なでなでされたことみんなには内緒にしてね。ファンのみんながやきもち妬いちゃうから。」

ルリは口元に人差し指を当てて、しーっと笑った。二人だけの秘密、ルリの細い指、唇。僕は唾を飲み込む。

「う、うん。」

僕は玄関のドアを閉め忘れていることに気が付き、慌てて閉める。

「ご、ごめん。二人の関係は秘密なのに。」

「いいのよ。スリルがあって楽しかったし。」

ルリは気が付いていてその様子を楽しんでいたようだ。自分から内緒にしてと言ったのに、いたずらっ子の一面もあるんだ。僕を困らせて笑っている。僕はゾクゾクする。ルリに翻弄されまくりだ。

 僕は靴を脱ぎ、自室に戻る。二人でベッドの上に腰をかけた。

「ルリ……あの……。」

「なぁに?」

「ライブ、お疲れ様……。どうだった?」

「楽しかった!やっぱりファンのみんなとライブするのは最高に幸せよ!」

「そっか……。」

僕も見にいきたかったな。こうして話しているのも幸せだけど、ルリが一番幸せを感じているのは彼女がアイドルをしている時でその瞬間に立ち会いたい。いや、本当を言うと四六時中ルリを見て居たい。ライブをしている時も普通に生活をしている時も、寝ている時も。金銭的にそれが許されないから我慢しているのであって。

「でも、私、こうして貴方と話している時も好き。アイドルでいる事が私の幸せだけど、私も一人の女の子だから、リョウくんの前で素で居られる時間も、大切なの。」

「ルリ……。」

僕は彼女の頬に手を伸ばす、しかし恐れ多くて触れる前にその手が止まる。彼女は自らの手を僕の手に重ねて頬に触れさせる。

「私、リョウくんが好き。リョウくんも、言って。」

「ぼ、僕も……僕も、ルリが好きだよ。」

あの時、あのライブで、目が合った時から。

「あの時、あのライブで、目が合った時からね、私、運命を感じたのよ。かっこいいわけじゃないし、タイプでも無かったけど、それでも貴方に惹かれたの。あの日、特典会に来てくれなくて、すごく寂しかった。もう会えないと思ったから。でも貴方は次のライブにも来てくれた。私に会いに来てくれた。それで確信したの。運命を。」

ルリは立ち上がる。

「このドレスはね、赤い糸をイメージしてるのよ。だから真っ赤なの。」

「綺麗だ……。」

僕も立ち上がり彼女に近寄る。すると足に何かが当たる。視線を落とすと、それは空き缶だった。部屋を見回すとそこはとても散らかっていて、ゴミだらけで、不快だった。

「……そうね。部屋、綺麗にしましょうか。」

「う、うん。」

こんな汚い部屋にルリを居させてはならない。いくらルリが僕のことが好きで僕に優しくしてくれても、僕が許せない。僕はならなくてはならない。ルリに相応しい人間に。

 

 僕は部屋を掃除し、バイトで金を貯め、その合間に資格の勉強を始めた。僕は頭が悪かったが、小学生の時に唯一得意だった科目が算数だったからなんとなく簿記を選んだ。僕が勉強をしているとルリが覗き込んでくる。

「レンちゃんも資格の勉強してたなぁ。私から言わせてもらうと、アイドル活動に集中して欲しいんだけどね。」

そう言えば、レンが資格の勉強をしている事をルリが配信で言っていたな、と思い出す。その時はルリは前向きに応援していたが実際は不満に思っていたのか。

「確か医療事務だっけ。」

「そうそう。」

ヒロキと会話を合わせる為に、一時期ルリ以外のメンバーについて調べた事があったが、レンは二十八歳と、BLUE ECHOの中でも圧倒的に歳上だったはずだ。アイドルとしての寿命がもう短いのだろう。地下アイドルが計画的に貯金出来てるイメージもないし、きっと焦っているのだろう。BLUE ECHOはそこまで人気のユニットではない。カナとルリが目立っていて、たまにテレビや雑誌の仕事をこなしているが、レンとメルは僕から言わせてもらうと添え物だ。二十八歳の添え物にセカンドキャリアがあるとも思えない。

「まあ、妥当な判断なんじゃないかな。」

「そうだけど、やっぱりアイドルをしている間は集中してほしいなぁ。」

ルリは完璧すぎる。ルリと並んでしまえば誰だって紛い物だ。

 カナはルリよりも人気があるが、それはアイドルらしからぬ言動を面白いと思っている逆張りやアイドルオタクではない層からの支持が多い。顔は確かに整っているがダンスも歌も平均値でデリカシーが無く思った事をそのまま言って炎上を良くしている。アイドルとして愛されているのでは無くて性格の悪いキャラクターとして面白がられているだけだ。

 メルは十七歳の最年少で運営から優遇されているのか人気がないのに待遇が良い、それ故に歳上のメンバーや同事務所の人気ユニットに対しても失礼な態度を取ってもお咎めなしだ。甘やかされたガキがそのまま成長したような感じで、悍ましい。ライブのMCでレンに対しての年齢いじりを見てから嫌いになった。あいつを支持してる層は未成年というステータスに萌えている気持ち悪い犯罪者予備軍だろう。

 僕はアイドルに興味はなかったが、そもそも世に存在しているアイドルを見てみると、アイドルのレベルに達している奴がほとんどいない事に気がついた。アイドルを客に夢を与える存在だと定義すると、嫌な現実を見せてくる奴らは論外だ。「言わないだけでアイドルやってる女の子はみんなこう言うメッセージやプレゼントを嫌がっている。」と全てのアイドルの代弁者面をしているカナは客に現実を見せるだけで無く、夢を見せてる同業者の営業妨害をしているし、メンバー内の不仲を匂わせるメルはBLUE ECHOというグループそのものを愛する客を傷つけている。レンはその二人に比べたら大分マシだが、才能がない事に気が付かず華がないまま二十八歳まで少ないファンの夢を叶えられず裏切った。僕が知る限り、アイドルに相応しいと思えたのはルリだけだ。

「カナちゃんには私も困っているの。でもカナちゃんがユニットで一番人気があるから、運営さんもなにも言ってくれないのよ。」

「芸能事務所もお金稼ぎが大事だからね、そこは難しいよね。」

地下アイドル界隈は普通の芸能界と比べると小さいもので、客が地下アイドルのファンだけだとやっていけないのだろう。地下アイドルに興味がない層を取り込む必要がある。カナはその役割なのだろう。

 僕が初めてライブに行った時、ぴょんぴょん跳ねてる奴や後方で大声をあげている奴らに嫌悪した事があった。SNSで僕と同じ意見を持って苦言を言って炎上した人がいた。「それが地下アイドルの文化であり、嫌なら地下アイドルのライブに来るな。」と言う意見が多かった。しかし、事務所としては、文化を重視する少数よりも地下アイドルに興味がなかったその他大勢の新規の方が重要に違いない。新規に通いやすくし、客を増やし、大きなステージでライブしたいと思っているに違いない。文化を主張する騒ぎたいだけの自己満足な連中は自ら愛するアイドルの可能性を狭めていると感じた。

 

「なあ、来月の二十四日って空いてるか?」

 バイトの休憩時間にヒロキから声をかけられた。僕は緊張する。ずっと彼は僕を無視していた。何を企んでいるんだ。怖い。ルリに会いたい。

「えっと……なんですか?まだ、予定は決まってない……です。」

「……BLUE ECHOの単独ライブ。招待特典が欲しいから来て欲しいんだけど。」

「え……。」

「数合わせだ。」

「うん……。」

「それと、ごめんな。」

「え。」

「……勉強頑張れよ。」

「う、うん。頑張るよ。」

休憩室の机に缶コーヒーが置かれていた。

 それからヒロキとは挨拶程度の会話をする事が出来るようになった。それをルリに伝えるとルリは自分のことのように喜んでくれた。

「そうだ、来月、久しぶりにライブに行くよ。ステージのルリを見るのすごい楽しみだなぁ。」

「そうなの?リョウくんが来てくれるならより一層頑張らないとね。楽しみにしてて。最高のステージを見せるわ!」

ルリは嬉しそうだ。良かった。ルリがこの部屋にきてから、僕の人生は確実に良い方向に行ってる。そうだ、伝えよう。次のライブの特典会で。ルリに全部感謝しよう。

 

 簿記の試験を終え、バイトも順調で、ある程度生活に余裕が出てきた。僕はルリに内緒で新しい服を買いに行く。久しぶりみるルリの晴れ舞台だ。気合いを入れないとな。買った服はリュックに隠して、駅で着替えないとな。どんな服にしよう。ヒロキを頭に思い浮かべる。彼はオシャレだ。でも彼の真似をしようとは思わない。そもそも僕とヒロキは体格が違う。ヒロキが僕くらいちんちくりんになった姿を思い浮かべる。ダサい。僕はため息をつく。どんなに僕が部屋を綺麗にしたところで資格の勉強をしたところで格好良くなれない。ショーウィンドウに反射した僕の姿を見る。これがルリに相応しい男だろうか?

 

「かっこいいわけじゃないし、タイプでも無かったけど、それでも貴方に惹かれたの。」

 

ルリの言葉を思い出す。僕は格好良くない。彼女のタイプでもない。運命で惹かれ合っただけだ。昔からそうだ。僕は目立たず、いつも影の存在だった。恋人も友人もいなかった。ルリも運命という不思議な力で僕に惹かれただけで僕の事を魅力的に思っていない、ダサいと思われている。

 

「ここのファンって結構派手な人多いでしょ?リョウくんは大人しめだったから逆に目立ってて覚えちゃった!」

 

「あ……。」

そうだ。僕は目立たないから逆に彼女に認知してもらえたんだ。彼女に見つけてもらえたんだ。だから『それ』で良いんだ。僕は無地の黒いパーカーを手に取った。

 

 ライブ当日。初めてライブを見た、渋谷の会場。建物の前にはヒロキが立っていた。その周りには十九人の男女。僕に気がつくとヒロキは手を上げた。

「こいつはルリ推しのリョウ。バイト先の友達。」

ヒロキは僕をそう紹介した。本当に友達と思っているのかわからないが嬉しかった。二周年ライブの時とほとんどメンバーは同じだが、ちらほら違う。前は大学の友人だと思っていたが、話していると、SNSで知り合ったBLUE ECHOのファン友達らしい。

「……実はな。あのコンビニ、昔カナがデビュー前に働いていたらしいんだよね。」

「え。」

開場までの待ち時間、ルリのSNSを遡っているとヒロキが話しかけてきた。僕は咄嗟にスマホを伏せる。

「掲示板に書いてあって本当かわかんないけど、まあ近かったから俺もそこで働いてみたんだ。店長に聞いたけど、店長も最近雇われたばっかでしらねぇって。」

ヒロキが長文で話してくれたのが初めてだった。

「カナは最初顔が好きだったんだ。アイドルに興味無かったんだけど。SNSでアー写が流れてきた時に一目惚れしてさ。それから追ってて、言いたい事ズバって言ってくれる所もカッコ良くてさ。カナが一部で嫌われてるのはまあ仕方ないよなって思うけど、それでも俺にとっては最高のアイドルなんだよ。」

僕には到底理解できないけれど、カナについて語るヒロキは幸せそうに見えた。

「リョウは?ルリのどこが好きなんだ?」

「ルリは……。」

僕を見つけてくれた、大きくて綺麗な瞳に惹かれた、知れば知るほど完璧で、ルリ以外の全てが醜く見えた、ルリだけが本物で美しい。さらさらとした髪の毛も、スタイル抜群の身体も、僕が人生のどん底にいた時に声をかけてくれたことも、僕との秘密の関係を匂わせることなくステージで完璧なアイドルをしている所も、全部全部が。

「ルリは、綺麗だと思ったから、好きなんだよ。」

言えるわけない。ルリについて語ると、カナを愛するヒロキを傷つけかねない。

「わかるよ。ルリは本当に綺麗だ。でも……。」

僕は抑えたのにヒロキは続ける。

「完璧であろうとし過ぎてて、時々心配になる。」

 

 僕は建物に入ると階段を下り、六百円を支払い、お目当てはルリだと伝えてペットボトルの水を受け取った。スタッフに招待用のリストバンドを受け取ると会場に向かう。

「新曲と新衣装があるらしいから、楽しみだね。」

ヒロキのファン友達がそう話しかけてくる。

「そうですね。」

と返した。会話が止む。上手く会話ができない。ルリとはあんなに話せるのに。僕は俯いてしまう。すると会場の明かりが消えた。

「始まるぞ。」

僕は視線を上げる。ルリが来る。ルリのために新しくパーカーを買った。今朝もライブ頑張ってと送り出した時までバレてなかった。特典会で言ってくれるだろうか、新しいパーカー素敵だね似合ってるね、と。四人がステージに上がるとライブスタートというアナウンスと共に照明がつく。ルリのスタイルを強調するパンツスタイルの青い衣装。ルリの長い髪は後ろでまとめられポニーテールになっている。

「綺麗だ……。」

いつもの赤いドレスも魅惑的だけど、青い衣装に身を包むルリはどこか神々しさを感じた。ルリは完璧なパフォーマンスを披露する。久しぶりに聞く歌声はこの世のなによりも澄んでいた。ルリの長い手足がキレのあるダンスをより美しくしていた。ルリは美しかった。プライベートで僕に甘えてくるルリとはまるで別人だった。

 

「BLUE ECHO単独ライブ『Ocean』にお越しいただきありがとう!ミステリアス担当ルリです!今日もみんなあちあちだね!ほらみて、新しい衣装!どう?……ありがとう!可愛いとかっこいいをいただきました!じゃあ最後にせーの!で私の名前を呼んでね!せーの!……ありがとう、ルリでした!」

「こないだメルちゃんと一緒に服を買いに行ったんだけどね、その時にお互いをコーディネートしたんだよ、そしたらすっごいふわふわのお洋服着ちゃって!お姫様になっちゃったの!嬉しくてそのまま来て帰ったら帰り道すっごい視線感じて恥ずかしかったよー!」

「BLUE ECHO単独ライブ『Ocean』あっという間だったね!新曲『エラーコード』!かっこよかったでしょ!近いうちにサブスクで解禁されるからたくさん聞いてね!今日は本当にありがとう、ルリは幸せです!」

「アンコールありがとう!みんなの声届いていたよ!じゃあ次が本当に本当のラストだよ!」

 

 ライブはあっという間に終わってしまった。やはりステージのルリは部屋で会うルリとは違う良さがある。僕は迷わずルリの特典会に向かう。ずっと我慢してたんだ、少し贅沢をしても良いだろうと、僕は一番高いチェキ券を2枚買った。まず、ヒロキが四人と囲みチェキを撮り、それから列に並んだ。初めて特典会の列に並んだ時のことを思い出す。怖くて仕方がなかった。嫌われるんじゃないかとかルリに裏で変なあだ名をつけられるんじゃないかと。でもルリを知れば知るほど安心した。ルリは優しくて、完璧で、その上僕を愛してくれた。ルリさえいればそれで良かった。

「チェキ券回収します。」

「はい。」

「コメあり二枚ですね、ソロとツーショどっちにしますか?」

「ソロで。」

「ルリさん、ソロで二枚です。」

「はい!ポーズどうしますか?」

「おまかせで。」

「はーい!」

ルリはしゃがみ込んで上目遣いの写真と、エラーコードの最後の決めポーズの写真を撮った。

 

 僕はルリの隣に立つ。ルリは僕を見て目を泳がす。

「えっと……リョウ、くん、だよね?」

「え、はい。」

僕がそう答えるとルリは安心したようにいつもの笑顔になった。

「久しぶり!ずっとライブに来てくれないからルリ寂しかったよ!」

久しぶり?ああ、ライブに来るのが久しぶりか。そうだよね、だって僕達は毎日顔を合わせている。

「うん。本当は全部のライブを見に行きたいんだけど無理になったんだ。でも毎日ルリの顔見て元気もらってるよ。本当にありがとう。」

「ううん!お礼を言うのは私の方!リョウくんの応援のおかげで私はアイドルが出来てるから、本当にありがとう!……あれ?」

「どうしたの?」

「パーカーに、サイズのシール貼ったままじゃない?」

「えっ。」

僕は確認する。確かにMと書かれた白いシールがあった。僕は恥ずかしさで顔を熱くする。

「もしかして、今日の為に新しい服買ってきたの?」

「う、うん。」

「あはは、リョウくん可愛い~!すごい嬉しいよ!私も今日初めて着る新衣装だから、お揃いだね!」

「そ、そうかも。あはは。」

 

「そろそろ時間です。」

スタッフにそう言われて僕は少し寂しくなったがルリが落書きしたチェキを二枚受け取って列を離れた。大丈夫、帰った時にもルリには会える。その時にまた話せばいい。なのに、なぜか僕は何かが引っ掛かった。この空間から離れたくない。そう思ってしまった。

「なあ、これから飲み行くんだけど、来る?」

会場を出るとヒロキに声をかけられた。僕は断ろうとするも、今帰ってもルリが居ないことに気がつく。特典会はまだまだ終わらない、時間を潰すくらい良いだろう。

 ヒロキと僕を合わせて六人が打ち上げに参加した。僕はあまりお酒が飲めないから、適当にカシオレを注文する。飲み物が来るとみんなその上に今日撮ったチェキを置く。

「え、なにやってんの。」

「こうして写真撮ってネットにあげんの。」

チェキ飯と呼ばれる行為らしい。僕も空気を読み写真を撮る。そして今日のライブの感想を言い合って盛り上がった。新衣装は今までの衣装の中で一番スタイリッシュだとか、新曲のエラーコードはBLUE ECHOの中では珍しいテクノ系の音楽で格好良かったとか、ルリのポニーテールが最高に似合っていたとか、まあまあ楽しく話していた。酒がたくさん入ったのか話題が怪しい方へと向かっていく。

「つーか、あれ、本当なのかな。」

一人がこう切り出した。

「ほら、掲示板で言われてた、あれ。」

掲示板の話とわかるとヒロキも反応する。

「あー……メンバーに対しての暴露があるんだっけ。あったとしてもまたカナのデビュー前の話じゃない?」

「いやそれが、現在進行形!ファンと繋がったやつの話らしいよ。」

僕の心臓が高鳴る。

「えー?ブルエコに限ってそれはなくない?二年も何もなかったんだよ?」

「つ、繋がりって……。」

僕がそう言うと僕に視線が集まる。

「ファンと付き合うって感じかなぁ、事務所で禁止されててバレたら基本的に即解雇。同じ事務所のえるまにあってユニットはよくメンバーが繋がり解雇されててしょっちゅうメンバーが入れ替わってるんだよなぁ。またオーディションで新メンバー応募してたよ。」

「へ、へえ……。」

じわりと汗が滲む。バレたら解雇……。ルリがアイドルで居られなくなる……。僕との秘密の関係が、どこからバレたんだ……?

 飲み会は過去に解雇されたえるまにあの元メンバーの話で持ちきりになり、僕は俯いてしまう。アイドルを応援する前の僕は思ってた。アイドルに彼氏がいて炎上してるのを見ると、別に良いじゃんとか、アイドルに男がいるくらいで騒ぐなとか。アイドルも一人の人間なんだから、プライベートくらい好きにさせてやれよとか。でも今は違う。アイドルは夢を与える仕事だ。プライベートを好きにしても良いが、ファンが見たくない現実は上手く隠さないとアイドル失格なのだ。ルリという完璧なアイドルが僕のような地味な男と同棲しているなんて幻滅確定じゃないか。ルリがアイドルでいられなくなったら、一番ルリが悲しむ。僕はどうすれば良いのだろう。

 

 僕が家に帰るとルリが出迎えてくれた。

「おかえりなさい、遅かったけど、飲み会?」

「うん、ヒロキ達と飲んでた。あの……。」

ルリは小首を傾げる。何も知らない無垢な瞳に僕は残酷な現実を伝えられなくなった。

「ライブ、最高だった。新しい服を着て特典会で驚かせたかったんだけど逆に恥ずかしい思いしちゃったな。」

「シールのこと?でも逆に貴方らしくて可愛かったわよ。」

ルリは優しく微笑む。僕はこんな優しいルリに嘘をつくことが申し訳なかった。

「あ、そう言えば今日じゃないっけ。試験の合格発表。」

「資格の?そうだね。ネットに出てるはずだよ。」

僕はスマホで公式のホームページを確認する。ルリのスマホを覗き込んでいる。僕は簿記三級の試験に合格していた。

「あ、あった!」

「やったわね!」

ルリが喜んでくれる。その笑顔は今日ステージで見た笑顔よりも嬉しそうだった。

「ルリ、僕が合格して嬉しい?」

「もちろんよ。」

「僕のこと、好き?」

「うん!」

「そうか……。」

この笑顔を曇らせたくない。僕は本当はルリと離れるべきだ。でもルリを手放したくない。ルリには完璧なアイドルで居続けてほしい。でも、でも……。

「僕と離れるの嫌?」

「嫌!」

「もし、アイドルを続けられなくなったとしても、僕と居てくれる?」

「え……?」

ルリが目を丸くする。ルリにとってアイドルは生きがいで、僕もそんなルリが好きだ。ルリは視線を落とし悩む。数秒後顔を上げるといつもの笑顔を見せてくれた。

「アイドルでいることよりも貴方を選ぶわ。」

真っ直ぐ澄んだ目だった。僕は泣いていた。そしてそのままルリを抱きしめた。何があっても二人でいよう、乗り越えよう。そう何度も二人で言い合った。

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