☆第十五話 クリスマスに向けて☆
世の恋人たちの聖日、クリスマス・イヴまで、あと十日。
平日の午前十時を回った瞬間、育郎は一瞬でスマフォのコールをする。
今日も、一度目のコールで通話となった。
『ありがとうございます。リストランテ・ヌーベル・ロッソで御座います』
「も、もしもし。二十四日の午後四時から予約をしている。福生という者ですが…」
緊張感で強ばる筋肉の喉からは、地獄の鬼みたいに低く唸るような言葉が、流れ出る。
『はい、福生様でございますね。いつも有り難う御座います。二十四日の午後四時のご予約は、七番テーブルにて、承っております』
「解りました。有り難う御座います」
予約に間違いは無いと納得をして、育郎は通話をオフにした。
「ふぅ…予約は、大丈夫みたいだ」
イタリアン・レストランのヌーベル・ロッソは、育郎が亜栖羽とのクリスマス・デートの為に、十一月のお終いから探しに探して、自分で見に行って、食べて、確かめたお店だ。
繁華街から少し離れた住宅街の一軒家で、大きなお店ではないけれど、オシャレで綺麗な外観や内装、更に料理の美味しさなどから、育郎自身が口頭でイヴの日の予約をしてきたのである。
それから毎日、お店が開く時間になると、電話をして予約をしてあるか、念のために確認をしているのだ。
お店側からすれば大変に迷惑な感じの客だけど、それだけお店の味を気に入ってくれた客だとも認識をしている。
育郎としても、最初のデートで予約無しに亜栖羽を連れて行ったお店が当日予約で貸し切り状態となっていた経験から、過敏になっているのだ。
「カモメ屋さんだって美味しいし、亜栖羽ちゃんもお気に入りだけど…」
大衆食堂なので、いつものデートならもってこいだけど、流石にクリスマス・デートをするなら、女性が喜ぶオシャレなお店が良いと、育郎は考えている。
「まぁ…亜栖羽ちゃんが、クリスマスのカモメ屋さんを嫌がるとか、無いとは思うのだけれど…」
クリスマス・イルミネーションで飾られた綺麗な街を眺めながらの窓際席で、亜栖羽とクリスマス・イヴの食事を楽しみながら、プレゼントを渡す。
「…うんっ! 完璧なデート・プランだっ!」
亜栖羽の輝く笑顔を思い浮かべると、それでけで、鬼面だけでなく全身がだらしなく蕩ける筋肉巨漢。
「でへへ…ハっ! そうだっ、プレゼントだああああっ!」
ここ数日の、育郎の苦悩である。
愛しい亜栖羽の誕生日が十二月の二十四日で、まさしくクリスマス・イヴであり、天使が生まれた日に相応しいと感涙をする育郎だ。
友人であり海外SF小説翻訳の担当編集者さんでもあり、そして既婚者でもある三一から「誕生日プレゼントは年相応より少し大人っぽいアクセサリーが良し」とアドバイスを貰って、小さなダーク・カラーのイヤリングを購入。
これはお誕生日プレゼントであり、同時にサプライズ用でもある。
そして、サプライズの前振りとしてのクリスマス・プレゼントには「亜栖羽と一緒にデート中、亜栖羽が欲しい物を買ってプレゼントする」と、三一のアイディア。
『いいかい、育ちゃん。女性がサプライズを喜ぶのは、だ…。感情を刺激される事で心が動かされるからだ。クリスマス・プレゼントを一緒に選んで、それなりに喜ばせた後、サプライズとして誕生日プレゼントを渡す。本当なら、クリスマス・プレゼントは無しって感じでも、それだけ サプライズの喜びは増すってモンだがな。ま、育ちゃんはカノジョに対して、そんな無体は出来ねぇだろう? ははは』
と、既婚者は語った。
ほぼ三一の言う通りというか。
「…クリスマス・プレゼント無しは…絶対に嫌だ…っ! 何よりっ、亜栖羽ちゃんのお生誕の日にっ、そんな残酷な事…っ!」
どんな小さな事であれ、亜栖羽を悲しませたくはない。
なので育郎としては、クリスリマ・プレゼントも手渡して、お誕生日プレゼントも手渡したいのである。
しかし。
「…ターさんの言っていた事も、確かに 女性が喜ぶサプライズ…なんだろうなあああっ!」
そう考えると、誕生日プレゼントの喜びがより膨らむのは、まさに三一のアイディアの方だろう。
「でもっ…亜栖羽ちゃんがっ、少しでもガッカリするのは…っ!」
悩乱して疲れた脳みそを休める為にも、スマフォを開いて亜栖羽のメールを見る。
もうすぐ期末試験なので、終業式の当日であるクリスマス・イヴまで、デートは出来ないのだ。
勉強も、育郎に頼らず自分で頑張ってみると言う。
「…亜栖羽ちゃんっ、応援してるからね…っ!」
亜栖羽の高得点祈願をする育郎の顔が、更に赤鬼みたいだった。
~第十五話 終わり~
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