☆第三話 急患乱入☆


 タクシーの運転手さんが到着をさせたのは、亜栖羽が伝えた病院前。

「とっ到着しましたっ!」

「あっ有り難う御座いますっ! 運賃はすぐに支払いますのでっ、ちょっと待ってて下さいっ!」

 育郎が叫びながら、後部座席の自動扉が開くよりも早く亜栖羽を抱き抱えた巨体で飛び出したため、電動扉が悲鳴を上げて開かれた。

「ここだねっ!」

『ここです~♪』

 ガッシリとしたカレシの筋肉で、お姫様ダッコに抱き上げられる亜栖羽も、ふわふわ気分で答える。

 高層マンションの高層階に住む葦田乃家が、昔から家族でお世話になっている病院と聞いていたので、さぞ大きな病院かと想像をしていたら、普通に街の開業医だ。

 一軒家の二階建てな「熊谷(くまがい)医院」は内科医で、一階が診察室で二階に入院用の病室があり、建物の後ろ側が住まいとなっていた。

 巨体の全力疾走+筋肉タックルで手動の扉を押し開けながら、育郎は必死の大声で先生を呼ぶ。

「すすっ――すみませえええええええんっ! ぁあ亜栖羽ちゃんがっ、急患なんですうううううっ!」

 いま患者さんがいなかった事は、幸いだろう。

 鬼のような形相の筋肉巨漢が、人も丸呑みと言わんばかりの強面で飛び込んで来て大声を上げたのだから、もしお婆さんとかがいたら、腰を抜かして別に緊急搬送とかの事故を起こしていたかもしれない。

 待合室の爆音声に、看護婦さんが慌てて飛び出してきて、天井まで届かん背丈の大男の必死な表情に、思わず「ひぃっ」と声が出た。

「ぁああのっ、亜栖羽ちゃんがっ、緊急事態なんですぅっ! 早く先生をおおっ!」

「はっはいっ!」

 大男の胸に抱かれる小柄な天使を、看護婦さんは知っているけれど、巨漢の迫力に気圧されて、慌てて先生の元へと駆け込む。

「くくっ、熊谷先生っ! 巨漢が急患ですっ!」

「ほほぉ?」

 呼ばれた熊谷先生は、眼鏡を掛けた白髪の穏やかな老人で、特に慌てた様子もなくノンビリと対応に出て来て、育郎を見上げた。

「どれどれ…。ほほぉ~、これはこれは。また大きくて 引きの強そうな」

 熊谷先生は、どうやら釣り好きらしい。

 冷静な老内科医は、大きなコートに全身をくるまれて巨漢の胸に抱かれた、よく知る少女に気付く。

「おや、亜栖羽ちゃん。今日は どうしたのかな?」

『あ、熊谷せんせ~♪ お世話になってます~♪ コホコホ…』

「おや 風邪かな?」

 白髪の医師は、胸に抱かれたままの亜栖羽を診察して、口を開けさせて喉を診たりして、症状を理解したようだ。

「なるほど 風邪だね。いま流行ってるからね。さ、診察室へおいで」

『は~い♪』

 育郎も、護衛ロボの如く亜栖羽を抱いたまま無意識に診察室へ入ろうとして、先生に止められる。

「あ、あなたは待合室で 待っていてください」

「え…ハっ! すすっ、すみません…っ!」

 慌てて、しかしユックリと亜栖羽を下ろして、育郎は恋人の様子を気にかけた。

「亜栖羽ちゃん大丈夫っ? 立てるっ?」

『はい~♪ えへへ~♪』

 愛しいカレシの心配に、少女は嬉しくて笑顔だ。

 育郎が大きなコートを受け取って、待合室の、巨漢には小さな長椅子へと、腰を下ろした。

「………」

 患者が亜栖羽しかいない現時刻の病院内は、とても静かで、受け付け窓口の上の鳩時計だけが、カチカチと音を立てている。

(ぁぁあっ、亜栖羽ちゃん…っ!)

 今日のような寒い日に風邪を引いている亜栖羽が、育郎は心配でならない。

 少女の全身をくるんでいたコートは、青年の体温よりも少し暖かい気がする。

 普段の育郎だったら、コートに残された亜栖羽の体温や優しい香りに、極めて頂点な幸福感で包まれ、ニヘニヘとしているだろう。

 しかし今は、そんな幸せも認識できない程に、亜栖羽の風邪を心配していた。

 椅子から下りて正座姿勢となり、強く眼を閉じて手を合わせ、必死に祈る。

「神様っ、どうかっ、なにとぞっ、亜栖羽ちゃんをっ、絶っっっ対にっ、助けて下さいいいいっ!」

 とか頼まれた神様も、天界でヤレヤレ苦笑いじゃないかしら、と看護婦さんは微笑ましく思った。


                    ~第三話 終わり~

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