第三十四話 クライネル
帝国という強大な敵に対して、俺達はとてもちっぽけな存在だ。
兵力は一万人。竜はゼウァルをいれて四体で、神はエデルナと特殊紋章の俺だけ。
とても真正面から帝国を打倒するなんて不可能で、いろいろなものを利用しないかぎりその夢には届かないだろう。
そのために獣王国との戦いは重要だ。
「単純に考えれば、わざと負けることで帝国に打撃を与えるということが考えられる。アイスベル王子軍が壊滅してくれるのが理想ですね」
「そうじゃな。ここで敗北すれば、帝国は大きく力を削がれるのは間違いない」
今の帝国は巨大すぎる。俺達が打倒できるぐらい小さくなってもらいたいし、理想の国を作るにしても今の巨大な帝国でそれをなすのは難しいだろう。
大きすぎるというのはコントロールができなくなる危険性を孕んでいる。
「しかし、ここで獣王国に負けるのは恐らく良くないじゃろう」
ただエデルナは難しい顔をして、地図を取り出した。
そして地図の上に駒を置き出す。
「今の戦場は、帝国内にある山脈じゃ。ここに建設された砦にて、獣王国を食い止めておる。連なる険しい山脈が獣王国を阻み、侵攻を許さぬ状況じゃ」
そう説明してくれる戦場については、俺も昔聞いたことがある。
大陸中央と東部を分断するように存在する、ホロホロ山脈は非常に険しい山らしい。
唯一の通り道となる場所には砦が建設され、高い通行料により大陸東部との交易は少ない。
防衛するには最強の地形で、攻めるには大変。それが今回の戦場である。
「アイスベル軍はこの砦に籠もり、獣王国軍と睨み合っておる。もしここを獣王国に取られると、非常に困ったことになるのじゃ。わかるか?」
「獣王国が大陸中央までやってくる、ってことですか」
「うむ。獣王国は好戦的な国家じゃ。今は代替わりして落ち着いているとも聞いているが……我が国に侵略されて怒り狂っておる獣王国に、ここを取られるのはまずい」
そう言ってエデルナは、地図に書かれた山脈をトントンと叩く。
「ここを取られると怒り狂った獣王国が攻めてくるじゃろう。そうなればわらわ達が作るはずの新たな国が、更地になってしまう」
そう言ってエデルナは、難しそうに苦笑するのだ。
せっかく新たな帝国を作っても、獣王国に滅ぼされるのであれば本末転倒だ。
新たなガゼルダと言えど元がガゼルダである以上、帝国の積み上げた恨みを向けられるものだ。
やはり単純にはいかない。理想はアイスベル軍が大きな損害を受けながらも、獣王国に勝利すること。
とはいえそんな上手くはいかないだろうし、アイスベル軍と協力して獣王国を打倒することになりそうだ。
「好き勝手やってしっぺ返しをくらっとるアイスベルを助けに行くのも癪じゃし、獣王国の怒りもわかるし汲み取ってやりたいが、どうにもな」
やれやれとエデルナは首を横に振った。
急に帝国軍に襲われて、国はボロボロ、民は連れ去られるという状況にある獣王国の怒りは非常にわかる。
エデルナ個人としてはその怒りを肯定したいのだろうが、新たなガゼルダのためにそうも言ってられないから悲しげな顔をするのだ。
「帝国をただぶっ壊すが目的じゃないから難しいですね」
「じゃな。無論アイスベルを出し抜くことは考えるが、難しい道を歩むことになる。すまぬなラース」
「いえ。俺としても帝国がぶっ壊れた結果、大陸に大混乱が起こるのは避けたいので付き合いましょう」
「助かる。未来の国の土台を守るため、今は東へ行こうぞ。そしてその先に、わらわ達が目指すものがある!」
そう言ってエデルナは、安堵の混じった笑顔を見せた。
今の帝国を壊して新たな国を作るというのは、中々に難しい話だ。だがそれが、俺が真に目指す未来だと覚悟を決める。
ただ東に注視するとなれば、背後が気になってしまうもの。
「それで一つ懸念点として、北の戦場はどうなりますか? フーレイ法王国の方には天騎士と竜王が派遣されるとか、二つの師団が投入されるとか聞いてますが」
「そうじゃな、もしそこが敗北すると新たなガゼルダを作るどころの話ではなくなるな」
俺の疑問に答えるように、エデルナは地図の北側にもいくつかの駒を起き出した。
「戦力的には問題ない。帝国の勝ちじゃ。ただ問題は、そもそもなぜ今まで援軍が派兵されなかったのかということじゃ」
そうエデルナは、二つの駒をつつきながら言う。
今回派兵される二つの師団。それは今ではなく、もっと前に派兵してさっさとフーレイ法王国を潰せば良かったのだ。
それが派兵することなく第一師団に任せきりにして、膠着状態を維持していたせいで、こうして反撃され敗北した。
その理由は、エデルナが指差した国内にあるのだろう。
「今回派兵される第四師団、及び第五師団は国内の問題を対処しておった。急速に膨れ上がった帝国は、国内にも多くの問題は抱えておる。一番は、テロを起こす残党じゃな」
「帝国国内の問題は俺も聞き及んでいます。……利用できないか考えましたからね」
帝国内にはいくつもの火種が燻っている。
その多くが侵略された地の民によるもので、無理矢理支配した故の結果と言えるだろう。
傭兵として活動しているその最中、これを煽って上手く潰せないかと考えたものだ。
「で、それを解決してから派兵されたんですか?」
「いいや。その問題を放置して派兵された」
そう言ってエデルナは溜め息をついた。
帝国内に火種を抱えたまま、第四師団と第五師団はフーレイ法王国との戦いへ行った。
それはフーレイ法王国を打倒できたとしても、内がボロボロになる危険性を孕んでいる行動だ。
「そもそもな、思い返すとタイミングが良すぎるのじゃ」
「というと?」
「帝国内で残党が暴れ出したのも、獣王国と開戦したのも、帝国が丁度フーレイ法王国と戦い、勝利した直後じゃ。突然のこと故、早急にフーレイ法王国戦に挑んでいた戦力をその対処に回さねばならんかった」
「…………それはそれは」
ただの偶然と言ってしまえばそれまでだが、全てフーレイ法王国が裏から糸を引いていると言われれば納得できる状況だ。
多分その時の全軍で侵攻していれば、フーレイは滅んでいた。だがその前に各地で問題が起きて、兵力をそっちに回さないといけなくなる。それは偶然、と言うには都合が良いだろう。
やはりフーレイ法王国とは恐ろしい国である。
「利用せねばならぬが、果たして上手く利用できるかの。下手すれば手痛いしっぺ返しをくらいそうじゃ」
「それは間違いないですね」
ここで簡単に協力しましょうと持ちかけても、絶対こちらが利用されて最後は捨てられるだろう。フーレイ法王国とはそれぐらい恐ろしい国だ。
どこでどう関わっていくか。一手ミスればそのまま終わるほどの危険性を孕んでいる。
「俺達の陣営も戦力を増強するしかないですよね」
「そうじゃな。帰ってきてからわらわの陣営に加わってくれそうな者と話してはいるが、有力な者達はアイスベルやルーシスについておる。それにわらわの目的に賛同してくれそうな者にあたっとるからより難しいの」
そうなると難しい。帝国内にも仲間を増やさないと国家の再建は頓挫する恐れがある。だからと言って誰でも内に入れて良いわけではなく、帝国の悪行を良しとしている者はいれられまい。
「そういえば……あの噂ってどうなんですかね。帝国の地下にいるという……」
「っ……あれか」
ふと思い出すように呟かれた俺の言葉に、エデルナは驚きを見せ考え込んだ。
エデルナ軍の戦力を増強する上で、一つ最強の手札が存在する。俺はあくまで市井に流れるまことしやかな噂でしか知らなかったが、エデルナの反応を見るに多分真実なのだろう。
「帝国の地下に捕われているという……〝鉄の神の紋章持ち〟もし味方になってくれるなら、これ以上に心強い戦力はないはずです」
かつて帝国が激戦を繰り広げたという国家の神。最後まで帝国と戦い続け、最終的に帝国に存在する監獄の最下層に捕われているらしい。
それは平民も知っている結構有名な噂である。
帝国の味方になることはなく、その恨みは内に積もり続けているはず。
ならば俺達の味方になってくれる可能性は十分にある。
「……賭けじゃろうな。帝国としても鉄の神を取り込めないかと様々取り引きを持ちかけたが駄目じゃったらしい。それがわらわにできるか……」
「俺はできると思いますよ。姫さんが話せば」
「……そなたは買いかぶるのお。だが……獣王国との戦争が終われば話してみるか」
勝てばかなり大きな賭けだ。神の紋章持ちが一人加われば、フーレイ法王国と協力関係を結ばず、上手いこと利用する道も見えてくる。
その帝国の地下にいるという神がどんな思いを持っているか次第だが、分は良い賭けのはずだ。
「ふふ……今、確かにわらわは目指した場所に向かって前進しておる。ラースのおかげじゃ」
「それはこっちの台詞ですよ」
エデルナが夢に向かって歩み出したように、俺達もエデルナとの出会いが一つの契機だ。エデルナがいなければ、今も戦場を彷徨い、ただただチャンスを待ち続ける日々を続けていただろう。
グライシスを殺し、その先にある復讐の道が見えているのはエデルナの存在あってこそ。
「まだ道半ば。全てを達成したその時に、改めて祝杯でも上げましょう」
「そうじゃな。楽しみにしておる。
獣王国との戦争が始まる――
◇
夜の駐屯地には、警備兵しか外にいない。
俺は許可を取って外に出ているが、今はすでに就寝時間。寝静まったエデルナ軍駐屯地はとても静かだ。
繁華街からも離れているため、外から何か聞こえてくることもない。
故に僅かな音でも良く聞こえるものだ。
たとえば俺が整備された石の道を歩くコツコツという音。
どこからか聞こえてくる虫や鳥の鳴き声。
そして――
「…………」
ゼウァル達が寝る部屋へと帰る過程で、俺はふと足を止めた。
「何か、用か?」
そして背後からそっと近づいてくるその人物に対し、俺はそう問いかけたのだ。
「…………」
僅かに鳴っていた足音はピタっと止まり、沈黙が訪れる。
背後を振り向けばそこには誰もいないが、俺の耳がその存在を訴えていた。
「何もないなら帰るぞ。何か話したいことがあるなら出てこい」
俺がそう言えば、数秒の沈黙の後また足音が聞こえてくる。
建物の陰から顔を見せたのは、メルだった。
「ラースくん。こんばんは」
「ああ、こんばんは」
「……少し話しませんか? 私はラースくんが姫様にとって利となる存在か、まだ図りかねています」
姿を見せたメルの手には、暗器が握られていた。
その目は俺に疑惑の目を向けており、僅かでも返答を誤れば今すぐ殺しにきそうなほど鋭い。
ただのお付き、とメルを侮るわけにはいかないだろう。どことなく、メルからも紋章の気配を感じる。
しかし俺としても、この邂逅は望んでいたものだ。
「良いぜ。俺も少し話したかった。メル・クライネル。俺は獣憎けりゃ豚まで憎い人間じゃあないつもりだが、それでもお前とは一度話さないといけない」
「……どういうことでしょう?」
クライネル。ああ、クライネルだ。確かクライネルだった。
奴の名字どころか名前すら意識したことなかった故に気付くのが遅れたが、クライネルは重要な名だ。
「お前は自分の親が犯した罪を、理解しているか?」
「…………」
かつて紋章実験を主導者していた研究者。奴の姓は確か――クライネル。
友と俺をツギハギにくっつけ、特殊紋章を生み出した研究者の娘が、メル・クライネルだった。
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