No Future For You
NS-1
第一章-No Future For me.
ブロロロロロ……
底の抜けた空に、単気筒の乾いたサウンドが消えていく
検問官「え〜、二輪ですので、通行料に加えて追加の排気税をお願いします」
まさみ「いえ、これは四輪ですよ。サイドカーついてますから。今時、二輪なんて、どうかしてますよ!」
検問官「・・・」
検問官の冷ややかな視線に気圧され、通行料と追加の排気税を支払い関所を抜ける。前の関所はこれで誤魔化せたのだが、毎度都合よくはいかなかった。
二輪、自動二輪、あるいはオートバイが世の中から淘汰されて久しい。環境に悪い、危ない、一人乗りで少子化改善に貢献しない、という些かこじつけ感の否めない3NO(No Eco, No Safety, No Future)の前に二輪は無力であった。
あの漢KAWAS◯KIが本格的に四輪大衆車の生産を開始したといえば、かつてのライダーにもその深刻さが伝わるだろうか。
歴史の授業において、“かつて存在した嗜好品、タバコのように、オートバイもまた税に次ぐ税を経て世の中から姿を消した”と、教壇に立つ先生が遠い目でつぶやいていたのを覚えている。
今となっては“自動二輪免許の新規取得には、バイクに乗る理由を明記した400字詰め原稿用紙20枚以上の作文に加え、役所での面接が必要である”といった噂がまことしやかに囁かれる始末である。
タバコや二輪が世界から姿を消したのと同時に、不良や暴走族、果てはギャングに至るまでもがなぜか消滅し、引き換えに人々は穏やかな暮らしを手に入れた。
静かにエンジンを回転させ、マナーを守りタバコを蒸す。そんな硬派で、真にバイクを愛していた一部のライダーを犠牲に世界は順調に良い方向へ向かっているようであった。
それでも、
それでも、世界のH◯NDA、あるいはYAM◯HAがいてくれたなら・・・。
皮肉なことに、二輪の衰退を決定づけたのはH◯NDA、YAM◯HAの二大巨塔であった。
時代の波に抗えず、目に見えて二輪が衰退し始めた頃、いち早く動き出したのがこの2メーカーである。往年の名車から電動に至るまで、排気量、馬力の大小を問わず、顧客の確保のためにあらゆるバイクの生産を開始した両メーカーは、図らずとも熾烈なシェア争いを繰り広げることとなった。これは、二輪の未来を憂い、行動を開始した両メーカーにとって青天の霹靂であった。
両メーカーはその打撃により、一時はグループごと空中分解する瀬戸際まで追いやられたものの、二輪生産ラインを他産業の生産ラインへと転用することにより、その危機をなんとか回避した。これにより両メーカーは二輪市場撤退を余儀なくされてしまう。これが俗に言う第二次HY戦争である。
最後の頼みの綱はSUZ◯KI、KAWAS◯KIの2メーカーに託された。が、その望みも虚しく、変人ばかりに愛されるSUZ◯KIは言うまでもないが、SUZ◯KIの影に隠れていたものの、実は変人揃いであったKAWAS◯KIもシェアの拡大に苦戦し、二輪は今日に至る。
とはいえ、彼らを責めることはできない。彼らもまた、それぞれがそれぞれなりに、二輪のことを思い行動した末の結果であるからだ。
?「・・・・・・おーい!」
しかし、二輪はまだ絶滅したわけではない。私を含め、もう数えられるほどしかいないのではないか、と思われるほどではあるが、真に二輪を愛するライダーたちがこの国の各地に存在する。
?「・・・おーい!」
そして、私は今から、
?「おーい!!!」
まさみ「うわ!!」
?「あ、やっと気づいた。もう、さっきから何度も呼んでるんですけど!」
まさみ「あ、すみません。ぼーっとしてました」
?「死んじゃったのかと思ったよ、その儚い乗り物みたいに」
まさみ「死んでませんから、私もバイクも。今は少し休憩中です。私も、バイクも」
?「冗談だって(笑)。そんで、これこれ」
彼女は両手に持ったボードをこれみよがしに私の顔へと押し付けてくる。
まさみ「ちょ、近すぎます!それじゃ見えませんから」
?「あ、ごめんごめん」
ーーーーーーーーー
〜ヒッチハイク〜
北の端まで
ーーーーーーーーー
まさみ「なんですか?これ」
?「だから、ヒッチハイクだって。この道ってことは、北に向かって行くんでしょ?乗せていってよ」
まさみ「いえ、すみません。これは一人乗りですので。」
?「横に座席ついてるじゃん」
彼女は荷物置きと化したサイドカーを指差す。
?「それにさっき、そこの関所で4輪だって言い張って追加税払わず抜けようとしてたよね?だったら一人乗りってのはおかしいじゃん、乗せてよ!」
まさみ「・・・。あのですね、人には、時として、涙を呑んで踏み絵を踏み抜かねばならない時もあるんです。ですから・・・」
言い終わる前に彼女は私の荷物を傍に寄せてサイドカーに乗り込んでいた。
まさみ「・・・。はぁ、足元に予備のヘルメットありますから、着けといてください」
?「おっけー!私は“ゆい”よろしくね!」
まさみ「まさみです。そのギターケース、引っかかると危ないので、できるだけ寝かせる感じで、車体からはみ出さないようにお願いします」
?「はーい。じゃあ、しゅっぱーつ!」
まさみ「・・・」
とんだ大荷物を拾ってしまった。
まあいい。本当の旅は北の端っこについてからなのだ。
まさみ「私も北の端まで行きますから。到着は、明日か、そのぐらいですからそれまでは・・・」
“ゆい”と名乗ったその女性は、サイドカーに深く腰を預け、すでに寝息を立てていた。
まさみ「・・・」
ことの始まりは少し前に遡る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ブロロロロ……
すでに朝日が顔を出し始めたころ、朝の配達を終えた私は、なるべく音を立てないように注意しながら帰宅する。
師匠「おかえり、朝の配達ご苦労様」
まさみ「すみません。起こしてしまいましたか」
師匠「いやいや、弟子が仕事を頑張って帰ってきたというのに、わたしだけすやすや眠っているわけにはいかないのでな」
師匠がベッドから体を起こしながら答える。
師匠というのは、幼い頃のひとりぼっちだった私を拾い、今日まで育て上げてくれた親のような存在、人生の師匠であり、私に二輪を教えてくれた師匠でもある。
まさみ「朝の支度をいたしますから、師匠はもう少しお休みになっていてください」
師匠「いや、私ももう起きるとしよう」
まさみ「そうですか、では肩をお貸しいたします」
かの”豊◯市大決戦”の後、体を自由に動かせなくなってしまった師匠を洗面所へと連れてゆく。
まさみ「一人で大丈夫ですか?」
師匠「ああ、心配ない」
まさみ「では、朝の支度をしていますので、何かあればお呼びください」
そう言い残し、台所へと向かう。
トースターに食パンをセットし、電気ケトルでお湯を沸かしている最中、あの時のことを思い出していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜数ヶ月前、豊◯市〜
職員「こちらが、我が社が新たに開発した最新鋭のコンパクトモビリティです。こちらは、法律上も・・・」
師匠「御託はいい、さっさと鍵をよこせ」
職員「百聞は一見にしかずです。一度お乗りになれば、その素晴らしさがわかるでしょう。ちなみに生体認証システムですので、鍵はありません」
師匠「・・・」
師匠「(ふん、便利、最新、快適、だからなんだというのだ。それがそのまま良いというわけではあるまい。夏は暑く、冬は寒い。それでいて不安定。すぐに疲れが溜まり、おまけに積載量も少ない、手段が目的と化したような乗り物。だからこそ肌に受ける風が、エンジンのかかる音が、全身に伝わる鼓動が、まっすぐ感じられるのだ)」
師匠「・・・」
師匠「(な、なんだこれは・・・!一定に保たれた車内温度、びくともしない安全性、いくら乗り続けても疲労しない乗車姿勢、多積載。それでいて、車内を循環する風が爽快感を生み出し、高透過で一切の邪魔を感じさせないフロントガラスは、フルフェイスやジェットヘルメットよりも開放感を感じさせる!まさに、バイク乗りを狙い撃ちしたかのような乗り物ではないか・・・!)」
最新鋭のコンパクトモビリティだというその乗り物を降りた師匠は、歩くのもやっとといった様子でこちらへ向かう。
まさみ「し、師匠・・・!」
すかさず師匠の元へ駆け寄り、体を支える。
職員「おやおや、我が社が試乗会の招待状を差し上げました際には、あれほど"くだらない"と豪語していらっしゃいましたが。その様子ですと、ふふふ・・・。お越しになったバイクでのお帰りは難しいようですね。帰りのお車を手配しましょう、もちろん自動運転のものを」
師匠「くっ・・・!」
職員は私の方を一瞥した後、再度口を開く。
職員「どうです?二人乗りの方もございますので、お家に一台。ディーラーの方でまたのお越しをお待ちしておりますよ。ふふふ・・・」
まるでこのことを予期していたかのように、中型の自動運転車が音もなく私たちの前に止まり、自動で扉が開く。
風前の灯であった二輪界隈の巨塔がT◯YOTAの最新鋭小型モビリティの前に片膝をついたという噂は瞬く間に広がり、界隈に衝撃を与えた。
あの決戦以降、師匠は未だバイクに跨ることができないままでいる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
まさみ「ぐぬぬ、我が師が、あんな辱めを・・・」
師匠「おい、何もされてないからな?」
師匠がリビングに顔を出す。
まさみ「あ、師匠。まもなくトーストが焼き上がりますので、テーブルの方でお待ちください」
師匠「うむ、ありがとう」
まさみ「肩をお貸しいたしましょうか?」
師匠「いや、問題ない。最近、体の調子がだんだんと戻りつつあるのだ」
まさみ「そうですか、それはなによりです。飲み物はコーヒーにいたしますか?」
師匠「いや、紅茶にしておこう」
まさみ「かしこまりました」
トースターから焼き目のついた食パンを取り出し、ビーナッツバターとジャムを用意しテーブルに向かう。
今日は二人ともピーナッツバターを塗ることにした。
師匠「いいか、まさみ。バイク乗りというのはだな、バイクに乗るからバイク乗りなのではない。バイク乗りとは、心だ。バイクに乗る乗らないに関わらず、二輪を真に愛する心を持つ。それすなわち、バイク乗りであるのだ」
まさみ「バイクに乗らないバイク乗りって、どうなんですか?」
ピーナッツバタートーストを頬張りながら適当に返事をする。
師匠「・・・。ええい、口答えをするな。まったく、これだから今時の若いものは。いいか、よく聞け。今でこそ二輪にとっての障壁は排気税の追加ぐらいだがな、私の若い頃は・・・」
まさみ「ああ、もう、その話は何度も聞きましたから。それに若い頃って言いますけど、まだそんなに歳いってないじゃないですか」
プルルルルル
懲りもせず、毎度お馴染みのやり取りをしていると師匠の携帯が鳴った。
師匠「すまない、電話だ」
そういうと、師匠は自身のらくらくスマートフォンをタップし耳に当てる。
師匠「はい、私ですが。ええ、ええ、そうですか、やはり。はい、では後ほど、一度失礼いたします」
師匠はスマートフォンを机に置き、こちらに向き直る。
師匠「今年のキャノンボールは中止だそうだ」
思わず啜っていた紅茶を吹き出す。
ある程度予想はしていたものの、やはり驚きを隠さずにはいられなかった。
“マザーロード・キャノンボール”
バイクの衰退が加速度的に進む中、新たに再編されたバイク協会が打ち出したこの一大イベントは“無事故・無違反・マナー厳守・モラル徹底”で、国を縦断するマザーロードを完走するという非常にシンプルなものであった。小規模ながら中継や各地での応援も行われた。
キャノンボールとは言うもののレースではなく、その目的は長距離ツーリングおよび長旅を楽しむことにあった。
マザーロードの各所には二輪の名所、名物店、ライダーズハウス、聖地などなどが二輪を愛する同志の協力により点在し、イベントの盛り上げに貢献した。
資金、時間等、様々な要因からイベントに参加できる者はそう多くなかったが、今、この瞬間、マザーロードのどこかを駆け抜けるライダーが存在するという実感は、絶滅の危機に瀕するライダーにとって大きな心の拠り所となっていた。
まさみ「やはり・・・?」
師匠「ああ、開催資金が目標に達しなかったそうだ。ただでさえお金のかかる乗り物だ。去年開催できたのも奇跡と言っていい。みんな頑張ってくれたさ」
師匠が顔に飛び散った紅茶を拭きながらそう答える。
まさみ「そうですね・・・」
当然、このご時世、スポンサーのつくようなイベントではない上に、去年もクラウドファンディングをぎりぎりで達成し、やっとの思いで開催されたようなイベントである。
やりきれない思いではあったが、仕方のないことだった。
しかしながら、やはりニ輪の未来を考えると途端に目の前が真っ暗になるようだった。
プルルルルル
師匠「すまない、また電話だ」
師匠「はい、私です。はい・・・はい。確かに、そうですね。では、うちのものを行かせましょう。では、また」
師匠は電話を切ると、真剣な面持ちでこちらに向き直る。
師匠「まさみ、大切な話だ。心して聞いてくれ」
まさみ「は、はい」ゴクリ
師匠「最後のキャノンボールを、お前に託したい」
まさみ「どういうことでしょうか?」
師匠「いいか、よく聞け。マザーロードとそこから枝分かれした道の各地に、かつて分割して保管する取り決めがなされた伝説の二輪の部品が保管されている。お前には、その各地を周りすべての部品を回収してもらいたい」
師匠に告げられたことを受け止めるのに時間がかかっていると、それを待たずして話が続けられる。
師匠「このままキャノンボールが終わってしまえば、いよいよ、二輪の未来は閉ざされてしまうだろう。だが、あの伝説の二輪が再び完成したならば、可能性はある。今でもまだ二輪に乗り続けている者とともに緩やかに終わっていく・・・。それも一つの答えだろう。それが時代の流れというものだ。それでも、私は後世に残したいのだ、この感動、自由を」
全く話はわかっていなかったが、私もバイク乗りである。こういう雰囲気には弱い。バイク乗りは雰囲気の生き物なのだ。
まさみ「私に務まるでしょうか・・・?」
師「ああ、お前なら大丈夫だ。私が保証する」
まさみ「師匠は大丈夫ですか?」
師「ああ、心配するな。ここでお前の帰りを待っている」
まさみ「かしこまりました」
師「よし。明日、夜明けと共に出発だ。少なくて申し訳ないが、精一杯の餞をわたしておこう」
まさみ「いえ、それには及びません。私にもいくらか貯金はありますから。それに帰ってきた時、家がなくなっているようでは困りますから」
師「ふっ、言うようになったではないか。では、頼んだぞ」
まさみ「お任せください!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
辺りが暗くなりはじめたため、ヘッドライトをつける。
目的地まではまだ距離があるが、焦りは禁物だ。
まさみ「ゆいさん。・・・ゆいさん。起きてください」
ゆい「んあ?着いた?」
まさみ「まだです」
ゆい「ん〜、腰がいて〜!この座席、リクライニングついてないの?」
まさみ「そんなものありません。暗くなってきたので、今日はここらでキャンプにします。着くのは明日です」
ゆい「あ〜あ、車だったら楽に寝られるのにな〜」
まさみ「(怒)」
ゆい「冗談だって(笑)」
まさみ「・・・。ゆいさん、スマートフォンはもってますか?」
ゆい「ううん、もってないよ。通信機器は全部置いてきたからさ」
まさみ「なんでですか・・・、まあいいです。じゃあこれを使って近くのキャンプ場を調べてください。できるだけ安いところでお願いします」
そう言いつつ、ジャケットから自身のスマートフォンを取り出し彼女に手渡す。
ゆい「なにこれ!?じいさんばあさんが使うやつじゃん!」
まさみ「し、失敬な!それは最新のやつなんですよ!カメラもいいやつ付いてますし。電話とカメラぐらいしか使わないので、それでいいんですよ!安いし・・・」
ゆい「まさにじいさんじゃん(笑)」
まさみ「(怒)」
せめて“ばあさん”でしょ、と憤慨しているところに彼女が声をかけてくる。
ゆい「近くには無人のところしかないけど、いい?」
まさみ「ええ、大丈夫です」
ゆい「じゃあ、まっすぐ行って、右かなぁ」
雑なナビに従って進んでいくと、それっぽい看板が見えてくる。
まさみ「私はテントと寝袋がありますから、それで寝ます。あなたも持ってますか?」
ゆい「持ってないよ?歯ブラシとかはあるけど。まさか二輪にヒッチハイク、それも野宿までするとか思ってなかったし」
まさみ「野宿ではありません、キャンプです。いくら治安が良いとはいえ、うら若き乙女が野宿なんてするわけないじゃないですか」
ゆい「無人キャンプ場で予約なし飛び込みとか、ほぼ野宿じゃん」
まさみ「野宿ではありません、キャンプです」
ゆい「野宿だよ?」
まさみ「キャンプです」
ゆい「もし不審者が現れても、わたしのテコンドーだか、コマンドーだかでやっつけてあげるから安心してね。あ、でも、わたしが襲う可能性もあるよ」
彼女は意気揚々とシャドーボクシングを行う。
まさみ「あなたは野宿してください」
ゆい「ごめんなさい、冗談です」
まさみ「テントは2人入れるのですが、寝袋は一枚しかありませんので、膝掛けや着替えなどを重ねて寝ていただけますか?」
ゆい「はい、ありがとうございます」
まさみ「どういたしまして」
駐車場の端の方にバイクを停めて、盗まれるようには思えないが、一応鍵を抜く。
キャンプ場は少し芝が伸びているものの、広く、テントも数えられるほどしか設営されていない。
早速、自分たちのテントの設営に取り掛かる。
まさみ「ペグを打ちますから、そっちの方を抑えていてください」
ゆい「はいよ〜」
慣れている上に設営が簡単なことが売りのテントである。それほど苦労せずに設営を完了し、LEDランタンを吊るす。
まさみ「今日はもう遅いので、夕食はカップ麺で大丈夫ですか?」
ゆい「うん、いいよ。カップ麺なら私も持ってるし」
そう言って彼女は自身の大きなバックパックを開く。
中には激辛やエスニック系のカップ麺が数個、他には旅の必需品と思わしきものや何かの機械等が詰まっていた。
まさみ「あれ、意外と準備とかしてたんですね」
ゆい「もちろん、もともと旅に出るつもりだったしね」
まさみ「そうでしたか」
ゆい「カップ麺、どれか食べたいのあったら持って行ってもいいよ」
まさみ「いえ、私にはこれがありますから」
そう言って自分のバックパックから普通のカップラーメン(しょうゆ)を取り出す。
ゆい「そっか、残念」
彼女はエスニック系のカップラーメンを取り出した。
まさみ「では、水を入れてきます」
ゆい「水もあるよ?」
まさみ「できるだけ節約していきたいので。無人キャンプ場ですから少し不安ですが、沸騰させるので大丈夫だと思います。嫌ですか?」
ゆい「ううん、私は大丈夫」
まさみ「では、行ってきます」
ゆい「行ってらっしゃーい」
炊事場で空きペットボトルに水を汲む。
炊事場から戻ると、彼女は先ほどバックパックで見た何かの機械をいじっていた。
ゆい「あ、おかえり」
まさみ「はい、お湯を沸かすのにガスバーナーを使いますから、気をつけてくださいね」
そう言って、アウトドアガスバーナーを取り出しコッヘルをセットする。
コッヘルに水を入れ、バーナーの青い炎をぼーっと眺めていると彼女が声をかけてきた。
ゆい「ところでさ、結構な大荷物だけど、まーちゃんはどこまで行くの?」
まさみ「まーちゃん?」
ゆい「うん、“まさみ”だから、まーちゃん。嫌?」
まさみ「別に構いませんが。私も目的地は北の端ですよ」
ゆい「え、ほんと?ラッキー!」
まさみ「まあ、私は北の端についてからが旅の始まりなんですが」
ゆい「え、そうなの?私もだよ!」
まさみ「そうでしたか、そんな偶然もあるんですね」
ゆい「うん!まーちゃんはなんで旅に出るの?」
カップラーメンが出来上がるのを待つ間に、彼女に旅に出ることになった経緯をかいつまんで話した。
ゆい「へー、時代に抗ってるんだ。いいね、パンクで!」
まさみ「時代遅れの乗り物に跨っているという点ではそうですが、私は時代に抗っているわけではありませんよ。今のまま細々と、後世に受け継がれていけばいいなと思っているだけです。この時代遅れの乗り物を必要とする人は後世にもいるはずですから」
ゆい「なんかかっこいい・・・」
かっこいい・・・、いい響きである。意外と悪い人じゃないのかもしれない。
彼女は私の話を聞いて、何か考え込んでいるようだった。
まさみ「できあがりましたよ」
ゆい「あ、うん」
カップ麺を啜りつつ、今度は彼女の旅にでる理由を聞いてみる。
まさみ「ゆいさんはどうして旅を?」
ゆい「わたしは・・・」
彼女は何かを言おうとしてやめた。
まさみ「あの、話したくないことでしたら、べつに無理にとは・・・」
ゆい「あ、そうじゃなくて、どう話したものか」
そういうと彼女は自身のバックパックを漁り始める。
ゆい「うーん、これでいっか」
彼女が取り出したのは、カセットテープとイヤホンのついたプレーヤーだった。
ゆい「これ、聴いてみて」
予想だにしないレトロな機械に内心驚きつつ、言われるがままイヤホンを耳に装着し、再生ボタンを押す。
流れてきたのは、歪んだエレキギターサウンドが主体のシンプルなギター・ロックだった。
一曲終わったところで停止ボタンを押し、イヤホンを耳から外す。
ゆい「で、どうだった?」
彼女が少し興奮気味に感想を求めてくる。
まさみ「どうって、懐かしい感じがしました。プレーヤーのせいかもしれませんけど」
ゆい「売れそう?」
まさみ「流行とは、かなりかけ離れているのでは?」
ゆい「そうだよね〜!」
彼女は脱力した様子で、自身のバックパックにもたれかかる。
二人分のカップ麺の容器をゴミ袋にまとめながら、先ほど聴いた音楽を思い返す。
歌詞には哲学的な部分があるものの、若者特有の青さが感じられる曲だった。
ゆい「その曲さ、私が作ったんだよね」
まさみ「え、作曲家だったんですか?」
ゆい「あ〜、うん。でもまぁ、趣味っていうか、趣味を仕事にできなかったっていうか。簡単に言うと、売れなかったというか・・・」
まさみ「なるほど・・・」
なにが“なるほど”なのかは分からなかったが、気まずさのあまりそう返事してしまった。
ゆい「学生のうちに売れるか、そうでなくても音楽関係の仕事には就きたいと思ってたんだけど、どっちもダメで。それ以外にやりたいこと思いつかなかったから自分探しの旅に出ることにしたんだよね。準備に時間かかって夏になっちゃったけど」
まさみ「大胆すぎませんか、それ。学生のうちってことは、音楽の学校にでも行ってたんですか?」
ゆい「ううん、普通の大学。音楽に関しては全部独学。本とかネットとかで勉強はしたけどね。曲もドラムは打ち込みだけど、それ以外は私の演奏で、一応ミックス・・・曲の仕上げとかも全部自分」
まさみ「独学であれほどの楽曲はかなりすごいのでは?」
ゆい「ん〜、どうだろう。ネットを見ればアマチュアでも私よりすごい技術を持ってる人がゴロゴロいるから、多分そんなにすごくないよ」
まさみ「そうですか・・・」
音楽のことはあまりわからないが、一人であれだけの曲を完成させて、別にすごくはないというのだから音楽の世界は相当に厳しいのだろうと、なんとなくそう思った。
ゆい「私のリュックの中にまだ何個かテープあるから、よかったら聴いてね!」
そう言って彼女は先ほどのテープが入ったままのプレーヤーを差し出す。
まさみ「はい、ありがとうございます。結構好きなタイプの音楽だったので嬉しいです」
ゆい「本当?うれしい」
先ほどは少し寂しそうに見えたが、彼女はすでに何事もなかったかのように笑っている。
まさみ「では、歯を磨いて寝ましょうか」
ゆい「え、もう?お風呂は?」
まさみ「このキャンプ場にお風呂はありませんよ?近くに銭湯もありませんし」
ゆい「うら若き乙女が、一日外で活動した挙句、お風呂スキップは流石にまずくない?」
まさみ「ボディシートならありますよ?」
ゆい「ボディシートで大丈夫かなぁ・・・」
まさみ「大丈夫です。うら若き乙女からは、お花の匂いしかしませんから」
ゆい「まーちゃんって、しっかりしてそうに見えて実は、私より“アレ”だよね・・・」
まさみ「?』
ゆい「いや、なんでもない。せめてスキンケアだけはしておこう?」
まさみ「はい、じゃあ炊事場へ急ぎましょう」
諸々の寝る準備を済ませた後、寝袋を広げる。
まさみ「暑かったり、寒かったりしませんか?」
ゆい「うん、大丈夫。寝心地も悪くないよ」
まさみ「それは何よりです。では、電気を消しますね。おやすみなさい」
ゆい「うん、おやすみ」
彼女が目を瞑ったのを見届け、ランタンの電源を落とす。
ゆい「ねえ、北に着いたら・・・」
まさみ「なんですか?」
ゆい「ううん、なんでもない。おやすみのチューでもしとく?」
まさみ「では、おやすみなさい」
ゆい「うん、おやすみ」
誰かと寝るのは久しぶりだったが、すぐに隣から寝息が聞こえてきたのでいつもとほとんど変わりなく眠りについた。
・・・・・・
・・・
・・・
・・・アラームの音で目を覚ます。
まさみ「・・・?」
隣に真剣な顔をして何かの機械をいじっている女性が座っている。
ゆっくりと体を起こすのに合わせて、起き抜けの頭が次第に昨日のことを思い出していく。
ゆい「あ、おはよう」
彼女は耳に挿していたイヤホンを抜き、いじっていた機械を片付ける。
まさみ「おはようございます」
寝ぼけ眼をこすりながら挨拶を返し、頭が起きるのを待ってから炊事場へ向かう。
一通りの朝の支度を終えテントに戻る頃には、辺りは少し明るくなりかけていた。
まさみ「早いですが、出ましょうか。朝ごはんはタイミングを見て、どこかで済ませましょう」
ゆい「日の出と共に出発だね」
サイドカーに彼女と荷物を押し込み、キックスタートでエンジンをかける。
バイクの振動に合わせて、隣から呑気な鼻歌が聞こえていた。
・・・・・・
・・・
・・・
国道途中の定食屋で朝食兼昼食を済ませ、目的地付近に来た頃にはもうすっかり日は傾いていた。
ゆい「右見ても左見ても、海。ついに端まで来たって感じだね。サンセットコーストにバイク、最高!」
まさみ「ええ、協会本部も見えてきましたよ」
陸地北端の一角に建てられた白い建物、バイク協会本部がひとまずの目的地であり、マザーロード始まりの地である。
ゆい「先に岬の方まで行ってみない?」
まさみ「ええ、ちょうどいい時間帯ですし、少しだけ見ていきましょう」
最北端のモニュメントの隣にバイクを停め、先端へと歩いていく。
遠浅の海が夕暮れ色に染まり、どこまでも広がっている。
隣に立つ彼女は、何も言わずずっと先の方を見つめていた。
しばらくして彼女が口を開く。
ゆい「満足した!じゃあ、行こっか」
まさみ「はい」
再びバイクのエンジンをかけ、協会本部の駐車場に停める。
協会のドアを開けると、大柄の男性が出迎えてくれた。バイク協会の会長である。
会長「やあ、まさみくん。久しぶり」
まさみ「会長さん、お久しぶりです」
会長「そちらの娘さんは?」
まさみ「彼女は“ゆい”さんです。旅の道連れです」
面倒な説明は省き、バイク乗り御用達の便利な言葉を用いて伝える。
ゆい「よ、よろしくお願いします!」
彼女は会長のオーラに気圧されて緊張しているようだった。
会長「ああ、よく来たね」
会長は彼女に優しく微笑みかける。その笑顔を見て、彼女はいくらか安心したようだった。
会長「ところで、まさみくん。彼女から話は聞いているね?」
まさみ「はい、全て伺っております」
会長「そうかい。では、ガイドブックと一つ目の部品を渡しておこう」
まさみ「ありがとうございます」
会長は用意してあったらしい“マザーロードのガイドブック”と“小さめの箱”を手渡してくる。
まさみ「この箱が例のバイク部品ですか?思ったより小さいですね」
会長「ああ、実を言うと、集めてもらうバイク部品は全てこのぐらいの大きさのものなんだよ。リアボックスにでも入れておくのがいいだろう。今、バイクはどこに?」
まさみ「玄関前の駐車場に置いてます」
会長「では、出発までガレージに入れておくといい。ガレージに何か必要なものがあったら自由に持っていっていいからね」
まさみ「本当ですか?ありがとうございます」
早速、バイクを動かしに玄関へ向かおうとすると、会長から声をかけられる。
会長「ああ、まさみくん、出発はどうする?」
まさみ「日の出と共に出ようかと」
会長「そうかい。だったら、寝る時は奥の部屋を使うといい。君も同じかい?」
会長は彼女に問いかける。
ゆい「あ、はい。多分そうです」
会長「では君も、今日は協会に泊まっていくといい」
ゆい「あ、ありがとうございます!」
会長「私はもうしばらくしたら家に帰るから。協会の鍵はいつもの玄関前の植木鉢の下に、わかるね?」
まさみ「大丈夫です」
会長「じゃあ、気をつけて。それと、楽しんで」
まさみ「はい!」
会長に返事を返し、バイクをガレージへと移動しに向かう。
ゆい「じゃあ、私は荷物を整理してるから」
まさみ「わかりました。では後ほど」
・・・・・・
・・・
・・・
会長「ゆいくん、で大丈夫かい?」
荷物を整理していると、突然声をかけられ心臓が飛び跳ねる。
ゆい「は、はい!」
会長「君も、まさみくんについて行くのかね?」
穏やかな口調で会長が問いかけてくる。
ゆい「あ、いえ、その、ここまでの約束だったので」
ヒッチハイクのボードを見せながら答える。
会長「そうかい・・・」
ふと、会長の目が私の持っている機械に向けられる。
会長「ひょっとしてそれは・・・、YAM◯HAのシーケンサーかい?」
ゆい「ご存知なんですか?」
会長「ああ、かなり前のものだろう。どれ、少し触らせてくれないだろうか?」
ゆい「はい、どうぞ」
シーケンサーを手渡すと、会長は慣れた手つきでそれを操作した。
会長「どうもありがとう。懐かしいね、昔を思い出したよ」
そう言って会長から返されたシーケンサーの画面には、私のまだ書きかけの楽曲が表示されている。
会長「君もまだ旅の途中。何度も書き直すといい。母なる旅路の中で、君が何かを見つけられることを祈っているよ」
ゆい「は、はい!ありがとうございます」
私が返事をすると、会長は満足そうな微笑みを返し協会を後にした。
・・・・・・
・・・
・・・
・・・アラームの音で目を覚ます。
ゆっくりと体を起こし、頭が起きてくるのを待つ。
しばらくして辺りを見渡すと、昨日隣で眠りについたはずの彼女の姿が見当たらない。
布団は綺麗に畳まれていて、彼女の荷物も見当たらない。
フロントの方に向かってみるが、やはり彼女の姿はなかった。
とりあえず協会の洗面所に向かい朝の支度を済ます。
ヒッチハイクは“北の端まで”だったので、もう彼女は彼女で旅に出てしまったのだろうか。
それならせめて、お別れの言葉ぐらいは言いたかった。
そんなことを考えながら、自身も出発の用意を済ます。
協会の玄関に鍵がかかっていることを確認し、鍵を植木鉢の下に隠す。
キックスタートに手間取るが、なんとかエンジンをかけ、明るくなりかけの空にヘッドライトを灯す。
軽くなったサイドカーをよそに、バイクが動き出す。
ブロロロロロ……
どこまでも続いていきそうな道と空に、単気筒の乾いたサウンドが消えていく
?「・・・・・・おーい!」
遠くの方で誰かが手を振っている。
?「・・・おーい!」
声の主の元まで行き、バイクを停める。
彼女は両手に持ったボードをこれみよがしに私の顔へと押し付けてくる。
まさみ「・・・それじゃ見えませんから」
“北”の文字がバツ印で消され、大きく”南”と書き直されている。
ーーーーーーーーー
〜ヒッチハイク〜
南の端まで
ーーーーーーーーー
まさみ「サイドカーの足元に予備のヘルメットありますから・・・」
言い終わる前に彼女は予備のヘルメットを装着し、サイドカーに乗り込んでいる。
ゆい「しゅっぱーつ!」
まさみ「・・・」
何も言わず、キックペダルを踏み込む。
エンジンのかかる音が底の抜けた空へと消えていく。
このままどこまでも行けそうだった。
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