「刹那」は何秒か?
〈せつな【刹那】〔「ちょっとの間」の意の梵語の音訳〕きわめて短い時間。↔
小説を書いていると「瞬間」「一瞬」「瞬時」だけではバリエーションがすぐに枯渇し、「刹那」という言葉に頼ってしまうことがよくあります。
字面と音の響きが良いので、なんとなく格好いい気がして使ってしまうんですよね。気づくと「刹那」だらけになっていて、どんだけ時間がないんかと。
「刹那」という言葉を国語辞典(『新明解』三省堂)で調べると、上記の意味が記載されています。
では、古語辞典(『新明解』三省堂)ではどうでしょう。
〈せつな【刹那】《梵語の音訳》仏語。極めて短い時間。瞬間。↔「劫」。〉
ほぼ一緒ですね。仏教用語なのはわかりました。こちらは『徒然草』(吉田兼好)の例文も載っています。
ついでに『広辞苑』(岩波書店)も、とページをめくってみました。
〈せつな【刹那】〔仏〕(梵語)極めて短い時間。一弾指の間に六五刹那あるという。↔劫。〉
…………………………?
一弾指? 六五刹那? なんですか、それは? わからなかったらすぐ調べます。
〈いち-だんし【一弾指】(イッタンジとも)〔仏〕一度指をはじくだけの、きわめて短い時間。〉(『広辞苑』岩波書店)
「六五刹那」は「刹那」が65個あるということらしい。
一説によれば、24時間は648万刹那だそうです(『阿毘達磨大毘婆沙論』玄奘訳)。換算すると1秒あたり75刹那。つまり1刹那は75分の1秒。指をはじく時間が65刹那ということは、1秒よりも短い計算になります。
こうやって考えると、「1刹那」がいかに短い時間なのかが理解できますね。
ではでは、「一瞬」は? まず『新明解 国語辞典』から。
〈いっ しゅん【一瞬】〔「瞬」は、またたき の意〕まばたきを一回するかしないかの短い時間。〉
ここでふと疑問が湧きました。
「まばたき」と「指を弾く」を同時にやってみたらどうだろうか、と。
試してみました。
あっという間でわかりませんでした。
うーん、同じくらいの時間な気もするし、「まばたき」のほうが若干短い気もするし。でも、「まばたき」が75分の1秒ほど短いとも思えない……。
てことは、一瞬>刹那、でいいのかな?
『広辞苑』も見てみますか。
〈いっ-しゅん【一瞬】一回またたくこと。転じて、きわめてわずかな間。刹那。〉
…………………………?
一瞬=刹那、ですと? あの天下の『広辞苑』が? 高橋留美子先生をして「無人島に一つだけ持っていくなら『広辞苑』」と言わしめたあの『広辞苑』が?
…………………………?
ええと、根本的な部分から見直してみましょうか。
「刹那」を「刹」と「那」に分け、それぞれの意味を漢和辞典(昭文社)で調べますね。
〈〖刹〗セツ・サツ・セチ ①〘仏〙梵語のセツの音を表すのに用いる字。②てら。寺院。③仏骨を収める塔。〉
寺を「
「那」は仏教で「ナ」の音訳字として用いられ、「刹」にくっつけて使う場合は特に意味はないみたい。
これらのことから、「刹那」というのは仏教概念上の時間であることが考えられます。
「一瞬」「瞬間」が時間軸から得られる体感とするならば、「刹那」は思想的な概念から生み出される感覚、とでもいいましょうか。
感覚で判断しちゃっていいのか。
なら、これから自分は、一瞬>刹那、にしよっと。
今まで、なんとなく、で使っていた言葉でも、こうして深く突き詰めると明確な使い分けができるようになります。自分なりの判断基準を持っていれば、執筆時に迷いが少なくなるのではないでしょうか。
【余談】
この話とはちょっと違うかもしれませんが、意味もほとんど同じで読みも同じなのに複数の漢字が使われる言葉ってありますよね。
以前、「褒める」と「誉める」のどちらを使うかで迷ったことがありました。迷ったらすぐに検索です。
「褒める」は「同格の相手~目下」に対して使い、「誉める」は「目上の人」に対して使用する、とありました。おお、これは使い分けがしやすい。
もうひとつ、「寂しい」と「淋しい」。「寂しい」は“物音がしない静かな状態”など物理的な“孤立感”、「淋しい」は心情から湧く内面的な“孤独感”を表すとのこと。
ほかにも「側」と「傍」、「呆然」と「茫然」、「甦る」と「蘇る」などなど。違いを調べてみると眼からウロコが落ちます。
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