第5話 救出作戦


その日の夕方


人気のない共有スペースで、私たちは静かに準備を進めていた。

持ち出すのは最小限の荷物と、即席の武器だけ。

包丁、鉄棒、タオル、簡単な食料と水。ミユキさんが作った小さな手書きの地図。


「……行ける?」


レイナ姉が小声で確認する。


「うん、バレなきゃね……」


私が頷いたその時――


「……何やってんの?南條」


背後から、低く落ち着いた声が響いた。


全員が一斉に振り返る。そこには、パーカー姿のユウジが、壁にもたれかかるように立っていた。


「ゆ……ユウジ!?」


私は思わず声を上げそうになるのを、ギリギリで抑える。


そこにいたのは、私の同じ大学で理工学部3年の一条 優士(いちじょう ゆうじ)だった。


彼と初めて出会ったのは、ここに避難してきた時、トイレットペーパーがないから泣きそうな顔してたから、紙をあげたら、たまに話すようになった関係だ。


「ごめん、足音、聞こえてて……トイレ行こうと思ったら、こっちの気配に気づいてさ」


ユウジはゆっくり近づいてきて、床に置かれた荷物を見つめる。


「……なあ、どこに行くつもり?」


問いかけは静かだったけど、明らかに疑念と怒りが混ざってた。


ミユキさんが口ごもりながら答える。


「……弟が……一人で隠れてるの。助けに行こうって……」


「マジかよ……今から三人で? 誰にも言わずに?」


ユウジの声が低くなる。


私は前に出て、彼の目を見て言う。


「ユウジ。お願いだから、黙ってて」


「……黙っててって、お前ら、死ぬかもしれないんだぞ。ゾンビに囲まれてんの、分かってんの?」


「分かってる。でも、それでも行かなきゃならないの。タカシくん、まだ子どもだよ。一人で……怖い思いして、誰も助けてくれないまま、あそこで……」


私は思わず目頭が熱くなるのをこらえながら言った。


ユウジはしばらく黙っていた。


レイナ姉も静かに加える。


「正直、無謀なのは分かってる。でも、私たちには何もできないって、言い聞かせて寝るなんて……無理だった」


沈黙。


ユウジは、頭をボリボリかきながら一言。


「…あー…分かったよ。…俺も行くから南條のお姉さんは残ってここの人達を誤魔化せば?」


「えっ!?」


3人全員が同時に声を漏らした。


「お前らだけじゃ無理だろ。俺んちにはバイクもあるし、無いよりマシだろ」


「ユウジ……でも、危ないよ?」


「分かってる。……でも、助けに行こうとしてる人を止めるのって、なんか……違う気がしたしな」


ちょっと照れたように後頭部をかいた彼に、ミユキさんの目に涙が浮かぶ。


「……ありがとう、ユウジくん……」


「ま、確かに、レイナ姉なら誤魔化すの上手いし」


「ちょっと、カレン?どー言う意味?」


私の言葉に、姉が釈然としないようだ。


「いやいや、レイナ姉は機転きくじゃん。(嘘つくの上手いし)」


「あ?なんか言った?」


「ま、でも見つかるとヤバいから、頼みますよ。レイナさん」


「ん、分かった。任せて。でも気をつけなよ。絶対帰って来てよ?」


私達は、頼れる姉の言葉に、私たちは無言で頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る