第13話 占いもあり。

「パンツがないーーーっ!!」


 体育の授業から教室に戻ってすぐだった。

 鬼吻おにきすは自分の机の横にかけたカバンを開けて絶叫した。


 城戸は鬼吻の近くに寄って声をかけた。


「だから言ったじゃないか」


「うわあァー、城戸ォーーっ!」


 振り向いた鬼吻の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 愛嬌のある顔なので、気の毒と思うより先におもしろいと思ってしまう。


「おまえのパンツ、盗られちまったァーっ」


「ばか、おれのじゃない。おまえのだ」


「おまえにやるはずだったからァ、おまえのモンだァ、ぐずっ、ずびびっ」


 城戸はあきれながらポケットからティッシュを取り出した。


「ほら、ふっ、ティッシュやる。顔ふけ」 


「くそがァ、……ずびぃーーーん!」


 鼻を噛んだのに合わせて、ピンクとインディゴのツインテールがピーンと跳ねた。


「はあァアー、あー、ずっぎりじだァ」


 まだ鼻から鼻水が伸びていた。


「おい、城戸ォ、おめえ、パンツ盗んだやつ、見つけてくれんだろうなァ?」


「なに言ってる、取れるものなら取ってみろって言ったの、おまえだろ」


「たしかに言ったァ! でも誰が盗ったかわからないのはイヤだァ!」


 言ってることがめちゃくちゃだ。


「パンツはくれてやるからヨ、誰がどうやって盗ったのか、そこはハッキリしときたいんだァ!!」


「べつにいいじゃないか、わかなくても。きっと大切にしてくれるぞ、おまえのパンツ」


「城戸のパンツだって言ってんだろォ!? それにいいのかァ? アタシの結界が出し抜かれたんだぞォ!? ほかのやつらだって何か盗られてるかもしんねェぞ!?」


 一瞬、教室内がシーンとなった。

 そして、みなあわてて自分の持ち物の確認をしだした。


 城戸も自分の物を確認しながら、たしかにこれは放置したらまずい気がしてきた。

 鬼吻のパンツが盗まれたのは自業自得みたいなものだが、どうやって盗まれたのかわからないと、この先この一年A組で盗みをしほうだいになってしまう。


 鬼吻の【ルール付き結界】は、ルールを何度も変更できる。

 どうやって盗まれたがわかれば、より隙のない形に改良することが可能だ。

 ひいてはこのクラスの安全にもつながる。


 しかし、いったいどうやって見つける……?


 城戸は教室をぐるりと見回して、大声で質問した。


「誰がパンツをゲットしましたか? 悪いようにはいたしませんので教えてください!」


 しかし、誰も名乗り出なかった。


 当たり前か……。

 それに犯人はクラスメイトとは限らない。

 聞いたのは時間の無駄だった。


「城戸くん、監視カメラの映像、見てみる?」


 本読が文庫サイズの本とタブレットを手に持ってやってきた。


「ああ、もちろん」


 本読が手にする文庫本から、煙のような青い光が舞った。

 タブレットに映像が映し出される。


「パンツを盗られたのは……おい、鬼吻、体育の授業の前まではあったんだな?」


「ああァ、あったヨ」


「それじゃあ、やっぱり5限の体育の間か」


 本読とふたりで、タブレットに出された映像を食い入るように見た。

 普通の映像に加えて、超常の力を映すエネルギー映像も併せて見る。

 教室の中と、廊下、そして窓側を映した外壁の監視カメラすべてを見た。


「…………ないな、なにも」


「そうみたいね」


 教室内と廊下、窓側の監視カメラとエネルギー映像、すべてに異常は見られなかった。

 さらに5限の間は、一年A組の教室に入ろうとした人間はおろか、そばの廊下を歩いた人間すらいない。


 城戸は鬼吻に聞いた。


「念のために聞くけど、アラームは鳴らなかったんだな?」


「鳴らなかったァ〜、『動き』も『重さ』も検知されなかったんだヨォ」


 城戸と本読は顔を見合って、同時に肩をすくめた。


 これ、本当にどうやって盗ったんだ?

 ひとりじゃ絶対無理だ。

 たぶん何人かで協力してやっている。


「城戸くん、どうするの? 手がかり、ないんじゃない?」


「ああ、正直、困った。この学園の生徒はほぼ全員異能持ちだ。ある意味、全員容疑者になり得る。……仕方ない、を頼ろう」


 本読が首をかしげた。


「あのひと?」


「探索班の『占い師』だ」



 捜査委員には、城戸たちのように実際に足を運び手を動かす刑事班のほかに、鑑識のような仕事をする探索班がある。

 探索系、感知系、情報操作系に特化したチームだ。


 そのなかでも特殊なのが『占い師』である。


 まったく手がかりのない状況、手詰まりになった状況から、少しでも捜査が進展するように一筋の光明を見出す……そんな役職だ。


 占い師と言ってもただの占いをするわけではない。

 異能による【透視】、【神託】、【夢見】、【遠隔視】、【予知】、【予言】などを行うのである。


 摩雲逃(まくも・にぐる)は正統派、水晶玉占いの異能使いだ。

 あえて正答率を下げることで、さまざまなジャンルの出来事を占えるようになっている(異能はバランスが大事、強力すぎると身を滅ぼしてしまう)。

 かつて捜査委員には十人近くの占い師が所属していたが、いろいろあって辞めてしまい、今残っているのは彼だけだった。


 摩雲まくもはドッジボール大の水晶玉を手をかざして占いを終えた。

 首をがくんと後ろに倒して「あ〜つかれた」とうめく。


「ありがとう、摩雲」


 城戸の礼を聞いて、摩雲は返事の代わりに片手をひらひらさせた。

 かなり消耗するらしく、一日に三回が限度らしい。


「じゃあ、また機会があれば頼む」


 城戸のスマホには10人の生徒の名前が記されていた。

 占いによって判明した、パンツ窃盗集団の可能性があるメンツだった。


 ……これで的中率が高かったら、もっと良かったんだけどな。


 摩雲の水晶玉占いは、的中率はおよそ30から50パーセントである。


 本読が自分のスマホを見て、パチリと瞬きした。


「城戸くん、知り合いを通して頼んでみたけど、返事が来たわ。オッケーだって」


 昔、捜査委員の探索班に所属していた生徒にダメ元で頼んでみたが、色よい返事が来たようだ。


 さらに鬼吻からも連絡が入った。

 透視系の異能を持つ生徒に頼んで、犯人を探してもらったらしい。

 もっとも手がかり皆無の状況なので、特定までは至らなかったとのこと。


 城戸は三人の能力者から提供された情報を見て、容疑者をしぼった。


 三人が容疑者とした生徒たちのなかで、三人とも被っているのは5人。

 二人だけ被っているのは3人。

 必ずしもこの8人が全員犯人とは限らないが、このなかにパンツ窃盗集団のメンバーがいる可能性は高い。


「本読、この8人の生徒の情報を教えてほしい。あと、今日の5限のアリバイ……アリバイと言っていいのかな、その時間にどこにいて何をしていたのかを」


「オッケ」


 本読が取り出した文庫本サイズの本から、再びふわりと青い光が湧き出た。

 淡い光に当てられて、本読の横顔がうっすら青く染まる。


「ねえ、城戸くん」


 本読が思案顔で聞いてきた。


「仮に、城戸くんだったらどうやって盗む?」


「うーん……」


 鬼吻の【ルール付き結界】の現時点でのルールは次のようになっている。

①結界に出入りするときは、合い言葉がいる。

②結界の中で何か動いたら、アラームが鳴る。

③結界の中の総質量が変動したら、アラームが鳴る。


 これを突破して盗むのは至難の業だ。

 さらに教室内外の監視カメラおよびエネルギー映像に何も映ってはいけない。

 

 まずパッと思いつくのは……、


「【時を止める能力】だな。これがあればできるかもしれない」


 もちろんそれだけでは盗めない。

 ルールの③をクリアできない。

 物が盗まれたら、教室内の質量が変わる。

 総質量が変わったらアラームが鳴るという、一見不思議なルールは盗み対策として機能するのだ。


「パンツを盗んでもそのぶん質量が減るから、止まった時を動かしたときにアラームが鳴る」


「パンツと同じ重さのものを持って入って、代わりに置いていった……とか、どうかしら」


「アラームが鳴らなかったのは、まさにその手を使ったからだと思う。でもパンツの具体的な重さをどうやって知ったんだろう? 硬貨を盗まれても気づくように結界は1グラム単位で検知してるんだぞ。【時止め】だけじゃ無理だ。それに今のところ〝代わりのもの〟は見つかっていない。ついでにわかってる限り、ほかには誰も何も盗られてない」


 城戸はうつむいて目を閉じた。


 どうすれば、どうやったら、結界にも監視カメラにも気づかれずに中のものを盗める?


「……監視カメラと結界を一度切り離す。それで……結界のルールの穴をつく、厳密なルールさえわかっていれば、攻略は可能だ……あとは地道な方法で……」


 最後に思わず口を押さえた。

 自分で考えて笑ってしまいそうになった。

 だが、これならイケるか……?


「思いついた?」


 本読がタブレットを差し出してきた。


「ああ。おれの考えた方法だと、最低4人は必要だ」


「その方法ができそうなひとが、この8人のなかにいたら? どうするの?」


 本読の言いたいことはわかる。

 そんな想像だけで捕まえていいわけはない。だいたいが、透視占い系の異能でピックアップした容疑者なのだ(容疑者というのもよくないかもしれない)。


「……そうだな、ちょっと考えがある。複数人でやったとしたなら崩せるかもしれない。そのときはまた本読の力を借りることになる。よろしく頼む」


「いいのよ、遠慮なく頼ってちょうだい」


 本読は文庫本をほっぺに寄せて、軽くウインクした。

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