40話 雪解けの温度
吹雪がようやく止み、外の空は少しずつ青みを取り戻していた。
「さてと、そろそろ片付けて下山するか。……二人は先にホテルに戻りなよ」
そう言って、懐から転移結晶をひょいと取り出し、御堂へ放る。
「……は?」
御堂は反射的にそれを受け取り、手のひらで光を確かめる。
淡い蒼光が、静かに脈動していた。
「……最初から出せよ」
呆れ声を漏らす御堂。
海はおどけるように片手を挙げ、軽やかに笑った。
「君とは一度、ゆっくり話してみたかったんだ」
軽口を残しながら、まるで何事もなかったかのように火の始末を始める海。
その気まぐれな態度に、御堂はわずかに眉を寄せ、小さく舌打ちを零した。
――結局、全部こいつの手のひらか。
釈然としないまま、柚月の肩を静かに抱き寄せ、転移結晶を起動させる。
柔らかな光が二人を包み――雪景色は、音もなくかき消えた。
◇
薄い光がカーテン越しに差し込む。
目を覚ました柚月は、ベッドの上にいた。
(……戻ってきた?……ん……?)
寝返りを打とうとした瞬間、隣から微かな寝息が聞こえた。
視線を向けると――そこには御堂がいる。
(え、なんで……駿が私の部屋に!?)
驚いて体を起こそうとすると、御堂のまぶたがゆっくりと開く。
まだ寝ぼけ眼のまま、彼は穏やかに微笑んだ。
「……どう? 体の調子は」
「え、あ……うん。大分よくなったよ……」
「それならよかった。今日の訓練は休んでゆっくりしてていいって」
御堂の優しい声音に、結月はぎこちなく笑う。
山小屋でのことを思い出すたび、胸の奥がずしりと重くなっていた。
「……昨日のこと、気にしてる?」
御堂は静かにその頭へ手を置き、やわらかく撫でながら結月の顔をのぞき込む。
彼女は少しだけためらい、小さく頷いた。
自分に非がないとは言えない――そんな迷いが表情に滲んでいる。
御堂は短く息を吐き、低く呟いた。
「昨日も言ったけどさ。柚月が具合悪いのに気づけなかった俺も悪い。
それに……あいつが強引に出ることくらい、最初から分かってたはずなのに」
結月を責めるでもなく、むしろ自分への苛立ちが声に滲んでいた。
「でも……」
結月が口を開きかけた瞬間、御堂はそっと顔を寄せ――
迷いのない動作で、唇を重ねた。
「……んっ」
驚く柚月の声が微かに漏れる。
唇が触れるたび、御堂の指先が彼女の頬を撫で、
優しさと熱がゆっくり混ざり合っていく。
「……けど、なにより、
あいつのことで柚月の頭が乱されてるのが、一番気に食わない」
その囁きは、低く、熱を帯びていた。
目を合わせた瞬間、結月の心臓が跳ねる。
「柚月は――俺のことだけ、考えてればいい」
言葉が落ちた瞬間、御堂は再び唇を重ねた。
最初は触れるだけのキス。けれど、彼女の肩を包む腕の力がわずかに強くなり、
そのまま逃がさないように――ゆっくりと、深く、溶け合うように。
舌がかすかに触れ合い、結月の呼吸が揺れる。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
これまで、周囲を牽制し、彼女を守ることでしか想いを表せなかった。
自由を奪うようなことだけは、絶対にしてはいけないと自制してきた。
――だが、その理性の糸が、音を立ててほどけていく。
彼が初めて、奪うように彼女を抱き寄せた。
窓の外では、雪解けの光が静かに差し込んでいる。
その冷たさとは裏腹に――
二人の熱だけが、いつまでも醒めることはなかった。
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