40話 雪解けの温度

吹雪がようやく止み、外の空は少しずつ青みを取り戻していた。

かいは空を一瞥し、ふっと息を吐く。



「さてと、そろそろ片付けて下山するか。……二人は先にホテルに戻りなよ」



そう言って、懐から転移結晶をひょいと取り出し、御堂へ放る。



「……は?」



御堂は反射的にそれを受け取り、手のひらで光を確かめる。

淡い蒼光が、静かに脈動していた。



「……最初から出せよ」



呆れ声を漏らす御堂。

海はおどけるように片手を挙げ、軽やかに笑った。



「君とは一度、ゆっくり話してみたかったんだ」



軽口を残しながら、まるで何事もなかったかのように火の始末を始める海。

その気まぐれな態度に、御堂はわずかに眉を寄せ、小さく舌打ちを零した。


――結局、全部こいつの手のひらか。


釈然としないまま、柚月の肩を静かに抱き寄せ、転移結晶を起動させる。


柔らかな光が二人を包み――雪景色は、音もなくかき消えた。





薄い光がカーテン越しに差し込む。

目を覚ました柚月は、ベッドの上にいた。



(……戻ってきた?……ん……?)



寝返りを打とうとした瞬間、隣から微かな寝息が聞こえた。

視線を向けると――そこには御堂がいる。



(え、なんで……駿が私の部屋に!?)



驚いて体を起こそうとすると、御堂のまぶたがゆっくりと開く。

まだ寝ぼけ眼のまま、彼は穏やかに微笑んだ。



「……どう? 体の調子は」


「え、あ……うん。大分よくなったよ……」


「それならよかった。今日の訓練は休んでゆっくりしてていいって」



御堂の優しい声音に、結月はぎこちなく笑う。

山小屋でのことを思い出すたび、胸の奥がずしりと重くなっていた。



「……昨日のこと、気にしてる?」



御堂は静かにその頭へ手を置き、やわらかく撫でながら結月の顔をのぞき込む。

彼女は少しだけためらい、小さく頷いた。

自分に非がないとは言えない――そんな迷いが表情に滲んでいる。


御堂は短く息を吐き、低く呟いた。



「昨日も言ったけどさ。柚月が具合悪いのに気づけなかった俺も悪い。

 それに……あいつが強引に出ることくらい、最初から分かってたはずなのに」



結月を責めるでもなく、むしろ自分への苛立ちが声に滲んでいた。



「でも……」



結月が口を開きかけた瞬間、御堂はそっと顔を寄せ――

迷いのない動作で、唇を重ねた。



「……んっ」



驚く柚月の声が微かに漏れる。

唇が触れるたび、御堂の指先が彼女の頬を撫で、

優しさと熱がゆっくり混ざり合っていく。



「……けど、なにより、

 あいつのことで柚月の頭が乱されてるのが、一番気に食わない」



その囁きは、低く、熱を帯びていた。

目を合わせた瞬間、結月の心臓が跳ねる。



「柚月は――俺のことだけ、考えてればいい」



言葉が落ちた瞬間、御堂は再び唇を重ねた。

最初は触れるだけのキス。けれど、彼女の肩を包む腕の力がわずかに強くなり、

そのまま逃がさないように――ゆっくりと、深く、溶け合うように。


舌がかすかに触れ合い、結月の呼吸が揺れる。

胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


これまで、周囲を牽制し、彼女を守ることでしか想いを表せなかった。

自由を奪うようなことだけは、絶対にしてはいけないと自制してきた。

――だが、その理性の糸が、音を立ててほどけていく。


彼が初めて、彼女を抱き寄せた。


窓の外では、雪解けの光が静かに差し込んでいる。

その冷たさとは裏腹に――

二人の熱だけが、いつまでも醒めることはなかった。

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