36話 ゲレンデの駆け引き

「わぁ、見て見て駿っ! キレー!」



リフトの上から一面に広がる銀世界。

真新しい雪が太陽の光を反射してきらめき、柚月は思わず声を弾ませた。



「柚月、あまり身を乗り出すと落ちるよ」



御堂は彼女の肩をそっと抱いて引き寄せる。

吐く息が白く揺れるほどの冷気の中、温かな腕の感触に柚月は頬を染めた。



「もう、そんな子供扱いしないでよ」



むぅっと膨れる頬。

だが、自然体で無邪気な彼女を見ていると、御堂の中の苛立ちは不思議と薄れていく。



「てかさ、私スキーって初めてなんだよね……」



眉を下げ、不安げにゲレンデを見下ろす柚月。

御堂はわずかに口端を緩め、肩をすくめる。



「俺も初めてだよ。……まぁ、滑ってみればなんとかなるさ」


「そっかぁ。じゃあ二人でのんびり練習しながら滑ろっ」



安心したようにほころぶ笑顔。

その表情が雪景色よりも眩しく見えて、御堂も柔らかに微笑んだ。





――それから数十分後。



「駿の嘘つき! 絶対初めてじゃないでしょ!!」



ゲレンデの途中で、柚月は全身雪まみれになりながらしりもちをついていた。

対して御堂は雪煙を巻き上げながら華麗にターンを決め、柚月のすぐ横に涼しい顔で止まる。



「いや、本当だよ。初めて滑った」



ゴーグルを外し、差し出す手。

――確かにでは初めてだった。

だが、元の世界で潜入任務に備え、VRであらゆるスポーツを習得済みの御堂に「できないこと」などほとんどない。



「柚月ならすぐ滑れると思ったんだけどな。……それとも、お姫様抱っこで下まで降ろしてあげようか?」



挑発めいた声に、御堂の瞳が意地悪く細まる。



「……ッ……! 絶対一人で滑れるようになるもん!」


「そう?」



御堂は彼女の手を引き上げ、抱き寄せる。

そしてくくっと喉を鳴らすように笑い、耳元で囁いた。



「残念だな」



ちゅ、と耳に唇が触れた瞬間――

冷えきった耳朶が一気に熱を帯び、柚月は顔を真っ赤にして飛びのく。



「駿ッ! 勝負だよ! 下まで先に降りた方が、相手の言うこと一つ聞く権!」



びしっと指を突きつけ、勢いよく滑り出す。

その瞳はさっきまでの不安げなものではなく、獲物を狙うような集中に切り替わっていた。



「ほら、できるじゃないか」



本来の運動神経を存分に発揮し、雪を切り裂くように滑り降りていく柚月。

その背中を見ながら、御堂は楽しげに肩を揺らす。



「さて……あまり差がつくと追いつけなくなるな」



ゴーグルをかけ直し、口端を吊り上げると、雪煙を上げて滑降していった。





もちろん勝負は――御堂の勝ち。


二人はロッジで昼食をとりながら、先についていた美空と唯斗と合流していた。

薪ストーブの暖かさとスープの香りが、冷えた体をほぐしていく。



「くやしいー!!」



テーブルをバンバン叩く柚月に、唯斗が笑う。



「でも柚月だってすごく上達しただろ? 初めてにしては上出来だよ!」


「二人とも、初めてとは思えない滑りだったな」



美空が素っ気なく言うと、御堂が小さく肩をすくめた。



「ま、なんにせよ、勝負は俺の勝ちだから。約束は守ってもらうよ」


「うぅ……分かってるもん」



唇を尖らせた柚月の頭にぽんと手を置き、御堂は柔らかに笑う。

その表情に、悔しさも苛立ちも――ふっと溶けていくのだった。

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