36話 ゲレンデの駆け引き
「わぁ、見て見て駿っ! キレー!」
リフトの上から一面に広がる銀世界。
真新しい雪が太陽の光を反射してきらめき、柚月は思わず声を弾ませた。
「柚月、あまり身を乗り出すと落ちるよ」
御堂は彼女の肩をそっと抱いて引き寄せる。
吐く息が白く揺れるほどの冷気の中、温かな腕の感触に柚月は頬を染めた。
「もう、そんな子供扱いしないでよ」
むぅっと膨れる頬。
だが、自然体で無邪気な彼女を見ていると、御堂の中の苛立ちは不思議と薄れていく。
「てかさ、私スキーって初めてなんだよね……」
眉を下げ、不安げにゲレンデを見下ろす柚月。
御堂はわずかに口端を緩め、肩をすくめる。
「俺も初めてだよ。……まぁ、滑ってみればなんとかなるさ」
「そっかぁ。じゃあ二人でのんびり練習しながら滑ろっ」
安心したようにほころぶ笑顔。
その表情が雪景色よりも眩しく見えて、御堂も柔らかに微笑んだ。
◇
――それから数十分後。
「駿の嘘つき! 絶対初めてじゃないでしょ!!」
ゲレンデの途中で、柚月は全身雪まみれになりながらしりもちをついていた。
対して御堂は雪煙を巻き上げながら華麗にターンを決め、柚月のすぐ横に涼しい顔で止まる。
「いや、本当だよ。初めて滑った」
ゴーグルを外し、差し出す手。
――確かに現実では初めてだった。
だが、元の世界で潜入任務に備え、VRであらゆるスポーツを習得済みの御堂に「できないこと」などほとんどない。
「柚月ならすぐ滑れると思ったんだけどな。……それとも、お姫様抱っこで下まで降ろしてあげようか?」
挑発めいた声に、御堂の瞳が意地悪く細まる。
「……ッ……! 絶対一人で滑れるようになるもん!」
「そう?」
御堂は彼女の手を引き上げ、抱き寄せる。
そしてくくっと喉を鳴らすように笑い、耳元で囁いた。
「残念だな」
ちゅ、と耳に唇が触れた瞬間――
冷えきった耳朶が一気に熱を帯び、柚月は顔を真っ赤にして飛びのく。
「駿ッ! 勝負だよ! 下まで先に降りた方が、相手の言うこと一つ聞く権!」
びしっと指を突きつけ、勢いよく滑り出す。
その瞳はさっきまでの不安げなものではなく、獲物を狙うような集中に切り替わっていた。
「ほら、できるじゃないか」
本来の運動神経を存分に発揮し、雪を切り裂くように滑り降りていく柚月。
その背中を見ながら、御堂は楽しげに肩を揺らす。
「さて……あまり差がつくと追いつけなくなるな」
ゴーグルをかけ直し、口端を吊り上げると、雪煙を上げて滑降していった。
◇
もちろん勝負は――御堂の勝ち。
二人はロッジで昼食をとりながら、先についていた美空と唯斗と合流していた。
薪ストーブの暖かさとスープの香りが、冷えた体をほぐしていく。
「くやしいー!!」
テーブルをバンバン叩く柚月に、唯斗が笑う。
「でも柚月だってすごく上達しただろ? 初めてにしては上出来だよ!」
「二人とも、初めてとは思えない滑りだったな」
美空が素っ気なく言うと、御堂が小さく肩をすくめた。
「ま、なんにせよ、勝負は俺の勝ちだから。約束は守ってもらうよ」
「うぅ……分かってるもん」
唇を尖らせた柚月の頭にぽんと手を置き、御堂は柔らかに笑う。
その表情に、悔しさも苛立ちも――ふっと溶けていくのだった。
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