21話 暗雲は囁きのあとに

御堂がゆっくりと上体を起こすと、その気配に反応するように、隣の柚月が小さく瞬きをした。


「ん……駿? ……もう、大丈夫?」


寝起きのまだ掠れた声。御堂は柔らかく微笑み、彼女の額にそっと唇を落とす。


「ごめん、起こしちゃった? ……でも、もう平気。ありがとう、柚月」


くすぐったそうに肩をすくめながら、柚月は彼の頬に手を添える。

その体温から、もう熱の気配はすっかり消えていた。


「……よかった。ちゃんと下がったんだね」


安堵の笑みを浮かべた柚月が、ほっと息をつきながら身を起こす。

すると御堂は、自分の着ているTシャツの胸元をくいとつまんで見せ、首を傾げた。


「……これ、着替えさせてくれたの、柚月?」


「えっ、あっ……う、うん。夢中で……気づいたら、つい……!」


答えた瞬間、頬がみるみる熱くなる。

御堂は小さく息を漏らして笑い、唇の端を悪戯っぽく上げた。


「へぇ……柚月って、意外と大胆なんだ」


「……っもぉ~! しゅーんーっ!」


羞恥と混乱が一気に込み上げ、柚月は顔を真っ赤にして、ぽかぽかと彼の胸をこぶしで叩く。


「ごめんごめん。でも俺、柚月になら何されてもいいし――…なんなら、もう一回脱いでも構わないけど?」


「なっ……!?」


冗談半分の声音と同時に、御堂は彼女の手を引いた。

その勢いで柚月はバランスを崩し、すっぽりと彼の胸に抱き込まれる。


「ひゃっ……ちょ、駿っ!? あの、病み上がりなんだから!」


慌てて身を起こそうとするが、御堂の腕はしっかりと彼女を捕らえて離さない。

ぴたりと密着する距離に、柚月の鼓動が跳ね上がった。


「……じゃあ、病み上がりじゃなかったら――いいの?」


耳元に低く囁かれ、次いで唇が首筋をなぞる。

背筋がぞくりと震え、彼に引かれた手が自然と彼の胸元に触れた。

熱を帯びた体温と、規則正しく刻まれる鼓動が掌から伝わってくる。


「っ……あ……ぅぅ……!」


息が詰まりそうで、目を逸らせない。

体の芯まで熱くなるのを感じた、その瞬間――


「なんてね」


不意に体が離され、御堂はにこりと悪戯っぽく笑った。

その表情に、柚月は固まったまましばし無言で睨みつけ――


「――~~~っ! 駿のばかっ!」


クッションを掴み、渾身の力で彼の顔めがけて投げつけた。



しばらくして、ふたりの間にようやく静けさが戻る。


「……あ、おかゆ作ったんだけど、食べる?」


「うん、食べたい。……今日はせっかく二人で出かけてたのに、切り上げさせちゃって悪かったね」


「ううん。ソラちゃんがね、“行っておいで”って背中押してくれたの。……あ、そうだ、メールしなきゃ」


久しぶりにスマホを手に取り、画面を開く。

しかし、表示された文字に、柚月の指が止まった。


『速報:ショッピングモールで火災。ディスルドが関与か』


鮮やかな赤文字の速報が目に焼き付き、柚月の顔から血の気がすっと引いていった。

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