第6話 秋元刑事の意見
「少しいいですか?」
と一言いい、桜井警部補が頷いたところで、
「これはあくまでも、私の勝手な思い込みなんですが、その被害者は、本来であれば、そこにはいないはずだということを目撃者が思っていたのかも知れませんね」
と言い出した。
「どういうことだい?」
と桜井警部補がいうので、
「奥さんが不倫をしていて、その現場を確かめようとしていたのではないか? という考えですね」
「じゃあ、その人が自分で、奥さんを尾行していたと?」
「少なくとも、目撃者は、被害者のことを知っていればということで考えた時ですけどね」
というのだった。
そもそも、
「奥さんが不倫をしている」
という事実は今のところ出てきていない。
実際には、
「何も分かっていない」
と言ってもいい。
本来であれば、
「何も分かっていないのに、先入観を感じさせる意見は慎むべきなのだろうが、秋元刑事には、そうは思えなかった」
と言ってもいいだろう。
「何も分かっていない時だから、あらゆる可能性を鑑みて、考えられることを口にするのは自由ではないか?」
と考えるようになったのだ。
それが、
「ほら吹き」
と言われたゆえんでもあるが、今では、すっかり一目置かれているので、本来であれば、
「こんなバカな発想は」
ということで一蹴されて終わりというものであるが、この場の人間は、話を前のめりで聞いているのであった。
そもそも、秋元刑事も、自分の立場などはわきまえていて、
「このメンツだから、堂々と話ができるんだ」
と思っていた。
もっといえば、
「最初から、このことはいおうと思っていたことだ」
と言ってもいいだろう
そのことも、この場の人には分かっていて、
「ここまでお互いを分かっている捜査本部というのも、なかなかないだろうな」
と、桜井警部補は、面々を見渡しながら、そう感じたのであった。
「奥さんの不倫という考えも面白いね」
と桜井警部補は言った。
秋元刑事の考え方というのは、まず、最初に、
「奇抜な発想」
というものを思いつき、それから、
「矛盾点があれば、それを排除していき、真相に行きつく」
ということを考えている。
他の捜査員の発想も、実は大差のないことで、
「事件の捜査というものは、いろいろな情報を組み合わせ、一つの仮定を立てる」
というものはまずある。
これは、いわゆる、
「加算法」
というもので、仮説が出来上がってからは、
「その中から矛盾点を排除していき、スリムで、納得のいく説に作り上げることで、それが真相となる」
というのが、
「推理というものだ」
と考えている。
つまりは、
「推理というものは、減算法」
ということで、積み重ねてきた、
「状況証拠」
であったり、
「物的証拠」
から、理路整然とした納得がいくものを真実として見つけていくことになることなのではないだろうか?
それを警察の捜査員は、大なり小なり、理解していることだろう。
だから、
「捜査によって得た証拠」
というものを、捜査本部に持ち込み、
「そこから、矛盾のないような納得のいく真相を得る」
ということのために、会議を行うということになるのだ。
それを思えば、
「秋元刑事の発想も、奇抜ではあるが、少しでも考えられることであれば、推理に入る前の一つの考え方」
ということで、
「先入観さえ持たなければ、立派な推理に行きつく」
という意味で、重宝されるものだった。
確かに、今の状況で、
「奥さんの不倫」
というのは、ありえないことではないが、奇抜すぎるといえるだろう。
しかし、それでも、秋元刑事が口にするのだから、
「その信憑性はまったくない」
とはいえない。
もちろん、それは、
「口にしたのが、秋元刑事だ」
ということからであり、他の人であれば、
「一蹴されて終わり」
ということになるであろう。
「奥さんが浮気をしているのを、目撃者が疑っているということか?」
と桜井刑事が聞くと、
「ええ、そうだと思います。もちろん、被害者と目撃者には、それなりの関係があると考えての場合ですね」
「本当に奇抜なアイデアだな」
と桜井警部補は、半分皮肉めいた笑いを浮かべたが、決して、
「嘲笑しているわけではない」
ということは、この場の誰もが分かっていた。
「そういえば、被害者は、その場で実際にセックスをしていたという痕跡はありませんでしたね」
と鑑識の一色がいうと、
「そうでしょう」
と、勝ち誇ったように、秋元刑事は言った。
このあたりが、
「秋元刑事の憎めないところ」
ということであり、
「秋元刑事は、大げさなところがあるので、だからこそ、ほら吹きなる悪しきあだ名をつけられたりした」
ということであった。
実際に、秋元刑事のことを、若い頃から知っている樋口刑事は、
「俺には、あんなふうにはなれないな」
とは思っていたが、そんな樋口刑事に対して、秋元刑事も、
「俺も、あんな風に、刑事らしさのようなものがあればな」
と思っていた。
秋元刑事は、どちらかというと、
「皆と同じ意見は嫌だ」
と思っている方で、だから、
「奇抜な意見」
というものを口にするのだった。
「だったら、どうして、こんな雁字搦めのような警察に入ったりしたんだ」
ということであったが、一番考えられることとしては、
「性格的に、悪は許せないという、勧善懲悪なところがあるからではないか?」
ということであるが、
「決してそんなことはない」
ということであった。
そもそも、
「人と同じでは嫌だ」
と思っている人間が、
「勧善懲悪」
という理由で、警察に入ってくるというのも、
「どこか矛盾を感じさせる」
というものであった。
実際に、勧善懲悪などではなく、逆に、
「勧善懲悪って何なんだ?」
とすら思っているほどだった。
しかも、
「勧善懲悪などという言葉、どこか欺瞞を感じさせる」
と感じるほどで、それこそ、
「人と同じ意見では嫌だ」
という考えの秋元刑事らしく、
「面目躍如」
というのは、少しおかしな言い回しだろうか。
そんな中で、鑑識の時間となり、実際に分かったことが発表されたが、そこには、物珍しいものはなく、
「初動捜査と変わらない」
ということで、再度確認されただけということであった。
「詳しいことは結果待ち」
という、分かり切っていたことだったのだ。
しかし、その発表の中で、秋元刑事が、今度は少し気になったこととして、
「今回の事件で、私が気になったことを言ってもいいですか?」
と、また前置きを置いたので、桜井警部補は、また前のめりになり、
「どういうことですか?」
と聞いてみた。
「私が気になったのは、毒を飲んでいるところで、再度首を絞められているということなんですよ」
という。
「念には念を入れたのでは?」
というと、
「いえいえ、念には念を入れるということが、毒殺であるのかなと思いましてね。何かで殴った後に首を絞めたというようなことはたまにありますよね。その場合は、本人が自分で両方やった場合もあれば、事後共犯という形おあるということですね。だけど、毒殺であれば、死に切れるかどうかは、毒の回り方なので、何も首を絞める必要はないと思うんです。これが、睡眠薬ということであれば分かるんですよ、相手の動きを封じるということですね。でも、毒薬というのは、睡眠薬とは違い、そう簡単に手に入れることのできないものであるわけで、それをわざわざ用意しての犯罪計画なのだから、首を絞める必要はないわけですよね? そんなことをすれば、ボロが出るかも知れないと普通であれば考えるからです。しかも、犯人が複数で、事後共犯などがあったとすれば、その二人は計画性がまったくないというわけで、おかしなことになりませんかね?」
「なるほど、もし、君がいうように事後共犯がいるとすれば、毒で苦しんでいるところに。とどめをさすようなことはしないだろうし、犯人も、念には念を入れるということはないだろうというわけだね?」
と桜井警部補がいうと、
「ええ、そうです、どうも、毒殺の痕の絞殺ということに、少し疑問を持つと、どうにも怪しいという気持ちが消えなくなったんですよ。これは私の悪い癖ですので、皆さんには申し訳ないと思うのですが」
ということであった。
それを聴いて、その場にいる人は、
「まさにその通りだ」
と、考えた。
特に、一番、
「その通りだ」
と考えたのは、
「樋口刑事」
であった。
どちらかといえば、同僚でありながら、一番、
「ライバル視」
しているということで、秋元刑事の話を聞かされ、
「しまった、この発想があったんだ」
と、敬意を表すると同時に、
「自分の浅はかさ」
というものが、先を越された発想から、悔しさを感じさせるのであった。
「なるほど、今から思えば、実際に諸相捜査で、何かの違和感を感じていたのを分かっていながら、そこにたどり着けなかった」
ということで、悔しさがあった、
しかし、逆に考えると、
「秋元刑事は、あくまでも、客観的に見ていた」
ということで、
「今後、いかに事件を見ていくか?」
ということを考えるうえで。
「自分は、秋元刑事のようにはなれない」
という思いと、
「皆が皆秋元刑事では捜査が進まない」
ということも分かっているので、結局、
「自分は自分の資質を表に出すことで、真実に近づく」
ということになると思うのだった。
それをまとめるのが、
「桜井警部補」
であり、
「門倉本部長」
ということであろう。
捜査の中心にいる」
ということを自覚しながら、
「自分もいずれは、桜井警部補の位置に」
と思っていた。
実際に、見ている限り、
「秋元刑事には、その立ち位置は難しいだろう」
と思えることから、
「自分の進む道は決まっている」
と感じながらも、秋元刑事に対して、
「何やら嫉妬心を抱いている」
と感じさせられるのであった。
この事件において、今の秋元刑事の意見というのは、正直、
「的を得ていた」
と言ってもいいだろう。
確かに、殺人において、
「念には念を入れる」
ということはありがちであり、その状況を踏まえれば、刑事であれば、分かるというものなのかも知れないが、
「下手にやりすぎると、計画は思っていたことと違う方向に行ってしまう」
ということを、
「刑事は理解している」
と感じていた。
しかも、そのことを、
「最近の犯人は分かっている人が多い」
というもの分かっていることであった。
もちろん、
「衝動的な犯罪」
であったり、
「計画性のない犯罪」
というものであれば、そんなことを気にする犯人はいないだろうが、
「犯人というものが、犯罪目的を完遂する」
ということが第一目的だということであれば、確かに、
「念には念を入れる」
ということは当たり前だろう。
ただ、本当にそれだけではないはずだ。
犯人としても、
「目的を完遂することができれば、次に考えることとして、自分がいかに逃れられるか?」
ということを考えるはずで、それが、
「犯罪のそれぞれの段階で気持ちが変わってくる」
とも考えられるということだ。
確かに、最初は、動機というものが、
「怨恨」
であったり、
「追い詰められて」
ということであれば、
「相手を殺さないと、自分の未来はない」
と思うことだろう。
しかし、もっといえば、
「自分の未来を確かなものにするために、相手を殺す」
ということになるのだ。
だから、
「相手を殺しても、自分が捕まってしまうことで、明日がない」
ということになれば、
「それが本末転倒だ」
ということに、
「気づいたか、気づかないか?」
ということになるのだ。
それを考えると、
「念には念を入れる」
ということで、犯罪の露呈リスクというものが、跳ね上がるということであれば、
「そんな危険を犯さない」
といえるだろう。
もっといえば、
「捕まる可能性があるくらいであれば、もう一度計画を練り直す」
ということであってもいいわけで、もし、
「それはできない」
ということであれば、考えられることとしては、
「犯人にとって時間がない」
ということではないか?
ということであった。
つまり、
「犯人は、何かの病を抱えていて、自分の命が尽きるまでに、相手を殺す」
ということで、その動機というのも絞られてくるというもので、
「金銭面」
というものはありえないことであり、そうなると、ほぼ、
「怨恨」
ということに絞られるのではないだろうか?
さすがに、この時は、そこまでの発想はなかったが、
「秋元刑事の指摘」
というのは、実に、
「的を得ている」
ということであり、
「それが、事件の謎を解くカギになる」
といえるのではないかということは、この場にいた人は、予感として持っていたのであった。
そして、
「今回の事件は、意外と、早く解決するのではないか?」
とも覆えた。
ただ、それは、
「推理だけが先行する形」
ということになるが、それも、
「裏付けがなかなか取れないことがある」
ということでの、
「起訴に至るまでの経緯」
ということでは時間が掛かるが、
「真相に近いところまで行くのに、そんなには時間が掛からない」
と感じたのは、
「今度の事件が、思ったよりも、辻褄が合っている」
ということからきているからであろう。
一見、まったく違った発想かも知れないが、
「一つがつながれば、そこに、矛盾はない」
ということになるのだろう。
それを考えると、
「すでにこの時、事件の全貌も分かっていた」
といってもいいかも知れない。
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