伴侶(予定)




 兄カティは、ルティが止めても止めても、止めても止めても、止まってくれない。


 ぴんくの髪の主人公だから。



 ルティは大きなため息をついた。


 BLゲームの世界っぽいと、この言葉ですべての道理が引っこむ気がする……!


 

 カティを止められないなら、仕方がない。


 家の近くの井戸で首を洗うルティに、水を汲みにきた幼なじみのトトの闇の瞳がまるくなる。


 茜に世界を染めあげる夕陽に照らされた短い闇の髪が揺れる。

 素朴な闇の瞳がふしぎそうに瞬いて、ルティの顔をのぞきこむ。

 まとう着古した綿の服が、王都の下町の色んな匂いを混ぜた風にひるがえる。


「何してるの、ルティ」


「……そろそろ処刑かな、と思って。洗っておこうと。あんぽんたんなカティのせいで」


 鬱屈と激憤とあきらめを混ぜた声で、心配してくれるトトまで怨みがましく見あげてしまうルティに、トトは日焼けした頬で笑った。


「ああ、カティか」


 カティと言えば、下町で知らない人はいない。


 ちょっとでもかっこいー男は皆カティの標的にされ、次々と陥落させられるからだ。


 カティが幼い頃は笑って済ませられる、可愛らしいいたずらだったが、カティが長じるにつれ、だんだん皆が笑ってくれなくなってきた。当たり前だ。


「王立学園でも大暴れ?」


 下町のカティの大暴れっぷりを知っているトトだからこその問いに、ルティは肩を落とす。


「王子殿下にまで手を出したよ。どうしていいかわからない」


 ため息しかこぼれないルティを、たくましく大きく成長したトトの腕が抱きしめてくれる。



「処刑なんて、僕がさせない。ぜったい、ルティを守るから」


 微笑んでくれるトトの言葉は、あまいだけで実のない睦言じゃない。


 その言葉に足る実力を身につけたトトを、いちばん誇りに思っているのはルティなのかもしれなかった。






 生まれたときから、カティはカティだった。


「カティ! 僕の伴侶を誘惑して、お菓子食べ放題だなんて、ゆるさないんだから!」


「カティ! 昨日、僕のものになるって言ってくれたじゃないか! なんだその隣の男は──!」


「カティ! ああ、なんて今日も可愛いんだ! 抱擁と口づけを贈らせてくれ!」


 毎日毎日毎日毎日、町に出るたびに


「カティ!」


 叫ばれて追い回されるルティに、幼なじみでルティよりもちっちゃかったトトが奮起してくれたのだ。


「僕が、ルティを守る!」


 下町の純朴な小さな男の子だったトトが、厳しすぎる鍛錬に励みはじめたと思ったら、才能があったらしい、めきめき頭角を現し、騎士団長をあっさりぽこれるくらいにまで強くなってしまった。



「うおりゃあぁあアア──!」


 トトが闘気を解放すれば石畳の道が陥没し、竜巻が起こり、ちょっとした部隊まで吹き飛ぶ。


 筋肉で。


 トトが叫べば、道理が引っこむ。


「え、え、すごいよ、トト──!」


 びっくりして拍手する、きゅるきゅる主人公なカティによろめかなかったのは、トトだけだ。



「トト、すごく、すごく、がんばったんだね」


 泣いたルティを抱きしめて、笑ってくれた。



「ルティのためなら、何にでもなる」


 赤い頬で、ささやいてくれた。



 いかずちに貫かれたように、ちいさなルティはトトを見あげる。


 ……ああ、トトは自分より大きくなったんだ。


 自らに厳しい鍛錬を課し、こんなに強く、たくましく、凛々しくなってくれた。



 ルティを守るために。



 ずっと、だいすきだったトトが、運命の伴侶(予定)になった。




 トトの見た目は平凡っぽく見えるかもしれないけれど、純粋さと誠実さが現れた風貌が、ルティはだいすきだ。

 その武力には誰もがひざまずく。というか膝を折らざるを得ない。


 トトみたいに真面目でやさしくて最強な伴侶(予定)ができるなんて、主人公の弟チートはあるのかもしれない。



「カティ……!」


 追いかけてくる男たちも、かなりなガチムチだが純朴な青年にしか見えないトトの実力を知ったらしい、真っ青になって後退るようになった。



 トトが抱っこしてくれていると


「あ、ルティだ」


「いつもおつかれさま」


「お菓子あげるよ。元気だしな」


「いつも大変だねえ」


 下町の皆が、ねぎらってくれるようになった。



『トトが抱っこしている = ルティ』


 皆が思ってくれるほど、トトはルティの傍にいてくれる。


 ずっとルティの傍で、ルティを守って、微笑んでくれる。




 ちっちゃい手を繋いで、一緒に笑った幼い日々も、かけがえのない大切な思い出だけれど。


 おっきくて、たくましくなった腕に、胸につつまれたら、うっとりしてしまう。


「……はやく18にならないかな。トトの伴侶になりたい」


 もごもご大きな胸に顔をうずめてささやいたら、聞こえなかったらしい。


「ん?」


 耳を寄せてくれるトトがやさしくて、恥ずかしくなったルティは首を振った。


「な、なんでもない」


 自分ばかりがはやく伴侶になりたがっているみたいで、照れくさく熱い頬を隠した。



「……ルティはほんとに、かわいいね。……どんどん可愛くなってく」


 切なげにかすれるトトの声に、ルティは眉を寄せる。



「よろこんで、くれないの……?」


 あまえるような、すがるような声は、カティとそっくりだ。いつもなら背が震えるほど厭なのに。今だけは、トトの前にいるときだけは、カティのすべての男を陥落させる顔に、声に、指になればいい。



 そっとトトの服に指を這わせたら、やさしく髪を撫でてくれる。



「ルティはいつだって、世界一、かわいい」


 微笑みが、どこかさみしげで、ルティは首をかしげる。



「トト?」


 ルティのぴんくの髪がふわふわ揺れて、トトは静かに目を伏せた。










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