第二十二話 おめぇのためだよ、オタク
『〇〇しないと出られない部屋に入って757日目』
とある日。朝起きると、壁際に大きなダンボールが積まれていた。
そこには四角い取り出し口が設置されている場所だ。普段はあそこから食事も提供されている。
俺たちが寝ている間に、どうやら届けられたようだ。
「んにゃ……ぴっぴ、起きるの? もうちょっと寝ようよ~」
「一人で寝てろ。俺は届いたパンチラ☆娘のイエロースケベちゃんのフィギュアを観賞するから」
「うわぁ。きもーただ……てか、荷物届いてるん? わたしのお洋服もあるかな~」
夜型生活の凛々子にとって、この時間の睡眠は昼寝くらいの軽い感覚のものだったのかもしれない。すぐい起きてから、俺と一緒にダンボール箱を取りに向かった。
「ちっ。俺の荷物はないのかよ」
残念ながら、注文していた品はまだ届いてなかった。
全部凛々子あての荷物だったらしい。
「やった~♡ ぴっぴ、見て! めっちゃかわいくない!?」
朝から凛々子は興奮気味だ。
ピンクのふりふりがたくさんついているワンピースを見て、嬉しそうに笑っている。
(あれって、今着ている服とどんな違いがあるんだ……?)
と、内心では思ったのだが、それを口に出すと凛々子が不機嫌になることは長年の生活で学習している。俺だって女心には疎いが、それなりに成長しているので、何も言わないでおいた。
「えへへ~。どれから試着しようかなぁ。メイクもお洋服に合わせたいし……うーん、どうしっよかなぁ♪」
なんだか楽しそうだ。
届いたダンボール箱は三つ。その全てを開封して、届いた洋服を眺めながら顎に指をあてて何やら考え込んでいた。
凛々子はいわゆる『地雷系』と呼ばれる女子である。
でかすぎる涙ぼくろとか、だるだるのくまとか、赤みがかった化粧とか、ふりふりのピンクとか、ネイルまみれの爪とか、それはもう見た目へのこだわりがすごい。
この部屋から出られないにもかかわらず、だ。
見せる相手なんてファッションのことが欠片も分かっていない俺と、はげかけたおっさんしかいないのに。
せっかく着飾っても……凛々子の言葉を借りると『自分を盛る』というのか? その状態でも、評価してくれる相手が二人しか存在しないわけだ。
そのことを、少し可哀想に思っている。
だって、容姿を気にするということは……他人に見てほしい、という心理が強いからだろう。
もっと俗っぽい言い方をすると、こう表現できるかな。
「凛々子はもっとモテたいのか?」
「は? なんでそうなるわけ?」
「いや、見た目とかファッションとか気にしてるし……男に飢えてるのかなって」
男に飢えているのに、相手が俺とおっさんしかいない。
それってやっぱり、可哀想だと思う。オタクとはげかけたおっさんなんて、あんまりだ。
と、俺は同情していたのだが――どうやら違うようで。
「うわぁ。オタクくんってほんとよわよわだね。ファッションがモテるための手段だと思っちゃってる感じだ」
よわよわってなんだよ。
てか、モテる以外の目的のファッションって存在するのか!?
「ファッションは、他人のためになんかやらないけど」
「じゃ、じゃあ何のためだ」
「自分のために決まってるじゃん? わたしがかわいいから、わたしが幸せ。そーゆーこと」
その発想はなかった。
そうなんだ……ファッションって、自分のためにやることだったんだ!
興味がなさすぎてまったく知らなかった。でも、確かにそう考えると腑に落ちることがある。
「明らかにダサい服とか似合わない服とか、こんなの着てもモテるわけないだろって心の中で思ってたけど、そういうことか」
「おい、太田。あんまり調子に乗ってるとしばく」
「しばくってなに」
怖い。凛々子さんって時々、治安の悪い地雷系界隈で生きてきた片鱗を垣間見せるんだよな……普段は猫をかぶっているが、意外と荒々しい。
それにしても……ふむふむ。性欲が強くて見た目を気にしている、と思っていたので目からうろこだった。
凛々子って自分のために自分を着飾っていたんだな。
「まぁ、別に自分のためだけってわけでもないけど」
「え。やっぱりそうなのか? それならそうと素直に言えよ……俺は別に否定しないぞ? いつか出会うイケメンの男をオとすためなんだよな?」
「違います~」
「じゃあ、誰のためだよ」
「……ぴっぴのため、だよ♡」
「え」
不意打ちはずるいぞ。
急に矛先を向けられて、心臓がドキっと跳ねた。
お、俺のため?
俺のために見た目を気にしてるの?
なんだよそれ……め、めちゃくちゃかわいいじゃないか――。
【あとがき】
お読みくださりありがとうございます!
もし続きが気になった方は、最新話からできる評価(☆☆☆)や感想などいただけると更新のモチベーションになります!
これからも執筆がんばります。どうぞよろしくお願いしますm(__)m
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