武神帰りて夜を薙ぐ ~元ヤクザ、美少女になり裏社会と化け物をぶっ飛ばす~
春池 カイト
導入編/ヤクザは二度死ぬ
第1話 とあるヤクザの一度目の死
男が立ち止まる。
「そういえば、いつも冬だな……」
今初めて気づいたかのようにつぶやく。
男は振り返る。
出発地点の関係で、まだ人通りの無い寂しい冬の風景がそこにはあった。
「……寂しいもんだな」
それは風景のこと、だけではない。
都合三回目だが、それまでの二回は冬ではあっても賑やかな出迎えがあった。
だが、今回は人影の一つも無かった。
出所祝いの出迎えに強面の連中が寄って来ることは、刑務所としては認めがたい。
それを防ぐために出所の場所、日時は事前には知らされない。
今回も、そろそろかなと考えていたある日、突然呼び出され、そのまま護送車で移動させられたのだ。
だが、仮にそうした措置がなかったとしても、今の彼に賑やかな出迎えが来るかというと、そうでもないだろう。
「しょぼい捕まり方だったしな……」
男はかつて武闘派として知られた元ヤクザだった。
最初の投獄は敵対組織に一人で乗り込んで大暴れをした件だ。それで一気に名が知れ渡った。
二回目は組長を守るために、襲撃者を素手でたたきのめした件だった。
どちらも、拳銃やナイフ相手に素手で立ち向かって行ったこと、相手を殺すこともなく後遺症を残すようなけがをさせなかったことが幸いした。
人生の大半を棒に振るほどの長期の服役を課せられることはなかった。
だが、今回の三回目は明確に別件逮捕で、しかもえん罪だ。だが警察は一度捕まえたらありとあらゆる証拠をねつ造する。
そもそも実際に罪を犯したのは、彼とはかろうじて細い縁でつながる、知り合いとも言えない程度の縁の薄い奴であり、直接の面識も無い。
普通に考えてその罪が彼に波及してくることは無理筋もいいところなのだ。
だが、法律に正義を強いるにはふさわしい地位や立場が必要だ。
ヤクザ者にはそれが無い。少々証拠が怪しいぐらいだと、有罪は揺るがなかった。
「これからどうするかな……」
それも問題だ。彼が獄中にある間に、所属していた組織は解散した。
解散のきっかけとなった、彼が親と慕う組長の病死と併せて、彼自身にはヤクザを続けていく理由がもはや無い。
かといって、十代のチンピラの頃から数十年。中年まっただ中の男には正業の経験など全くない。
もちろん、恵まれた体格と頑健さから肉体労働も可能ではあるだろう。
だが、そこではやはり前科というものがついて回る。就業には困難が待っていることが予想された。
彼は自分の顔をなでる。
「これもあるしな……」
額から右目を通り頬骨の辺りまで傷跡が走る。渡世の中にいる限りは組長を守った名誉の負傷だろうが、一般社会では恐ろしいヤクザの象徴だ。
少々荒くれの多い職種だったとしても周囲から距離を取られることは間違いない。
それに、実はこの傷のせいで右目は失明している。日常生活にすら困難が待ち受けているのだ。
思わずため息がこぼれる。
ひとしきり現状を悲観した後で、男はまたとぼとぼと駅まで続く道を歩き始める。
◇◇◇
そして数分の後、男は冷える路上に血まみれで倒れ伏していた。
男は思う。
ああ、やっぱり腑抜けていたのだろうな。もしかすると、監視の多い刑務所での生活に慣れて、勘を鈍らせていたのかもしれない。
悔やんだところで今の状況には何の役にも立たない。それに……考えてみればどうしても生き延びてやりたいことがある訳でもない。
守らなければならない大事な人も、今はいない。ならば、このまま消え去るのがヤクザにふさわしい末路かもしれない。
そんなことを思った男は、生を諦め、力を抜き、瞳を閉じる。
一人の惨めな元ヤクザの男の人生が、ここで終わった……一旦は。
「ふう、ようやくくたばりやがった」
「痛え……痛えよ」
「おい、そこの死にかけも回収しろ、こっちの痕跡はちょっとでも残すなよ!」
「へいっ!」
出所直後の元ヤクザの男一人を始末するのに必要だったのは6人。そのうち2人は反撃に遭って半死半生、残りの4人も無傷の者はいない。
「ムショを出たばかりの体の
一同のまとめ役らしい男がつぶやきを漏らす。負傷者の治療費のことを考えると頭が痛い。幸いなことに、今回はターゲットの後始末はしなくて良い。なぜなら、この男が襲われて死んだということは広く知らしめないといけないからだ。
表向きには犯人は不明。だが「実はうちの組織が……」と裏社会で広めることで組織の力を誇示する。この襲撃を企図した人物は、そこまでを考えに入れている。
「後始末、終わりました」
「よし、人に見られねえ内に移動するぞ」
大型のバンに乗り込んだ襲撃者達はそそくさと事件現場を去るのだった。
後には人のいない田舎の未舗装路に、一人の男の死体が転がっているだけだった。それはおそらく数時間、あるいは数日経って、見つけた一般人がびっくりして警察に通報するまでそのまま、のはずだった。
しかし、実はこの一部始終を見ていたモノがいた。
道ばたの草むらをガサガサと音を立てながら歩み寄ってくるそれは、一匹の猫だった。至って普通、どこにでもいる黒色の野良猫。体の大きさから成長した猫であること、痩せ細っていないことから餌には困っていない事がわかる。
特徴らしい特徴は、左右の瞳の色が異なっていること。創作の登場人物で頻出するオッドアイ。キャラの神秘性を表現するために多用されるそれは、人間では珍しい。
だがその性質は猫では一般的だ。ただ、この猫の場合は左の瞳は通常の青い瞳だが、右の瞳の色が真っ赤であった。それは生物の瞳としてはあり得ない色彩だ。
猫は口を開く。
「やれやれ、待たされたものです……」
飛び出してきたのはニャーとかミャーとかいう猫の鳴き声ではなく、人間が使う言葉だった。声は少年といっても青年といっても通じるぐらいの、少し高めの若い男の声だった。
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主人公は登場していますが未登場です。次回、主人公が現れます。
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