第3話




「さて、どうすっかね」


 手に持った魔族ゴブリンの石斧をクルクルと弄びながら、これからの事を考える。

 セーブやステータスなどの【システム】の検証を続けたい気持ちもあるが、今現在この村は魔族の襲撃にあっているという状況なのを忘れてはいけない。

 

 前世の記憶を思い出した事によって今の俺の内面は、前世での『俺』と思い出す前の『俺』の人格が、半々に混ざって構成されている。


 つまりこの村に暮らしている知り合いが殺されてしまった悲しみと、理不尽に対する怒りはあるが……それと同時に自分含めた人々がゲームに登場するキャラクターのように思えてしまって、生きていても死んでいてもどうでも良いと思ってしまっている。

 両親が死んでしまっているというのに、セーブだのステータスだの、【システム】に夢中になっているという事は、つまりそういう事だ。


「さて、このままシナリオが進んでいくとして……」


 主人公を残して村人が全滅、とかそういう本来描かれているはずの道筋に俺は従う必要ってあるか?……無いよな。そもそも今俺が生きている事自体、イレギュラーな気もするし。


 じゃあせっかくの2度目の人生を、ゲームを遊ぶようにこの世界で遊んで、好きに生きてもいいって訳だろ?

 今まで感じていた退屈が晴れるような、爽快感を感じて、俺は立ち上がる。


「んじゃ、魔族退治と行きますかねぇ。レベリングはどんなゲームでも必要必要。あ、あとシュヒトの様子見もしておこ」


 家が燃え、人が殺され、悲鳴が鳴り響く中……それこの散歩にでも行くような足取りで俺は進む。


 途中人をいたぶって遊んでいる魔族の脳天を後ろからカチ割ったり、無惨な死体となった知り合いに布を被せたり、鉢合わせた魔族とガチ戦闘をしたりしていれば、村の中心に進むにつれ、魔族の死体が多くなっていく事に気が付いた。


 金属と金属がぶつかるような、そんな戦闘音らしきものも奥から聞こえてくる。


「なんでっ!お前らはっ!そう簡単に人を殺せる!?」


 普段温厚な性格をしているシュヒトが、これまで見た事無い程の憤怒の表情を浮かべながら、角の生えた大柄な魔族と戦っていた。

 その鬼のような魔族は、俺なんかより余程鋭いシュヒトの攻撃を難なく受け流しながら、余裕の表情を浮かべていた。


「お前は道を歩く時に、地面に居る虫を気にしながら歩くのか?肉を食らう時、犠牲に家畜に心を痛ませているのか?」

「そう言う話をしているんじゃない!」

「いいや、我らにとって人を殺すというのはそういう事なのだよ、勇者。だが……貴様だけは虫を踏み潰すのとは違い、明確な害意を持って殺してやろう。我らの最大の障害になりうる存在の、貴様だけは!」


 シュヒトと鬼の魔族がどんな会話をして来たのかは全く分からないけど、どうやら負けイベは佳境に差し掛かっていたらしい。

 鬼の魔族は持っていた斬馬刀を構えると、斬馬刀は赤黒いオーラに包まれる。

 遠く離れた俺の場所からでは、ヒシヒシと肌で感じるほどのエネルギーを持つそれは、確かにシュヒトを殺せるだけの力を持っているのだろう。


「ああ、そうか……なら僕だって、お前らを……!」


 対してシュヒトは持っていた剣に黄金色のオーラを纏わせる。

 おお、なんか神聖な感じだ。流石勇者と呼ばれただけある。


 鬼の魔族とシュヒトはそれぞれの得物に力を込めながら、1歩も動かない。

 村の中央の広場はシン……と静まりかえっていた。


「…っ…うぉぉおお!」

「ふっ……青いな。その未熟さを狙って来ている訳だが」


 シュヒトは緊張感に耐えられなかったのか、雄叫びを上げながら鬼の魔族に向かっていく。

 上段からの振り下ろしというシンプルな攻撃は、シュヒトの事を青いと評価した鬼の魔族に、容易に弾かれてしまう。


「ぐ、ぅ……っ!」


 持っていた剣は半ばから折れ、シュヒトは十数メートルも地面を転がる。

 腕はあらぬ方向に曲がり、立ち上がる事も出来ずに意識を失ってしまったシュヒト。鬼の魔族はトドメを刺そうとするが、村を囲う森からいくつもの馬の足を音が聞こえ、足を止める。


「チッ……遊びすぎたか」


 鬼の魔族はシュヒトを数秒見つめ、殺す事が出来なかった事を後悔するように顔を歪めた。


「おい、そこの人間」

「……流石に気が付いてたか」


 鬼の魔族に呼ばれ、物陰から俺は姿を現す。

 ただ正面に対峙しただけでも、並の人間なら心が折れてしまいそうな、そんな莫大な力を鬼の魔族から感じる。

 

「ふん、見ているだけの腑抜けの気配なんぞ感じたくもなかったがな……我らは魔王軍。世界征服を掲げる魔王様に従う魔族である。そして我の名はオルグリム。そこの勇者と、邪魔立てした人間共に伝えるがいい」


 俺の事を嗤う鬼の魔族は、堂々と魔王軍だと名乗りあげながら、バサリと生やした翼で音を立て、空を飛ぶ。


「魔王陛下の名の下、貴様らに滅びの裁きを下す。抗うのならば、尽くの命が散ると覚悟せよ」


 鬼の魔族はそれだけを言って、消えていった。

 それと入れ違いになるように、鎧を身に着けた騎士が数十人、村の中に現れた。

 その騎士達に護られるように囲まれていた1人の少女が、馬から飛び降りて真っ先にシュヒトの元に向かって走っていく。


「(うわー……ヒロインっぽいなー)」


 そんな事を思ってしまうほど、シスター服を着ている少女の容姿は整っていた。

 あれだろ、聖女とかって呼ばれてて「神託によって勇者である貴方に会いに来ました。まさか魔族によって襲撃されているとは……」とか言う展開だろう。あるある。


 そんな事を考えていると、1人の騎士が俺の前まで馬を走らせてきた。


「少年、ここで何があった」

 

 馬から降り、鎧の兜を外しながらそういった騎士は、ふわりと長い銀髪をなびかせる。

 全身鎧を装備しているから女性だと思わなかったが……よくよく考えれば、ヒロインっぽいあの少女の護衛だとしたら、同性の騎士も居て当然か。

 

 何があったと聞かれて、どうするかと悩む。

 馬鹿正直に、ほとんどの村人を見殺しにしながら【システム】の力の検証をしたりしてました。シュヒトと偉そうな立場の魔族が戦っているのを、ただ観察してました……なんて言えるはずもなく……。


「魔族の襲撃がありました……ま、魔王軍と名乗った奴らは、村の人達をみんな……みんな殺して!友達のシュヒトの事を勇者って!障害になるから殺そうと……っ!」

「…すまない、酷な事を聞いた」


 悩んだ末に、もし万が一、俺がシナリオの表舞台に立った時の事を考えるならばシナリオに沿っている必要があると考えて、俺は悲痛な表情を浮かべ、奇跡的に生き残ったが何も出来なかった少年を演じる。

 俺の嘘泣き混じりの慟哭に女性騎士は迂闊な事を聞いてしまったと顔を歪め、俺の肩を抱く。


 意外と演技派だな、俺って。というか騎士達が来る前に慌てて持ってた石斧、隠し捨てて良かった〜……ただの生き残りの少年を演じるのに、武器なんか持ってちゃダメだからな。


 内心では全く別の事を考えながらも演技を続ける。何も出来なかった後悔と、そして死人を悼む気持ちの涙を流す少年を演じ、ある程度時間が経った所で落ち着きを見せる。


「落ち着いたか」

「はい……すみません……突然」

「謝る事ではない。私が原因だ……それに、悲しめる時に悲しむべきだ。前に進む為にも、それが必要になる」

「そうですね……でも、あまり泣きすぎてしまうと両親に笑われてしまいます。それに……もう子供では居られませんから」


 そう言って精一杯の見栄を貼り、泣き笑いをして見せれば……女性騎士も、いつの間にか集まっていた他の騎士も、俺の演技に心を打たれたようで、励ましの言葉を掛けてくれる。


 マジで演技上手んじゃないか、俺。もしかして前世って俳優だった?



 

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