第17話 高みを目指すイリス

 道中は驚くほど平穏だった。敵の気配も罠もない。会話しながら歩いているうちに、ふと視界の先に巨大な扉が現れた。


「え、もうボス部屋?」


 俺は思わず足を止めて声を上げた。


「話しながら歩いてただけなのに……」


「ふふ、私にかかればこんなもんだよ」


 イリスが誇らしげに胸を張る。


「ボスの情報、知りたい?」


「一応、心構えとしてはな」


「うん、じゃあ教えるね。……実はね、このボスも、起動できない状態になってるの」


「……マジで?」


「セキュリティラインごと切断したから、戦闘フラグも起きないよ。そのまま通り抜けられる」


「じゃあ、サクッと行くか」


 そう言って歩き出そうとした俺を、イリスがそっと制止した。


「ちょっと待って。ここのデータと構造、今のうちに全部スキャンしておきたいの」


 イリスが空中に浮かびながら、光の帯を無数に展開する。青白いレーザーのような線が、壁や天井、床の構造をなぞり、解析結果がホログラムで次々と表示されていく。


「この空間、私にとっては最高の環境。今までの中でも格段に高度な情報と技術が詰まってる。全部手に入れれば、私はもう一段階、高みに行ける気がするの」


「これ以上の高みって……どこまで行く気だよ」


「それは、ほら……ふふ、その時のお楽しみ」


 その笑顔は、いつもの調子に見えて、どこか意味深でもあった。


「今のイリスでも十分すごいけどな。どこまで進化するんだよ」


「目標があるの。悠くんに、もっともっと役立つ私になりたいから」


 その言葉に、少しだけ照れる。


「そういえば、ゲートの先は見えてるのか?」


「うん、見えてるよ」


「じゃあ、教えてくれよ」


「それは……ナイショ」


 いたずらっぽく笑うイリスだったが、その笑顔の奥に、どこか寂しそうな影が見えた。


「でも、大丈夫。次の空間も安全なのは確か。だから、安心して」


 安心して──その言葉の裏側に、何かを隠しているような気がして、俺はイリスを見つめ返した。


「なあ、イリス。お前、もしかして……次のエリアで何かあるって思ってる?」


「ううん。次のエリアは安全。これ以上はきっと何も起きない。だから安心して」


 イリスのその真剣な言葉に、俺はこれ以上何も言えなかった。


 なんとなく、いつもと少し違う雰囲気を感じ取っていた。でも、イリスが危険ではないと言っている。だったら信じるしかない。


 彼女はずっと俺を守ってきてくれた。その事実が、俺の迷いを振り払ってくれる。


「もうすぐ全部ダウンロードできるよ」


「イリスの新バージョンのお披露目だな」


「ダウンロードは終わったけど、インストールはこれからだからお楽しみはもう少し先だね」


 苦笑いするイリスに落胆する悠。


 このマップでの最後の休憩が今終わろうとしていた。

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