銀色の長い髪。

 ――ドーツの軍服。

 生身の人間の兵だ。銃兵ロボじゃない。

 

 人間もいたのか。

 帽子を深く被っている。

 

 生きているのか?


 飛び越えようか?


 一瞬の逡巡の隙に、近くにいたベルガ兵が、その兵に山乗りになった。


 胸ぐらを掴んで、空いた手を拳にして殴りかかった。


 だが、その拳が振り下ろされる前に。

 

 仰向けのドーツ兵が、弱々しく、白い手をそっと伸ばし、ベルガ兵の頬に触れた。


 その瞬間。

 触れられたベルガ兵の動きが、止まった。

 

 止まった。固まった。

 

 そして、生気が抜けたように、横にぐらりと倒れ込んだ。


(……なんだ……?)


 数メートル先、一部始終を見ていたが、何が起こったのかわからない。

 

 ドーツ兵は、武器を使ったようには見えなかった。

 ただ、ベルガ兵の


 倒れたベルガ兵は動かない。

 そのドーツ兵は、手をつき、ゆっくり身を起こす。


 パーン!!!


 耳のすぐそばを風が切り、その兵の被っていた帽子が宙を舞った。


 ドーツ兵の髪がふわりと、なびいた。


 銀色に輝く、長く美しい髪だった。


「――――女?」

 

 そのドーツ兵は、パッと顔を上げた。

 

 銀色の髪の下に見えた、生気のない青白い肌。

 そこに浮かぶ深紅の瞳が、一番近くにいる敵――


 すなわち俺を、射抜くように向いている。


「――ハヤマ!! 下がれ!! そいつから離れろ!!」


 ジョンソンの必死な叫びが背中に飛んできた。


 でも俺は――その人から目を離せなかった。


 囚われていた。

 その人は、戦場で見るにはあまりにも、美しかった。


「ハヤマ!! !! 死ぬぞ!!」


「……え?!」


 「死ぬ」の言葉に、我に返る。


 ――その人が、膝をつき、足をつき、すくっと立ち上がる。


 自然と足が、一歩、二歩、後ずさる。

 その間も真紅の瞳は、ずっと俺に向けられている。

 

「あ……」


 その人が一歩、俺に向かって踏み出した。

 でも、なぜだか、足が――動かない。


 ――――


 そう思った、直後。


 鼓膜を震わせる「バン!」の音と共に、その人は、背中から倒れた。

 壊れた人形のように、ぱったり倒れた。

 

「?!」


 グシャリ、倒れて銀色の髪が、泥にまみれる。

 

 血色の瞳はカッと開いたまま、煙にくすんだ空に向けられている。

 あいていることは確かだが、見えているのかは、わからない。


 みるみるうちに、その細身の体の周りに、赤い血だまりができていく。


「…………」


「ったく、ぼーっとしてんじゃねぇ!!」

 

 後ろから、ジョンソンが叫ぶ。

 振り返ると、ジュリアンが、こちらに向けていた銃を下ろしたところだった。

 ――ジュリアンが、あの人を撃ったのか。


 ありがとう。

 そう言うべきなのだろうが、でも、口が動かなかった。


 ジュリアンが、歩いてくる。

 

「ドーツのやつら、とんでもねぇのを送り込んできたなぁ……」


 ジュリアンは倒れた銀髪のドーツ兵の近くで背を丸め、まじまじとその体を覗き込んだ。


「……この人、女の人だよね? ドーツは生身の人間の、しかも女の人まで戦わせるの?」


 その背中に問いかけると。

 

「はは。ハヤマ、女なんてそんなか弱いもんじゃないよ。こいつは吸生種キュウセイシュ。一発撃たれたくらいじゃ死なないよ」


「キュウ、セイ、シュ?」


「うん。ドーツの東の辺境の地に、細々と生き残ってるとは聞いてたけど……。こいつらは触れた人間の命を吸うんだ。それで何度でも体を再生できる。聞いたことない?」


「…………」


 ――聞いたことないよ。

 

 でも、なんでだろう。

 

 その響きに、ただでさえ騒がしい胸が、これでもかと太鼓を打ち鳴らしているような、そんな感覚がする。


 人の命を吸うという、動かなくなったその人を見下しながら、俺は――――



『――あなたが「キュウセイシュ」?』


 

 こんな状況なのに。


 なぜかこの世界に来た時、初めて聞いたレーナさんの言葉がよみがえっていた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る