葉山とジョンソンとジュリアン。

「――俺、すぐには帰りません。ツエル姫やルイたちにちゃんと別れの挨拶をしたいですし、すぐには戻りません。魔石を入手したらまずフランに戻り、約束の期日まで過ごしてベルガの〈拠点〉に帰ります。それでみんなに挨拶してから元の世界へ戻ります!」


 ハアハア。

 一息で言い切ってやった。


「……ハヤマ……」


 ジョンソンがぼそっと呟いて、奇妙な沈黙が広がった。


 肩を弾ませて隣の人をギリッと見ると、レーナさんは前を向いたまま、瞬きもせずに固まっていた。


 …………なんだよ。


 なに考えてるんだよ、レーナさん……


 そして、前に立つアルベルト王が沈黙を破る。

 

「ありがとう、ハヤマさん。……お気持ちはわかりました。我々としても、あなたが少しでも長くいてくれるなら心強いです。『こんばぁたぁ』は、後ほど用意させましょう。……さぁ、先にレーナ、ここまでの状況を詳しく聞かせてください」


「……わ……かり、ました」


 レーナさんは壊れかけの機械みたいに答えて、ふいっと俺に背を向けた。


 それが無性に――

 悲しくて。

 

 レーナさん、なんで急に、そんな――。


「――ハヤマ、外で話そうぜ」


 ジョンソンにバシッと背を叩かれて、よろけて前へ倒れそうになる。


 反射で踏み出した足に、力が入らない。



◇◇◇◇◇◇


 ジョンソンに連れられて、とぼとぼと町の外れへ向かって歩く。


「レーナが言ってたこと、気にすんな。あいつなりにお前の身を心配してるだけだからよ」


「うん……それはわかるんだけど。でも急にあんな冷たい態度とらなくてもさぁ」


「レーナとなにかあったか?」


「……わかんない」


「……ま、年頃の男と女だ。仕方ねぇこともある。とりあえず見回りに付き合ってくれ」


 いつのまにか、俺たちの前には「入口」があった。この先は――


「ジョンソン、ここは……」


「塹壕だ。ドーツがド□イド兵なんておっかねぇもん作りやがるからよ。みんなで掘って作ってんだ」


「塹壕……」


 塹壕。単語は知っている。

 戦争で使われる、土掘って、身を守る場所だよな、確か……。


「ドーツ軍も同じようなもん作ってるぜ。じゃ、次の攻撃が来る前に補充品の確認だ」


 ジョンソンがズンズン中に入っていく。

 俺も慌てて後に続いた。


 ――そこに足を踏み入れた瞬間。

 ぐじゅ、と泥が靴底に吸いついた。


「……」


 最近雨が降ったわけでもないのに、ぬるい土の匂いが充満している。


 中は想像以上に入り組んでいた。まるで迷路。まだ作っている途中なのか、シャベルでザックザック、土を掘り進めている兵もいる。

 

 他には――銃を構えて周囲を警戒する兵。

 銃身を見回し、なにかを確かめている兵。

 

 その横では、休憩中の兵が土嚢に背中を預け、ぼんやりと空を見上げていた。中に入ってきた俺に物珍しそうな目を向けてくる兵もいる。


「……ジョンソン、みんなここにずっといるの?」

 

「まあな。さすがに王は時々だけどな。……お、アイツらいたな。話してくる。ハヤマはここで待ってろ。穴から頭を出すなよ」


「わかった」


 それからジョンソンは塹壕を先に進み、数人の兵と話しはじめた。何を話しているかは、この位置からは聞こえない。


「塹壕…………」


 俺はひとり、その場をぐるりと見回した。

 とりあえず、視界の大半は、土と木材と麻袋。あとベルガとフランの兵。


 ……ここが、前線――。

 

 頭上の空は青いのに。

 なんだか息苦しいな……

 

「おーい、君」


 ふと、横から声をかけられた。

 

 振り向くと、若そうなベルガ兵。積まれた土嚢に座り、足の間にライフル銃を挟んでいる。


 泥で汚れた軍服の袖をまくり、手には擦り切れた手袋をはめたまま。……休憩中だろうか。


「君、ジョンソンの知り合い? 工作員チームの人?」


 その兵は、人懐っこい目を向けてきた。


「……あー、工作員ではないけど、ジョンソンの知り合い」


「そっか。事務方?」


「そんなところ」


「だよね。戦場慣れしてなさそうだもん」


 彼はにこやかに言う。嫌味は感じない、カラッとした言い方だった。

 

「……えっと、君は?」


「ジュリアン。第五歩兵連隊所属」

 

「ハヤマだ。よろしく」

 

 ジュリアンはニッと笑って、頷いた。

 そして、10メートルほど先の、兵と砲弾の在庫チェックをしているらしいジョンソンに目をやった。


「……ジョンソンってすごいよね。そこにいるだけで安心感があるし、頼りになる。工作員だから本当はこんなところにいなくてもいいのにさ、合間を縫ってこっちにきてくれるんだ」


「そうなんだ。さすがジョンソン」

 

「ジョンソン、今までいろんな戦地を見てきたらしい。でもこの戦争が最悪だってさ」


「そうなの?」


「うん。銃兵ロボの登場で、今までと戦闘のやり方がガラリと変わった。兵が一度に大量にされる。確かにさ、フランが援軍にきたけどさ、それでも生身の体でロボットと戦うなんて馬鹿な話だもんな」


「…………」


「そんな中でも生き残ってる俺ってさ、やっぱラッキーだよな」


 ジュリアンは自嘲気味に笑った。


 ――彼は俺と同い年くらい、いやおそらくもっと年下だろう。


 だけれども、ジュリアンはもう何度も戦闘を経験しているらしかった。


 改めて、ここは前線、戦場なのだと思い知る。


「…………」

 

 秋だというのに、そんなに動いていないというのに、汗が一筋、こめかみから首を伝った。


 言葉も話題も出てこなくて黙っていると、ジュリアンの目がキラン!と光った。


「あ、そうだ! ジョンソンの知り合いってことはさ、『不死身のレディ』のことも知ってる?」


「それってもしかして、レーナさんの」


 そこに、耳をつんざく叫びが響いた。


「……敵襲――ッ!!」

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