葉山、レーナさんにバレる。

 ブリュノさんが去り、暇を持て余したレーナさんは、屋敷の地下を探検しに意気揚々と出て行った(もちろん、見張り付き)。


 仕方なく、俺はそのまま部屋で待つ。


 少しすると、例の金髪女性が、申し訳なさそうな顔をして一人で戻ってきた。


「ハヤマさん、先ほどはごめんなさいね」


「いえ……すみません。俺(レーナさん💢)が勝手に魔石に触ったばかりに……」


「違うんです。あの人、病気になってからすっかり偏屈になってしまって……ご紹介遅れました、私、ブリュノの妻です」


「奥さまでしたか!」


 驚いた。ブリュノさん、あんなザ・学者な見た目して、こんな美人妻がいるなんて。やるじゃねぇか!


「はい。ここであの人の補助をしながら諸々雑務をしております」


「そうだったんですか。それで……ブリュノさんのご機嫌は……」


 奥さんはため息をついた。


「……今日はもうダメですね。あの人、体が思うように動かなくなってしまって……その、男性としての自信もなくなってしまったようで……気難しくなってしまって」


 なんと……こんな美人妻がいてそれは……

 一気にブリュノさんへの同情心が湧いてきてしまった。


「そう……でしたか……」


「あの人がやらないとハヤマさんも困ってしまいますし、フランの魔石の知識が途絶えてしまう。……あの人も、そんなことはわかっているのです。でもすっかり卑屈になってしまったあの人は、全て滅びればいいと言うのです。自暴自棄になっているのです。ペタン将軍の話も聞いてくれないのです」


「それは……困りましたね……」


 正直、漢字を読むだけでいいなら俺一人でもいけそうだが、やっぱり長年の経験でしか得られない知というものはある。そういうものこそ、記録する価値がある。ブリュノさんの協力なしでは、俺の仕事は進まない。


 奥さんは俯き、寂しげにつぶやいた。


「……あの人に、自信を取り戻してあげたいわ……」


「……奥さん……」


 ……ブリュノさんに、自信を――。


 自信――。


 「……自信……」


 その単語を口にした、その時。


 ぴん!と、閃いた。


 だがそれは正直――胸が痛くなる考えだった。


 だって俺が大切に大切にしていたを、手放さなくてはいけないのだから。


 ――でも、でもそれで。


 ブリュノさんが元気になれるのなら。

 

 奥さんの曇りを晴らせるのなら。


 躊躇う余地は、なかった。


「……奥さん、これを……ブリュノさんと一緒に使ってみてください」


 ポケットから魔石をひとつ取り出し、奥さんに手渡す。


「……これは?」

 

「催淫の魔石です。呪文は、『淫靡いんび甘美かんびな夢を見よ』、です」


「まあ……!」


 奥さんは驚きながらも、顔を赤らめた。


「すみません、具体的にどうなるかは、俺も試してないのでわからないのですが……でももしかしたら、ブリュノさんをお元気にする力があるかもしれません」


「ハヤマさん……!」


 奥さんは、その魔石を大切そうに胸に抱いた。


「……大切な魔石をありがとうございます」


「いいんです。魔石は必要な人が使うべきだ」


 俺が渾身のキメ顔で言うと、奥さんは照れくさそうに微笑み礼をして、ソソソと部屋を出て行った。


「……うん」


 ――これでいい。

 これでよかったんだ。


 廊下の向こうに消えていくその背中を、俺は満たされた気持ちで見送った。



「エロ魔石渡しただけで格好つけてるんじゃないわよ」


 突如ドアからひょっこり、レーナさんが現れた! 


「えっレーナさんっ!」


「あの魔石……私が持っていた魔石よね。そんな魔法だったとはね。ずっと隠しもっていたの? 隙あらば誰かに使おうとしていたの?」


「いいいいえ、そそそそういうつもりでは」


 レーナさんに奥さんとのやりとりを見られていた! しかもエロエロ魔石、隠し持ってたことバレた! 


 やべぇ!!!


 腕を組み、ジト目を向けてくるレーナさん。


「変態。ほかにも魔石、隠して持ってるわね。はい、テーブルに全部だして。ちゃんと説明して」


「う、う……」


「早く!」


 うええええん!!!

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