葉山、レーナの過去を聞く。

「……レーナさん、まだ起きてます?」


 あまりに眠れなくて小声で聞いてみる。

 背中から、同じく小さな声でお返事が。


「えぇ」


「少し、話しません?」


「……そうね。私もなかなか寝付けない」


「あはは。俺もです。こんな美女がそばにいて、呑気に寝れるわけなかったです」


 開き直って、体を仰向けにする。


 少し顔を横に傾ければ、こちらに背を向け布団をかぶり、小さくなっているレーナさん。普段の勇ましさはどこへやら。なんだか小動物みたいだ。


 その姿に、自然と湧いてくる、感情。


「……俺、レーナさんのこともっと知りたいです。レーナさんのこと、教えてくれませんか」


「……っ」


 レーナさんがバッと振り返る。

 布団の下で、素足が触れた。


「あ、ごめん……」


 レーナさんはすぐに足を引っ込めて、目を泳がせて、また俺に背を向けた。


 その姿が……妙にいじらしかった。


 あーああああーー


 早く話題、話題を!


「……えっと、例えばレーナさんがなんで工作員になったのかとか。もし嫌じゃなければ、知りたいです」


「別に……嫌ではないけど、面白い話でもないわよ」


「とにかく、知りたいんです!」


 するとレーナさんは、小さく肩を揺らした。


「……変なの。ふふ」


 そしてころんと仰向けになり、真っ暗な天井に目を向けた。


「……12の時にね、両親が死んで、1人になった。孤児院にいくところを軍の男……工作員を育てる仕事をしていた男に声をかけられたの。国のために働かないかって。そこで訓練を受けて今に至る。そんな感じ」


 暗くて顔は見えないが、聞こえてきた声は、優しかった。


「そう……だったんですか。その人はなんで子供のレーナさんをスカウト?したんですか? 不死身だから?」


「その頃はまだこんな体じゃなかった」


「あら。なにか光るものがあったんですかね」


「女の工作員が欲しかっただけよ」


「……なるほど」


 工作員、の仕事がイマイチ掴めてないけど、今のところレーナさんは「国王直属の何でも屋さん」ってイメージだ。


 とすると、命令されればその……ハニートラップ的な仕事もするのだろうか。


 その美貌を活かして男を誘惑する――。


 ――なんか、嫌だな。


 想像したくない。やめやめ。


「……あ。そういえば変な質問なんですけど、レーナさんはなんで不死身なんですか? いつから不死身なんですか?」


「えっ」


 レーナさんが目を丸くして、俺をみた。


 暗がりの中に浮かぶその目はどこか――とでも言いたげに見えた。


「あ……すみません。ルイはそこら辺、知ってそうだったので……」


「……そうね……」


 レーナさんの声が曇る。


「すみません、変なこと聞いて。そうだ、せっかくだからルイの話を……」


「私をスカウトして鍛えた男。彼が私を不死身にしたの」


 レーナさんが、スパッと切り出した。

 その視線は暗い虚空を漂っている。


「……どうやって?」


「いろいろあって」


「いろいろ……」


「思い出したら眠くなっちゃった。じゃ、おやすみなさい、ハヤマ」


 ――それからレーナさんは、またこちらに背を向け黙ってしまった。


「……おやすみなさい……」

 

 ――どう考えても、触れてはいけないものに触れてしまったようだった。


 気まずい。沈黙。


 仕方がなく、目を閉じて、羊を数える。


◇◇◇◇◇◇

 

 翌朝、外の騒がしい音で目が覚める。


 レーナさんはすでにいつもの軍服姿に着替え、窓の外を覗いていた。


 なにごとかと俺も覗く。ここは2階だから、少し離れた大通りまで見えるのだが――


 大荷物を背に、銃を担いだ兵がズラリと並び、ラッパとドラムの音に合わせ、威風堂々行進している。


 ――急ぎ着替え、レーナさんと共にペタン将軍の部屋へ向かう。


 部屋に通されると、将軍は机の上の山のような書類から顔をのぞかせた。朝から鋭い眼差しを遠慮なく向けられる


「……今夜はゆっくり寝れるといいですな」


 鋭い人だ。俺たちの寝不足は一瞬で見破られていた。


「おはようございます。……ところで大通りの兵の行進はなんですか?」


「レディ・モルテーヌ。あれはベルガへの援軍ですよ。約束通りにね」


 ベルガへの援軍! 


 目の下にうっすらクマを浮かばせるレーナさんと目を合わせ、頷き合った。


「ということで早速ですが、ミスター・ハヤマ、あなたにやっていただきたいことをご説明します。朝食はその後でよろしいですかな?」


「はい」


 ペタン将軍が、立ち上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る