葉山、会議に参加する。

 急遽、開かれることになった会議。


 狭い会議室、オーバル型のテーブル。上席にはエリー王妃、それをツエル姫、いかめしい軍服姿の男たちが囲んでいる。


 レーナさんとマリアちゃんは、壁側で控えている。


 みんなの重々しい表情を、テーブル中央上、オレンジ色の電灯が鈍く照らしていた。


 そしてーー俺とルイ、それにシルフィさんも、流れでその会議に参加させられたのだが……


「……『フランの援軍派兵の条件はーー』……」


 伝来が持ってきた電報を途中まで読み上げて、王妃は眉をひそめた。


 それを見守る俺たちは、みんな息を止めた。


「『……条件は、ベルガの漢字解読官1名を、2週間、フランに派遣すること』……」


「なんですと?!」


 場がざわめいた。俺の心も波立った。


「……漢字解読官は国の要。派遣となると、陛下に相談すべきかしら……」


 王妃は力なくテーブルに電報を置いた。その顔には明らかに戸惑いが浮かんでいた。


 ――今までベルガが攻撃されても、うんともすんとも言わなかった隣国のフラン。突然援軍の申し出をしてきたと思ったら、漢字解読官の期限付き派遣を条件として出してきた。何が目的なんだろう?


 俺から言わせれば、そもそもフランとドーツの喧嘩にベルガが巻き込まれた形なのだから、援軍もなにもないと思うんだが。


 とにかく、俺かルイ、どちらかが隣国フランに派遣されることになるのかもしれない。思わぬ形で当事者になってしまったことに、嫌な胸騒ぎを覚える。隣のルイも膝の上で拳を握り、悩ましい顔をしている。


「王妃様、たとえ同盟国になろうとも、たとえ期限付きであろうとも、解読官を渡すことはできません。魔石の解読はベルガの希望です」


 立派な長いお髭の軍服おじさんが力説する。どうやら派遣には反対らしい。


「フランの解読官は今は1人、しかも先が長くないそうです。期限付きと謳っているが、間違いなく返してはくれないですぞ」


「そうね。返してくれる保証はない……でも援軍を諦める訳には……」


「なら俺が行きます。解読官はハヤマがいれば、ベルガは十分です」


 隣に座るルイの手が、ピシッと挙がった。

 みんなの視線が一斉に集まる。


「……ルイ、たとえハヤマさんが漢字をスラスラ読めるとしても、あなたも貴重な魔導種であり解読官なのよ。簡単には渡せない」


 王妃が目を細める。レーナさんとマリアちゃんも神妙な面持ちになっている。シルフィさんはどうでも良さそうだ。


「しかし王妃様、フランの兵力を使えるなら、戦況はグッと変わりますぞ」


 王妃の向かいのちょび髭爺が立ち上がる。


「もちろん、わかっています」


「ならばすぐに彼の派遣を。幸い解読官が2人に増えたのです。1人派遣するぐらい問題無いのでは」


 彼は派遣賛成派らしい。


「何を言っている! 戦況を一変できる魔石の発見こそがベルガの光!」


 反対派の長髭爺が声を上げた。


「そんなものはない。現実を見ろ」


「フランは信用はできん!」


「お前は前線を見ていないからそんなことが言えるんだ!」


 軍幹部たちはそれぞれの意見を激しくぶつけはじめた。


 ルイは手を下ろし、メガネの奥で瞳を鈍く光らせて、成り行きを見守っている。


 ――ルイがなぜ積極的に手を挙げたのかは、分からない。


 だが、俺かルイのどちらかが、少しの間フランで働けば、ベルガは援軍を得られる。問題は、フランがちゃんと身柄を返してくれるか……どうか。


 次第にヒートアップする話し合いの中、目を閉じ考え込んでいた王妃が、ゆっくり立ち上がった。


 皆黙る。

 王妃を見る。


 王妃は目を開き、俺を見た。

 口が開かれる。


「ハヤマさん、行っていただけますか」


「俺ですか!!」


 このシリアスな空気に合わなさすぎる、素っ頓狂な声が出た。だって俺、ここにきたばっかりなんですが?!


「はい。それとレーナ、護衛として彼に付いてください」


「王妃様! それなら、なおさら俺が行きます!」


 ルイが勢いよく立ち上がった。

 しかし王妃は首を横に振る。


「ルイ、あなたはベルガの内情をよく知っています。あなたを疑うわけではありませんが、万が一拷問にかけられた場合、情報が漏れてしまうかもしれない。その点、ハヤマさんはまだこの国のことを知らない。漏れるものがありません」


「しかし……!」


「ハヤマさん、来て頂いたばかりで申し訳ないけれど、どうかベルガのために、しばらくの間フランへ行っていただけますか」


 王妃の目を見る限り、俺にYES以外の答えはなさそうだった。


 しかしまあ、気が乗らない。


 だって、つまり……


 拷問に合う可能性があるということですよね……? 


 怖すぎるんですが??


「あの……すみません、恥ずかしながら俺、拷問とかされたら……あることないことベラベラしゃべっちゃいそうなんですが……」


 王妃はにっこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。最悪の場合はレーナがやりますから」


「何をやるんですか??」


 レーナさんの方を見たら、出陣前の武士みたいな顔をしていた。ついでに、「仕方ないわ。その時は任せて」とテレパシーを送ってきた。


 なにを?? まじで??


「なら私がハヤマさまの護衛につきます。私はハヤマさまの専属メイドですから」


 シルフィさんが名乗り出た。


 が、エリー王妃はまたもや首を横に振り、ハッキリと答えた。


「シルフィ、あなたは……アレなのでダメです」


「王妃様!」


「ダメです」


 王妃の念押しに、ツエル姫とマリアちゃんも力強く頷いた。

 

「そうね、アレだものね」

「アレだもんね〜」


 レーナさんも腕を組み、頷いた。



 …………アレとは。


(アレかなぁ)

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