葉山とレーナさん。

「ツエル姫は? もう寝た?」


「はい。お疲れのようです。マリアちゃんは?」


「マリアも寝てるわ。……姫は特に心労も大きいはず。早く拠点に着きたいわね」


「そうですね」


 レーナさんは一息ついた。そして目を下にやった。


「ハヤマは……ナミさんのことが心配……よね?」

 

 心配かと聞かれたら、それはもう。

 

「……はい。心配で仕方ないです……あっ、いや、レーナさんを責めてるわけじゃないんですけど」


 慌てて取り繕うが、レーナさんは下を向いたまま、少し寂しげに微笑んだ。


「ナミさんって……どんな人なの?」


 改めて聞かれると、難しい。


 どんな…………


 そうだな。まず、優しい。本当に優しい。それに笑顔がかわいい。明るくて社交的で、正義感がすごく強い。


 あの時だって、そうだった。


「……俺、前にいた会社で、信じてた同僚に裏切られたことがあって……」


 ポツポツ話し出すと、レーナさんは大きな瞳をまっすぐ俺に向けた。


「『葉山がライバル社に情報を売ってる』って、あらぬ噂をたてられたんです。ご丁寧に、よくできた証拠まで捏造されて。そのせいで上からも周りからも非難されて。……人を信用できなくなったんです」


 ひどい。と小さくつぶやいて、レーナさんは眉をひそめた。


「でも唯一、同期の奈美だけは、俺のことを信じてくれました。別にその時は俺たち、本当にただの同期だったのに、奈美は俺のためにめちゃくちゃ怒ってくれました。味方でいてくれました」


「心強いね」


「はい。それで、俺はしばらく……恥ずかしながら鬱っぽくなっちゃって、仕事に行けなくなって辞めちゃったんですけど、奈美は毎日のように俺の家まで食事を持ってきてくれて、俺を散歩に連れ出してくれました」


 レーナさんが、うんうん、無言で頷く。


「しかも奈美、『景吾君を苦しめるなら、こんな会社、私も辞めちゃう!』……って、本当に辞めちゃったんです。そのあと新しいバイトを始めて……。自分だって大変だっただろうに、俺のことをずっと心配してくれていたんです」


「……優しい方」


「そうなんです。……それで俺、ある時ふっと、思い立ったんです。なんで俺この人にこんな心配かけてるんだろうって。気づいたその足で、そのままハローワークに行って、すぐに新しい仕事を見つけました。それを報告した時の奈美の喜びようったら……すごかったです。子供みたいに飛び跳ねて……あまりにも可愛くて、俺、勢いあまってその場で告白しちゃいました」


 レーナさんがフフッと笑った。


「それでナミさんとお付き合いを?」


「はい。……でも新しい仕事の給料は低くって、ちょっと大変でした。それでも、少しでも奈美に恩返しをしたくって、ガムシャラに働いてたんです。そしたら、客だった今の会社の……結構大きい会社なんですけど、そこの社長に、もっと上を目指さないかって声をかけられて。……前の会社を辞めた事情も話したんですけど、社長は俺を快く受け入れてくれました。奈美はまた、大喜びでした」


「素敵」


「今の会社は俺に向いてます。足を引っ張ってくるやつもいないし、給料もいい。もう俺は、奈美を養っていけるだけの男になった。そう思って、プロポーズしたんです。……ま、答えを聞く前にこの世界に来ちゃったんですけどね」


「…………」


 レーナさんがまた寂しげな顔をした。


 ――ごめん。


 レーナさんが罪悪感を抱くだろうってこと、俺はわかっていて、発言した。


 だって……


 話してたら、奈美の元に帰りたくて、

 仕方なくて、たまらなくなってきちまったんだ。

 

 男なのに、情けない。

 でも、感情があふれてとめられなかった。


「奈美……俺の一番の宝なんです。奈美がいないと俺、生きていけないです。奈美、俺が突然消えたから、また心配してるかもしれない。だから早く、帰りたいです……」


「…………」


「すみません……」


 レーナさんはうつむき、しばらく黙っていた。


 緩やかな夏の夜風が、レーナさんの茶色い髪をふわりとかきあげた。


 俺はただぼうっと、なんの邪な気持ちもなく、レーナさんのショートパンツから覗く長い足を見下ろした。


「…………」


 そうして二人、黙っていた。

 が、ふいに、レーナさんが口を開いた。

 

「……ハヤマ、ナミさんのプロポーズの答えは、イエスだよ」


「だと……いいんですけど」


「絶対そう。だから、早く帰れる魔石、見つけよう。ハヤマはナミさんの元へ帰らなくちゃ」


 顔をあげると、レーナさんの瞳は星みたいに輝いていた。

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