第2話 Magical Mystery Tour
「ここでディナー? パパ、騙されてるんだわ。だってインド料理のお店は向かいの三階よ」
「ここの四階に呼ばれてるんだ。大丈夫、いざとなったらシアのことは絶対にパパが守るよ」
「じゃああたしはいつでもヤードに電話できるようにしておく」
娘の勇敢さが誰より心強い。ティモシーは震える指先でインターホンを押した。
「あ、あの、昨日地図をもらって、今日名刺をもらった者ですけど……」
『鍵開けてあるよ! どうぞ!』
ジョンの元気な声がスピーカーから音割れして響いた。タイミングをはからったようにエレベータが下りてきて、こちらも、割れた音のベルを鳴らした。
「気が利くのね」
「ほんとにそれだけならいいけど」
「四階よ、パパ。押して!」
「ああ、うん……」
表札は手書きの紙が貼りつけてあり、「Darling」と書かれている。ティモシーは「絶対に虚偽だ」と思った。逡巡ののち、シアに手を引かれて仕方なくドアを開ける。一般住宅と変わらない内装が現れ、拍子抜けする。
「やあ! よかった来てくれて! 迷わなかった?」
「ええまあ……」
「やあこんばんは、きみがお嬢さんだね? 俺はジョン、よろしく!」
「シアよ。よろしくジョン」
人見知りしないタイプのシアは早速ジョンと握手を交わす。そこで初めて、ティモシーは自分がまだ名乗っていないことを思い出した。書店にいたときはせめてもの保身と思って言わなかったのだが、シアが名乗ってしまった以上は名乗らなければならない。
「改めてようこそ、よろしく。あ、そういや名前を聞いてなかった!」
「……ティモシーです。よろしく」
「ティモシー! そっかよろしくね! ささ上がって! デリバリーの美味いとこをありったけ注文したんだ! 大丈夫、経費で落ちるから!」
明るい室内に響くジョンの声。テレビの音すら聞こえないせいで余計に不気味だ。ティモシーはやはりおそるおそる、すぐに逃げ出せるように部屋に入る。
「ヒッ」
様々な食事の豪勢に載せられたテーブルの奥に、昨日貸出カウンターで見たあの鋭い眼光が待ち受けていた。思わず小さな悲鳴が漏れるのだが、シアはそんなことお構いなしのようだ。
「こんばんは! あなたは?」
「ぼくは、ピーターといいます。きみのことは呼んでいないけど、誰ですか?」
「あたしはシア。パパの娘よ」
「娘……? ということは、部外者……」
より鋭くなった視線がシアに向く前に、ジョンが割り込んできた。
「ちっがうよピーティ! もー、ほんと直列シナプス! ティモシーの家族だぞ、話をしないでどうすんだ! 俺あげたでしょ、カチカチ頭をやらか~くする脳トレドリル! やったの!?」
「やった。一時間もなく終わりました」
「じゃあもう一冊見繕わなきゃね!」
「何故?」
困惑した声のピーターは無視して、ジョンは通販サイトをスマホで眺めだす。
「うーん、子供向けドリルならまだしも、大人用ってレベリングが難しいからなあ。書店員さん、おすすめある?」
「あえ? え、えっと、基本的に新しいものを選ぶといいですよ。古いものは解答例が間違っていることもありますから」
「よしじゃあこれにしよう。ピーティ! 明日には届くよ、今度は脳に効いてるか感じながら解いてね!」
「何故?」
ピーターは無視されたまま、そしてティモシーも(気持ち的には)置いてけぼりのまま、奇妙な空間は奇妙な空気感のままだ。
「ねえ、魔法って、本当?」
いつの間にか手を洗ってから戻ってきたシアが、高い椅子を自分で引いて器用にのぼって座る。ティモシーもオドオドしながらではあるが、シアの隣に座った。ジョンからの元気な返事があるものかと思われたが、これに返事をしたのは、ピーターだった。
「本当です。かつてぼくたち人間も、魔法を使うことができたんですよ」
「できなくなっちゃったの?」
「シアさん、もし、レシピを覚えていないうちに、レシピブックがどこかへなくなってしまったら、その料理は作れますか?」
「無理だわ。途中まで思い出したりは、できるかもしれないけど」
「人間にとっての魔法は、そういうものなのです。定着する前に、失われてしまった。完全になくなったわけではないが、扱える者がいるわけでもない。そういうものなのです」
整然とした説明に、シアは「なるほどね」と納得している。が、前提から納得できていないティモシーはずっとぽかんとした顔をしているしかできない。ピーターは構わず続けた。
「ぼくたちは、『魔法復興財団』という組織に所属しています。ぼくは一介のエージェントに過ぎませんが、ジョンはきちんとした給料をもらっている営業マンです。ぼくたちがきちんとした組織に所属する者であること、それが第一に伝えたいことです。第二に、財団の目的について。それは、かつて人間に使うことのできた魔法を再び使えるようにすること、そして、その魔法をもたらした世界との途切れた交流を再開させること。この二つです。第三に、ティモシー、あなたをスカウトした理由です。あなたにはぼくとバディを組んでいただきたいのです。では、ここまでで質問は? 順にどうぞ」
ティモシーはまだ呆然としているが、シアはハイッと手を挙げ、ハキハキと質問した。学校でもこうだろうとわかる、親のティモシーからすれば貴重な機会だ。
「エージェントとエイギョーは何が違うの?」
「エージェントというのは、実際に魔法を使う人材のことです。営業は財団本部を通じてエージェントのサポートをする人材です。エージェントは二人一組で、それに対して営業が一人つきます」
「どうして二人一組なの?」
「かつて魔法は、訓練を積みさえすれば、素質ある者すべてが使えた代物でしたが、ほとんど失われている現代では、人間一人に蓄えられる魔力量はほとんど無に等しいです。二人一組にすることで魔力量を底上げし、さらにチームワークであることによって魔法の安定性を向上させます」
「じゃあ、パパは、素質があるってことなのね? あたしは!?」
「そうです。子供たちは多くが素質を持ちますが、大人になるにつれ失われてしまいます」
「そうなんだ。なんでピーターにはわかるの?」
「ぼくは優秀なエージェントとして財団から認められていますので」
「ちょちょちょ、っと、待って……くれる?」
ようやく、ティモシーは口を挟むに至った。視線が集中することに緊張するが、それを上回る勢いで「何を言っているのか、何一つわからん」があった。そして、「止めたはいいけど何から指摘したらいいかもわからん」もある。結果、
「初対面だったよねえ!?」
「やー、深い事情があるんだよ。ピーティは優秀なんだ、それは俺が保証する。でも優秀すぎるってのも本当。優秀すぎて、バディが見つからなかった」
「いや、あの……」
「俺たち営業は普通の人間だからね、魔法はからっきしなんだけど、エージェントは違う。自分の他のエージェントやエージェント候補になりそうな人材を感知するんだよ。それでいままであれこれいろんな人材を試用したんだけどねー、もう全然だめなんだなこれが。なんていうかなあ、とにかく、振り回されてるって感じで。ついてこれなくなって辞退しちゃうって感じ。こっちも困るんだよねー、せっかくピーティがいるのに、実績が全然出せないんだ」
ジョンが割って入ってきたのを、当のピーターはずっと真顔で聞いている。そして、わずかに表情が変わる。どうやら、むすっとしているようだ。
「魔法を行使するには、論理とイマジネーションが必要です。ぼくは論理ならすべて叩き込んである。どんな魔法でも、展開できる。しかし魔法は、論理だけでは行使できないのです。イマジネーションの力が、必ず必要になる。これまで何人も手伝ってもらいましたが、失敗続きです」
「ピーター、頭いいんだ!」
「そうよ~シアちゃん、うちのピーティは普通に学生としても優秀なんだから」
「この制服の着こなしを見ればわかるわ。将来はイングランドを代表する紳士ね!」
「イマジネーションの力、って……それがなんで俺に……」
泣き言のつもりが、ティモシーのこのぼやきはあろうことかシアに大否定された。
「パパは気付いてないの!? あたし知ってるのよ、パパはとってもすごい作家だって!」
「え!? いや、本なんて書いたことないよ!?」
「違うわパパ。あたしが寝付けないときに読んでくれたフェアリーテールは、パパのオリジナルも入ってる!」
「!? 気付いて……」
すっかり読み聞かせ用の本を読み切ってしまったりだとか、ティモシーの方が眠くてたまらないとき。ティモシーの語る寝物語には、シアのためだけに即興で作り上げたものも多くあった。そういうオリジナル作品のときほどシアは眠らず、続きをせがんでくるものだった。ティモシーはすっかり頭を抱えてしまっている。
「パパのイマジネーションは素晴らしいのよ。あたしにはわかるの!」
「やはりあなたをバディに選んだのは間違いではなかったようですね。シアさんのようなお嬢さんの仰ることが嘘なはずがない」
「え、ああ、ありがとう……ええ!? でも、俺、そんないきなり言われても……!」
「大丈夫です。生活を脅かすようなことはさせません。素質があっても初心者に変わりはないですから」
ピーターはようやくマグを口に運び、適温になった紅茶を飲んだ。
「ちなみに、ぼくたちに与えられたミッションですが」
「ミッションがあるの? ますますかっこいいわ!」
「そうでしょう。伊達にエージェントを名乗ってはいません。ある魔法を復活させよとのミッションです。その魔法が、空を飛ぶ魔法」
シアがうっとりとした歓声をあげた。
「素敵、素敵ね……! 魔法で空を飛んだら、それはもう誰がどう見ても魔法使いよ! それに、ねえパパ! じゃあその魔法で、あたしのお迎えに来てくれる?」
「……空飛ぶ、魔法使い……」
あんな雑談が、もしかすれば叶うかもしれない。ティモシーは遠い昔、自分がなぜ本にかかわる仕事を選びたいと思ったのかを思い出す。見知ったケンジントンを舞台にした、空を自由に飛び回る、大人にならない少年。
「そうか、それできみは、ピーター……」
「エージェントですから、コードネームです。ちなみにジョンも。それに気付いたのなら、あなたのコードネームもすぐわかるのでは?」
「……え、もしかして」
すぐに考え付きはする。が、様々なツッコミが脳内を走り抜けてなかなか一つにまとめることができない。「そうきたらそうだろうけど!」「その流れはわかってあげられるけど!」「俺は金髪だ……」「でも髭のおじさんだぞ!?」「おまけに子持ちで独り身つまり男やもめだ!」「お願いシアちゃん気が付かないで」。一連の文が駆け抜けていったあと、シアのはしゃいだ声が響いた。
「パパにぴったりね! パパは『ティンカーベル』よ! 間違いないわ、パパのコードネームは『ティンカーベル』ね!?」
「これからよろしく、ティンク」
「おそらく微笑んでいるつもりらしい」とわかる程度には見慣れてきた鉄面皮で、ピーターが手を差し出してくる。シアの期待に満ちた瞳を振り切りきれず、ティモシーはその手を取った。
翌日も、例のアパートに親子は訪れた。もう少し詳しく組織の説明をするべきと、ピーターから呼ばれたのだ。昨日はなかったが、ホワイトボードが引っ張り出されていた。
「表札がDarlingの理由がわかってすっきりしたわ。じゃあ、ここって、ジョンのおうちなの?」
シアは学校で借りてきたばかりの「ピーターパン」の本を持って、ジョンに尋ねる。眼鏡くらいしか原典とは共通点のないジョンがコーヒー片手に答える。
「事務所って扱いなんだけど、世間には通りがいいように俺の偽名で借りてるんだ。ご近所ウケはいいよ」
「ジムショ……! 秘密の組織の、事務所……!」
「シアちゃんって反応良いから助かるなあ。このまま情緒豊かに健康に育ってもらってね、ティンク」
「育児書は友達、怖くないよ。それから、男の一人親のバイブルを知ってる?『ファインディング・ニモ』。これを観ずに男親はできない。特にうちは環境がそっくり! 妻とは死別して、子供はシア一人。俺がシアに頼り切りなのだけが違うところ」
「パパはマーリンよりはしっかりしてるし、ママは食べられちゃったわけじゃないわ。でもね、歯医者さんであれをつけなきゃいけないのだけは怖いって思う……」
「歯列矯正の器具かな? あー、俺も昔はつけたよ! あれの予防はね、いい歯医者を見つけて、ちゃんと定期的に検診に行くことだよ」
「やっぱりそうだよね。ありがとうジョン、歯科検診、覚えておくよ」
雑談をしているうちに、一切参加していなかったピーターがホワイトボードを書き上げた。文字でビッチリ埋まっているが、ところどころにカラーペンが使われており、非常に見やすい板書に仕上がっている。頭のいいひとのノート、と言われて真っ先に思いつくようなデザインだ。そして振り向いてたずねる。
「……『ファインディング・ニモ』というのは?」
「え!? 嘘、知らない!? 結構有名なアニメ映画じゃない!」
「アニメで、映画ですか……それは、知らないはずですね。ぼくの家、厳しいので。テレビはBBCしか見たことありません」
「じゃあ、ピーターは、BGTも見たことないの……?」
ここへきて初めて、シアが悲しそうな声を出した。ティモシーはそっとシアの肩を抱いて寄り添う。
「ないです。でも、どんなものかくらいは知っていますよ」
「……じゃあ、今度、あたしたちのおうちに来たらいいわ! テレビも映画も、たくさん見ましょう!」
「それは……あなたたちに迷惑じゃ」
「いいや、そんなことないよ。いつでもおいで、ピーティ。歓迎する」
やや食い気味に否定したティモシーが、珍しく強い語気で言い切った。まっすぐに、ピーターから目を逸らすこともない。
「だってさ、ピーティ。事務所に入り浸るのもいいけど、ティンクの家でピーティ自身のイマジネーションも成長させてあげたらいいよ。ね? ティンク」
「うん、任せて。自慢じゃないけど俺なら『ブリティッシュ・ベイクオフ』も『ソーイング・ビー』もディズニー映画も一人で再現できちゃうからね」
「『ソーイング・ビー』も!?」
「……『ソーイング・ビー』というのは?」
しばらく静寂が訪れる。BBC系列ならわかるだろうと思って話題に出したティモシーが受けているショックは、特に顕著に顔に出ている。集中する視線から目を逸らし、ピーターは指し棒をビッと伸ばした。
「……財団の、詳細を……」
「あっ! すっかり雑談になってた。ごめんピーター」
「いえ、真面目に聞いてくださる姿勢があるだけ素晴らしいです。まずは財団についてですね」
学生というよりは准教授のような佇まいで、ピーターはボードを指し棒で小突いた。
「財団の目的については昨日お話した通りです。人間界における魔法の復興と、その魔法をもたらした『魔法界』との交流再開。十六世紀の英国に、ジョン・ディーという錬金術師がおり、財団は彼によって設立され、現在もディー家の当主であるジャニス様が代表を務めています。つまり、ぼくたちの直属の上司にあたります。世界中に支部があり、ぼくたちはケンジントン支部。英国内唯一の支部です。近隣でいうと、フランスにパリ支部と、デンマークにコペンハーゲン支部がありますね。それぞれに二人のエージェントと一人の営業がおり、さらに、エリアを管轄する営業部長がおります。エリア長と呼ぶことの方が多いですね。ちなみにヨーロッパのエリア長はオックスフォードに常駐していますよ」
「世界、っていうくらいだし、活動規模は大きいんだね。巨大企業だ」
「ええ、そういうことになります。特殊なのは日本ですね。なんでも異様にエージェント候補が多いらしく、また、悪霊の発生件数も多いそうです。日本は都道府県という行政単位があり総数は四十七ですが、それらすべてに一つずつ支部が置かれています。営業の配置数も、エリア長の数も、財団一多いです。では次、悪霊についての説明もしなくては。質問は?」
昨日のように手こそ挙げないが、シアがぽつんと「すごいわ」と呟いた。
「学校の先生みたい。いいえ、先生よりも、説明が上手だわ。ピーター、すごい!」
「そうですか? お褒めいただきありがとうございます、シアさん」
「うん! その調子でほかのことも聞きたいわ。教えて!」
ピーターは得意げになるなどはなく、そのままボードに向き直った。わずかに目線が泳いでいたことを、ティモシーは見逃さない。
「まず……。何故ぼくたちエージェントが魔法を取り戻さなくてはならないのか、という点からです。人間界には、財団の呼称に則って言うと『悪霊』という存在がいます。これは、地球上のどの宗教や宗派、呪術とも結びつかない、特殊な超常的存在です。財団の公式見解では、『人間の生気や気性に触れ、それらの多くが落ち込んでいる際には追撃するように悪意を放つもの』です。エージェント以外には視えず、倒せません。逆に、視えることはエージェントの素質の証明でもあります。ほかの宗教的観念や呪術とつながらないため、現状、人間にこれらの排除は不可能。しかしながら、ぼくたちが復興させる魔法こそ、これら悪霊を排除する唯一の力なのです。ゆえに、エージェントたちは日々、ミッションに対して真剣に挑んでいるのです」
「パパ、悪霊、視える?」
黙り込んでしまったティモシーの顔を、シアがずいっと覗き込んだ。いまにも泣きそうに見えたのだ。
「……視えるよ。ずっと言えなかった。シアを怖がらせちゃうからね」
「あたし、もう怖くないわ。だっていま、聞いたもの」
「ありがとう。そうか……あれは悪霊ってやつだったのか。うん。俺にも魔法復興に力を貸す理由ができたよ。ようやく、ちゃんとね」
へらりと笑うが、無理をしていることは明白だ。しかし、その目の奥に、覚悟らしきものがはっきりあるのも、確かなことだった。
「それにしても、魔法を伝えてくれたっていうその、魔法界? って、どんなところなのかね。ネバーランドみたい?」
「ああ、それね。営業って財団に雇われると最初に研修を受けてそこで配属先を言われるんだけどさ。俺ジャニス様から直接話聞かされてるんだよね。治安最悪らしいよ。超学歴社会なんだと」
「どうして? 魔法界っていうくらいだから、きっとみんな魔法使いなんでしょ? なのに、危ないところなの? それに、ガクレキシャカイって何?」
「頭いい子が絶対えらいってルールで世界が動いてるってこと。足が速い子でも楽器が上手な子でもなくって、頭のいい子だけがえらいの。やだね~俺はお断りだね」
「そんなあ。それってなんだか、つまらないわ」
ジョンは悪気なくさらりと言ってのけた。いつもここでピーターが言いよどむのを知っているのだ。自分自身も学歴社会に身を置いているせいで、魔法界には少なからず思うところがあるのだろう。
「でもそこと交流しないとならないんだな。うーん……まあ、復興させようとしてる魔法がそこ由来なら仕方ないかあ……。それに、再開ってことは、昔は普通に交流があったの? なんでまた、なくなったりしちゃったの」
「かつてはティンクの言う通り、魔法界とは定期的に交流があったそうです。定期的といっても、かなり大雑把な期間ですが。それらの交流の中で、魔法界からは悪霊に対抗できる魔法を、人間界からは当時の文化とをやり取りしたそうです。ただ、六百年ほど前を機に、魔法界からの来訪が一方的に途絶えています。そもそも人間界から魔法界へのアクセスは持っていなかったので、再開を訴えかけることもできないのです」
「そりゃまた、ずいぶん、一方的だねえ。いま途絶えちゃってるってことは、魔法を使うには何か特別な、たぶん魔法界由来のパワーが必要なんじゃない? それを、イマジネーションの力だけで再構築ってことでしょ。実際どうなんだい? そんなことできるひと、いるの?」
そこまで聞いてから、ティモシーは「マズいかも」という顔になった。ピーターが、誰が見てもわかるほどに不機嫌な顔になったのだ。ここへきて初めて、「なった」とわかるほどの表情の変化を起こしたのだった。
「……あー、えっと……」
「ありますよ。ていうか、ケンジントン支部以外の支部は、二つ以上の魔法を行使できます」
「この間パリ支部に先を越されたから機嫌悪いんだよねー。まあまあピーティ! パリの連中は確かにアレだけど、それを言うなら日本はもとから規格外の連中しかいないんだから、張り合うだけ無駄だって!」
「張り合ってません。でも、どうして同じような島国で、日本はこうも違うのかと……研究が思うように進まないので、少々……」
「いやー日本は魔境だよ! だってあんなにホラー作品の多い国、他にはないって! もうね、国民性なんだよ! ほーんと、ヤバい国だよねー」
「パリ支部に先を越された」というのを聞き、ティモシーもシアも顔を強張らせたが、聞けば聞くほど深まる日本各地の支部の謎に、次第に興味が移る。ジョンの口ぶりの影響もあるだろうか。
「大丈夫だよ。ジャニス様、焦らなくていいって言ってたし。ピーティがかなり努力してるってのは、俺が伝えてるからね。やー、それにしても日本はヤバいよ。一回だけ旅行で行ったことあるけど、電車のヤバさといったらないね! 旅行自体はすごくいい思い出だけど、もう二度とあの満員電車ってのには乗りたくないよ!」
「乗りたくない電車? 怖いの?」
「怖いなんてモンじゃないぜ。もう二度と御免だね。時間通りに来るのはすごいと思うけど、来る電車ぜーんぶ『これ以上乗っちゃダメだろ』みたいな乗り方してるんだぜ。デカい荷物なんざ持って乗ろうとしようもんなら……うう、忘れらんないね、あの冷たい視線……日本人は声に出して文句を言わないけど、口以上に目で話すんだ。ありゃもう全員エージェント候補と言っても過言じゃないね」
「……日本の、ディズニー……」
憧れの旅先だったが、シアは少し考えてしまっているようだ。新聞や書籍でその光景を見たことのあるティモシーは苦笑いするしかなかった。
「ちょっとはぐらかしたけどさ、そんでもうちの支部が出遅れちゃってるってのは、事実。まだ一つも魔法を取り戻せてない。空を飛ぶ魔法は、取り戻せばすぐに使い勝手がある。大事な魔法だ。だから二人とも、早速頑張るぞ!」
ジョンが快活にガッツポーズを取る。ティモシーは控えめにそれに倣ったが、数日後に訪れる惨事を知らないがゆえにできた行動だったと後に語る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます