第18話 名誉の盾と、命の歌 その1

月も星も隠された、厚い雲の夜だった。

霧が森の奥を満たし、音までも覆い隠してゆく。


 


かつて人が暮らしていたはずの小さな集落――

今は朽ちかけた建物が霧に沈み、森に呑まれかけた廃村。


 


そこを、マーヤたち警護団は静かに取り囲んでいた。


 


廃村の広場近くにある小屋に、百二十名もの人質が囚われている。

女、子供、老人。パニックが起きれば、収拾はつかない。


 


――最優先目標は、小屋の制圧と人質の保護。


 


敵の数は、およそ六十名。

革鎧やチェーンメイルを身につけた、軽装から中装の兵で構成されていた。


 


いずれも重装ではない。機動力重視の編成。

ゼルトリア帝国から遠征してきた奴隷狩り集団であることを示していた。


 


対するマーヤたち警護団は二十名。

だが、ただの二十ではない。


 


彼らは、この霧深い入り組んだ地形にあわせて編成し、訓練された精鋭部隊だった。

そして、あえて人数の割に兵には重装備を多めに準備させた。


 


狭い谷間、足場の悪い廃村、視界の悪さ――

この状況では、機動力よりも防御力と突破力が活きる。


 


厚い盾とハルバードを構えた重装兵が“動かぬ壁”となる。

敵の進行を食い止め、人質を守り抜くための、防衛の楔。


 

この地形、この装備、この布陣なら――

二十が百にも抗える。

 


――通常の奴隷狩りであれば、だ。


 


しかし今回の敵には、異質な気配があった。

報告には、明らかに傭兵の枠を越えた練度の者が混じっているという。


 


動きの整い、装備の統一感、そして指揮系統の明確さ。

もしかすると――ゼルトリア帝国の正規兵が紛れているのではないか。


 


証拠はない。

だが、もしそれが事実ならば、

この集団はただの奴隷狩りではない。


 


政治的意図を孕んだ、“戦術行動”としての侵入だ。


 


正規兵の強さは、装備では測れない。

統制された動き、連携の鋭さ、精神の安定と覚悟。


 それは鋼で編まれた“意志”のように、戦場を貫く強さだった。


 


 


森を渡る霧の中、マーヤはそっと音叉を打ち、低く歌を紡ぐ。


 


「我らの声 打ち鳴らせ――大地に火を、《ヴァレラン》」


 


低く震えるような共鳴が、大地を伝って味方に広がる。

目に見えない力が、仲間の筋肉を、心を、静かに燃え上がらせる。


 


続けて、テンポを落としながら唱える。


 


「沈黙の帳を下ろせ……祈りの声だけを残して……《シレンティア》」


 


空気が変わった。

草を踏む音も、甲冑の擦れる音も、まるで世界から消え失せたかのようだ。


 


この魔法は、本来は教会で祈りを妨げないための神韻。

だが今は、音なき殺意の帳となって、廃村に張り詰める。



愛すべき領民、家族を殺し、連れ去り、奴隷として苦しめようとする下衆どもが目の前にいる。


警護団の胸に宿る使命感が、抑えきれぬ殺意と共に燃え上がる。



マーヤが歌うように、しかし冷徹に命じる。




――静かに、殺せ。

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