グレイヴェルンの音楽魔法使い〜アニソン作曲家が旋律で魔法を創る異世界冒険譚〜

ピタ

第一章 はじまりの音

第1話 迷い始める旋律

それは、坂本凛人さかもとりんとがこの世界に来てから、最も過酷な夜だった。


「もっと速度を上げられないのか!?」


凛人は、馬を操る少年の背にしがみつきながら叫んだ。


森の夜道、蹄の音と冷たい風が入り混じる。


「無理だって! 転んだら終わりだ!」


「でも……嫌な予感がする。もうすぐだろ、その廃村!」


森を抜けた先は──


焚き火の灯り、金属音、怒号──

空気が、一瞬で戦場のそれに変わった。


敵兵に押され、劣勢に立たされている警護団。


その向こうには、仲間に支えられながら戦列を離脱する少女の姿があった。


「マーヤ……!」


凛人は迷わず馬を飛び降りた。


「行っちゃダメだ! 死んじゃう!リント!!」


少年の怯えきった叫びを背に、凛人は走る。

心臓が爆発しそうなのに、不思議と足は軽い。


 


敵兵の数は圧倒的。

それでも凛人はマーヤの元ではなく、敵陣の側面へ向かった。


 


(これはライブだ──

 誰にも期待されなかった、あの頃のステージと同じだ)


 


胸元の音叉おんさを握る。

音を媒介にして魔法を発動する力──“神韻魔法”。


喉は乾いていたが、凛人は静かに歌い出す。


 


「迷い始める……」



光の粒が腕を包み、空中を舞いながら紋様を描いていく。

その旋律が空気を震わせ、敵兵たちの耳へと静かに忍び込んだ。



「……あれ?」「何してたんだっけ?」


 

一瞬前まで怒りと愉悦に顔を歪めていた敵兵たちが、次々と動きを止める。

呆けたような表情のまま、ただその場に立ち尽くす。


繋がれていた馬が暴れ出した。

敵陣が、徐々に崩れ始める──。



「今だ!! 押せ!」


警護団の仲間たちの声が戦場を突き動かす。


凛人の歌が、戦況を変えた。


 


──マーヤを助けるために

凛人は、敵陣を迂回し少女の元へと駆ける。


(まだ──終わらせない)


 


── この戦いに至るまでには、少しだけ時間を巻き戻す必要がある。

話は、凛人が“こちらの世界”に来たときから始まる──


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