第26話 まるで理性を試されているような※

声が聞こえた気がして、フォートが振り向くと。


アリセアが倒れる寸前だった。




「……アリセア?」




戸惑いよりも早く、彼女の身体を支えていた。




その小さな身体が腕の中で崩れ落ちる。




頭を打つ寸前でなんとか抱きとめた。




「おい、アリセア!」




膝をつきながら彼女の名を呼ぶ。


その頬は蒼白に染まり、けれど体は異様に熱を帯びていた。


呼吸が浅く、苦しげに震える肩。




「はっ、……っ……あ」




震える指先が、無意識にフォートの袖をぎゅっと掴む。


力の入らないその手からは、かすかな熱と、誰かに縋りたいという切実な想いが伝わってくる。




その仕草に、フォートの胸が、締めつけられた。




「魔力暴走……」




彼女の小さなうめき声に、




フォートは、どこかでこうなる予感はしていた。




今日の演習訓練は、通常よりも負荷があるものだ。


森の中を歩くことに加え、いつもより集中力がいる索敵。


……無理をしていないわけが無いのだ。


何度も魔力を使うことは、健康な状態でもキツイ。




それを……。




この華奢な身体で、しかも、『この状態の魔力』で行使していたのだから、魔力が揺らぎ、器に負荷がかかって当然だろう。




このままでは、体の内側から魔力で焼け尽くされてしまう。






本来、こういう時の対処法は、特殊な魔道具で魔力の調整を行い、うまく循環させて落ち着かせるのが1番だが……。




そんな特殊なものは……。




「……ここにはない」






しかも、この症状の強さ。


ただ事ではない。




学園に連れ戻すか?


だが今すぐに対処できるとは限らない。




腕の中で、汗をかいてぐったりとするアリセア。


その姿に、焦燥だけが募っていく。






「アリセア嬢、ごめん、触れるな?」






無意識に眉をひそめ、深呼吸をする。




意識を失ったアリセアの同意はもちろん無かったが、彼女の左手を取り、魔力を"鑑定”する。




"あの時”、し損なった事。




彼女の体内にある魔力を見定めるのだ。


意識を失ってしまったから、長い間こうして遠慮なくふれられたのだが。




……やはり。




「暴れてる」






本来彼女が、持つ、穏やかさと静けさがある魔力とは違い、蛇のように荒れ狂っている魔力が"視えた”。




やはり、こいつが、原因か。






「やっぱり、あの時倒しておくんだったか」




一瞬、あの日の図書館での事が思い起こされ眉をしかめる。


フォートは1人眉を顰めると、腕の中のアリセアをしっかりと、抱え直す。




「アリセアは、許してくれるといいけど……ごめんな、勝手に」




諦めともつかない声でそう呟き、フォートは深く息を吐いた。




そして、静かに彼女の顎に手を添え……。




そっと、唇を重ねた。








彼女の体が一瞬。




熱に、浮かされたせいか、小さく跳ねる。




「んんっ、…………ふっ……」




魔力暴走の熱で苦しいのか、小さく呻く彼女に。






「すぐ、終わらせるから、アリセア……」




このキスに、甘さなどない。


ただ、彼女を救いたい、それだけのための行為。














ーーの、はずだったのに。




彼女の持つ魔力に自分の力を重ね、静めるように、押さえ込むように制圧していく。




「あ…………」




だが、途中から彼女の声に甘さがでて来て……。


フォートの心がひどくざわめく。




まるで、理性を試されるような柔らかな唇の感触だった。




「んっ………、………」


小さく漏れる声に、思わず動きが止まりそうになる。




フォートの力が流れ込むたび、アリセアの身体から荒れ狂う魔力がすっと引いていく。




眉間に寄せていた皺がほどけ、彼女の表情は少しずつ安らぎを取り戻し……。




頬がほんのり赤く染まり、穏やかな吐息が、唇の隙間から漏れた。






(……落ち着け、俺は今、救ってるだけだ)




自分に言い聞かせる。




だが、彼女の声が、呼吸が、肌の温度が……。




「っ……く、……アリセア……」




もう一度、唇を重ねる。




今度は、深く。




より強く魔力を重ねるため。




甘さを帯びた彼女の吐息が、フォートの耳に絡みつく。




柔らかな唇の感触に、心がざわついたが。




それと同時に……。




アリセアのこの魔力……いや、“彼女自身”……。




どこか懐かしい感覚に陥った。




言葉にできない既視感が、胸の奥をじわりと満たしていく。






考えながらも、彼はアリセアの暴走する魔力を丁寧に包み込むように制御していった。




「んんっ……」






しばらく立つと、彼女の魔力は完全に落ち着き、彼女自身の身体からも、力が抜けて、穏やか表情になった。




「はっ……ここまでくれば、もう、いいだろう」




唇を離した後。




しかし、それは無意識の行動だった。




そっと額を重ねながら、呟くように。




「……どうして、こんなに……」


色んな感情が込み上げてきて、言葉につまる。








しばらくして、フォートはハッと我に返る。




思わず、天を仰いだ。




(何やってんだ俺……ごめんアリセア)




それにしても……。




さっきの懐かしさは一体ーー。




フォートは瞼を伏せ、意識の深層へ沈んだ。




その中で、何かがゆっくりと結びつくような感覚があってーー。




(……まさか……)




さらに衝撃的な事に、気がついてしまったのだった。




「まじかよ……」




先程思考していた"答え”にいきついて、フォートは言葉を失った。




「アリセア……」




切ない顔のフォートに、アリセアは気が付かない。




声が、手が、無意識に震える。




静かな寝息を立てる彼女を見て、


ようやく安堵したかと思えば、


その安心すらも切なさへと変わっていく。




今度は世界が巻き戻ったかのような感覚に陥った。




……鼓動が、跳ねた。




この感触、このぬくもり。




知らないはずのものなのに、忘れられなかったもの。




「大切な……」




そこまで考え、瞑目する。






……長いため息が、思わずこぼれた。




(いや……今は考えるな)








……それにしても。




これがバレたら打首確定か?




……冷や汗が頬を伝う。






でも。




「頑張ったな、アリセア」




安堵と戸惑いの入り混じった笑みを浮かべながら、彼は震える指でそっとアリセアの頬に触れた。






彼女の命を救えた喜びと、……確かな罪悪感。




触れてしまった唇の感触が、忘れられない。




「ほんと、どこまで俺を振り回せば気がすむんだよ……アリセア」




フォートは、彼女が意識を取り戻すまで、静かに付き添うことにした。

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