第6話 僕が決める時間の価値
数学なんて必要ない6
僕は気づいている。実はあの鬼はHR以外では生徒の意見もしっかり聞いてくれ、ノリもいい最高な先生である事に。悔しいがたぶん当たりと言われる先生だ。HR以外では。
「今週は部活は必要かを話してもらう。この結果によって部活が必要ないとなったらこのクラスは学業優先で動く事になる。当然だがな。」
なんてことをHRで言い出さなければ最高なんだ。ええ。こんなことを言い出さなければ。
「ちょっと待ってください!そんなのおかしいです!」
そう大きな声を上げたのは内田桜。足が早く小学校陸上競技大会とかいう地獄みたいなイベントを記録更新とかいう僕には理解できない功績を成した子だ。
「お。何がおかしい。」
あの鬼の腹立つニヤニヤ笑い。本当は別人なんじゃないかと疑いを覚える。
「部活だって大事な中学の活動です!」
「そうだな。だから部活に入る入らないは個人に任せるが、部活参加を任意にしたり、学校行事がある際にクラスの予定と部活の予定が被ったらクラス優先にしてもらうくらいだ。」
「そんなの変です!」
正直入学前から先輩と仲良くなり部活に既に参加している内田からしたら最悪な話だろう。
「代わりに部活が必要になったらこのクラスは入部必須とする。」
それに目を剥いた奴らも僅かだがいるようだ。これは4人に選ばれたら地獄だぞ。俺は気配を消し大きくない体を縮こめた。
「大丈夫。勝てばいい。そうだな…部活賛成は立候補みたいなもんだし内田で、部活反対は飯田。書記は今井。決定者は…杉山。」
さて。僕の名前ってなんだったっけ。うん。僕の名前は…。
「え。なんで?」
「1番どっちでもいいと思ってそうだからだ。」
当たっている。元々部活には入る気があったが別に積極的に参加したいわけではない。どうしよう。怖い。
「とりあえず今の段階で、内田と飯田は話し合いをしてくれ。」
僕の睨む目をニヤニヤで返し鬼は目を外した。
「私は、部活は大切だと思います。ちゃんと理由もあります。私は、既に陸上部の練習に参加し毎日走ってるんですけど、そこで“頑張る意味”とか見つけられたからです。勉強だけじゃ、そういうの見つけられないと思います。」
「別に、頑張る意味は人それぞれ。部活だけが、それを見つける方法じゃない。…俺は学校終わったら、格闘技ジム行ってる。中学に部活はあるけど、別に学校でやる必ある?コーチだって外部の方が充実してるし全体のレベルも高い。」
確かにガッチリした体型に見える。
「う…そ、それは確かに。でも、全員が外部チームに参加できるわけじゃないし。部活があることで、“自分の好き”に気づける人も、いると思う。やってみなきゃ、分からないこともあるから。」
「俺も、部活やってた時あったよ。小学校の時、サッカー。でも、合わなかった。騒がしいし、別に上手くもない部長が言うこと聞けってうるさくて。練習も意味あるのか分からなくて、辞めた。別に“嫌い”ってだけじゃなくて、“合わなかった”んだよ。」
たしかに。専門的なスクールで教わるのと部活の顧問になった素人の教員だったら前者の方が価値あるよな。でも金銭や環境に左右されるのは前回の白石さんとの討論と同じだ。
「凄い、サッカーも…やってたんだ。…でも、それって…“部活そのもの”じゃなくて、“そのチーム”が合わなかったんじゃないかな。中学はまた違うかもしれないし……最初から諦めるの、もったいないって思っちゃう。」
もったいないってのはなんか違う気がした。だってそれは飯田くんの選択だ。
「諦めたんじゃなくて、選んだだけ。…自分が向いてる場所、わざわざ苦手なとこに行かなくてもいいだろ。学校の部活って、“なんとなく全員入れ”って空気あるけど、それが嫌なんだよ。」
それに当たり前に流されてる僕はどうしようか。これ僕が決定すんの?
「うちも、最初は別に陸上が好きだったわけじゃない。でも…試合で負けて、泣いたとき、先輩が“また一緒に頑張ろ”って言ってくれて、それで“続けたい”って思えたんです。…それって、切磋琢磨する学校の中だから起きたことだよ?」
「……そういうの、いいなって思うけど……俺は、一人の方が楽だし、今の場所が自分には合ってる。それを“逃げ”って言われたら、なんか悔しい。」
「逃げてるなんて、思ってない。でも…もし“誰かとやってみたい”って気持ち、ちょっとでもあるなら…学校の部活、そういう場になるかもしれない。そう思ったから、私は“部活は、必要”という立場です。」
「俺は、やっぱり“必要ない”って思う。自分の場所は、自分で選ぶ。強制されることではない。」
アラームが鳴る。視線が集まる。どうしよう。今から転校ってできないのかな。
「杉山。どう思った。」
「内田さんの熱量は感じました。練習とか走ることとか、そういうのが本当に好きなんだって、伝わってきた。飯田くんは逆に、言葉少なだけど、ちゃんと筋は通ってて、サボりとかじゃないって感じ。自分のやりたいことが明確にある人なんだなって、思った。二人とも、自分の“時間の使い方”に本気だったんだと思う。ただの「部活いる・いらない」じゃなくて、どこに気持ちをかけてるかのぶつかり合いでした。先週白石さんと竹内くんが話してた環境の差と同じだと思いました。」
怖い。これ決定きつい。名前変える?学校変える?
「だな。もう少し明日深掘りしていければいいな。今回の結果は君らの生活に大きく影響を与える事になると思うので好きな方を応援してくれて構わない。ただ、あくまで決定は杉山で、ディベート内容で決定してもらうからそのつもりで。」
今井さんに提出を促してから鬼は教室を去った。僕は視線に耐えきれず慌ててトイレへと逃げ込む事にした。
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【ディベート記録レポート】
テーマ:「部活は必要か?」
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■ 概要
本ディベートの結果により、クラス方針(部活必須 or 学業優先)が決定される。
形式:1対1ディベート
賛成(内田):部活は必要
反対(飯田):部活は不要
判断者:杉山
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■ 主張
賛成(内田):「部活は努力や仲間との出会いから“頑張る意味”を見つける場。やってみなければ分からない可能性がある」
反対(飯田):「自分に合わない環境に無理に入る必要はない。外部ジムなど自己選択の方が質も高く、自由がある」
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■ 主な対立軸
成長:学校内の部活で得る vs 自分で選ぶ外の場で得る
強制性:皆でやるべき vs 合わない人もいる 平等性:誰でも参加できる場を保障 vs 環境・資源の格差
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■ 杉山の判断コメント(要約)
「どちらも“時間の使い方”に本気だった。単なる部活論ではなく、自分の選択や価値観をどう守るかの議論だった。」
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■ 所感(今井)
論理的には飯田の主張が明快だが、内田の実体験と情熱も説得力あり。
“部活の意義”だけでなく“選択の自由”が問われたディベートだった。
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提出者:今井瑞希(1年B組)
提出日:2025年4月14日
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