第19話 親友の本音

 7月に入り、うだるような暑さが続く毎日。


 今日はお店が休みなので、銀行で用をすませつつ、美冬の家にケーキのお代を納めに来た。

 暑いから上がっていけとの言葉に甘え、美冬の部屋にお邪魔する。


 相変わらずのさっぱりとした部屋に多少の居心地の悪さを感じてしまう。隣のオタ部屋のほうが興味あるんだけどな。


 美冬の部屋は一つの大きな部屋をふすまで仕切ってある。

 片方は趣味のオタ部屋で、もう片方はシンプルな来客用の部屋。

 薄い水色のラグが敷いてあり、真っ白なテーブルにベージュの厚みのあるクッションを座布団代わりにしていた。

 女の子の部屋らしい甘酸っぱい香りに、美冬も女子なんだなと今更気づく。


 キンと冷えたアイスコーヒーを戴きつつ、ここしばらくの出来事を話す。正直俺はちょっと得意げだった。

 めっちゃ美人な澪さんと何かと親密になったことを自慢したい気持ちでいっぱいだったんだ。


「――って言うわけなんだよ美冬。何かいいアイディアないかな」


「ねえよバカ!」


 そう言って俺を足蹴にする親友の美冬。


「つうかふざけんなバカ! うちに来て早々なに? お惚気? 夜のプレイの話なんか聞かせんなこのバカー!」


 ここ最近の俺と澪さんの状況を説明したんだけど、どうも逆鱗に触れたらしい。まあ美冬はおぼこだろうからな。大人な付き合いの話は早かったかな。


「いや、聞きたいのはさ、デートのプランなんだけどな。ほら、お店もいくらか売上伸びてきたし、俺と澪さんの付き合いも進展したようなしてないような」


 人を殺せそうな視線を放つ美冬に、内心ビクビクしっぱなしだ。


「……はぁ。そうだねえ、あーしなら湊みたいなクソザコちびになんか見向きもしないけどね。澪さんに構ってもらえてよかったね」


 いつになくキレッキレな態度の美冬。けんもほろろなその言葉に、俺も怒るよりも自分の言った言葉を思い起こして反省する……。


 ちょっと浮かれすぎてたかな……。

 なんか惨めになってきた。

 美冬に悪い事しちゃったな。

 うぅ……。


「だあああ! 泣くなバカ! ったく、悪かったよ。……言い過ぎた。澪さんとデートのプランだったよね……水族館がいいんじゃないかな。魚見て、魚食べて、夜はベッドで魚になるの」


「美冬、お前あんまり頭使ってないだろ?」


「うっせ、ばーか! あーしだってそんなデートしたことないんだから分かるわけ無いだろ!」


「そうなのか? 専門学校ではあんなにモテてたのに」


 意外だった。美冬は性格はともかく、見た目だけはかなり綺麗だったから。


 ぶすっとして頬杖ついたまま、どんよりした眼差しで俺を見つめる美冬。


「……彼氏作るより、あんたとコスやってたほうが楽しかったからね」


 そう言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。

 やっぱり機嫌悪いなあ……今日はそういう日なのかな?


 どうにも居心地が悪くなり、部屋をきょろきょろと眺めてしまう。


「ああ! もう、あーしらしくないな……」


 そういって頭をかいて突然俺のすぐ横に座ってくる。

 急に距離を詰めてきたもんだから俺は思わずのけぞってしまった。

 ひっくり返りそうになって踏ん張った俺を美冬がとん、と軽く肩を叩く。バランスを崩して勢いよく倒れそうになるところを美冬が後頭部をキャッチし、そっと床に寝かせる。

 ようするに押し倒されたような格好になってしまった。


「あ、美冬……悪い」


 頭を抱えられたまま横になったので、美冬と添い寝の状態だ。

 すぐに起き上がろうとするものの、頭を抱えられてるので動けない。


 そのまま美冬は俺の胸に顔を埋める。


「なにしてんの……」


「湊吸い……」


 胸元が美冬の吐息でしっとりと熱くなってくるのを感じる。

 突然の距離の詰め方に動揺したけど、これって一体……。


 すぐに離れるかと思ったけど、かれこれ10分は経っただろうか。

 離れるものかという強い意思を感じる。


「美冬……もしかして、俺のこと好きなの?」


「この状況でそんなふうに聞くかあ? ばかあ……」


 俺は何も言い返せず、じっとされるがままになっていた。

 さらに時間が過ぎた。――そのまま美冬はすうすうと寝息を立てていた。

 

 そっと起き上がり、膝枕の体勢を取る。なんとなく床面に寝かせるのは悪いと思ったから。

 

 その寝顔はとても可愛くて、さっきまで憎まれ口を叩いていた彼女と同一人物とは思えないほど。


 美冬は気のおけない友だちだ。

 異性としてとか考えたことも全くないわけじゃない。ただ、美冬の友達との会話の件も、ある種トラウマに感じてた。

 それからは美冬の事は男友達と思うようにしていたんだ。


 もし、ホントに俺のことが好きだったのなら……。

 ――想い人が来て早々、赤裸々な惚気話を延々と聞かされた訳か。

 何だその地獄は。美冬の態度にも大いに頷ける……。


 今はお店のことでも、とても助けられている。恩義ある、数少ない大切な友人の彼女を思いっきり傷つけてしまったのか……。


 なんて情けない……。


「ん……」


 美冬が目を覚ました。俺の顔をみてギョッとしてる。


「寝ちゃったんだ。悪い……って、なんて顔してんのよ……」


 いつの間にか頬を伝っていた雫が美冬の顔に当たり、起こしてしまったようだ。


「美冬ぅ……俺、ごめん……。ごめんよぉ……」


「ったく、そんな顔すんなし……あーしも素直じゃなかったからね。良いよ、たまに吸わせてくれりゃさ」


「なんだよそれ……俺はやっぱりペットなのかよ」


 涙声で文句を言う俺に、美冬はけらけらと笑っている。


「そうだよ、湊はあーしの可愛いペットだ。今は澪さんに預けとこう。どうせすぐに捨てられるから……。そしたらあーしが拾ってあげる。今度は逃げられないようにしっかり躾けして……一緒に散歩して……うぅ……」


 すすり泣く美冬にどんな言葉をかけていいのか分からず、俺はその頭をそっと撫でることしか出来なかった。


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