56話【グッナイト】

ジョゼさんから一晩泊めて頂けるとお言葉を頂き各々は客室へとされ案内される。ジョゼさんのご自宅は30人くらいは住めるんじゃないかと疑う程の部屋の数だった。それに比べてリビングはそう広くないから来客用だけの部屋を用意して間取りを設計しているのだろう。だけどここまで部屋数が必要なのかどうか怪しい。別の用途を考えていると思うのが妥当だろう。間取りの設計とはそういう物だと勝手に思い込んでいる。前世で所属していた裏組織は表向きは建築業や不動産を生業としていた。あたしはその仕事には無関係だったが知り合いに設計士が居てそんな事を言っていたから勝手に決めつけている節がある。お客さんの想いを汲み取って打ち合わせを進めるのだそうだ。裏組織が想いをってどこの口が言ってんだと当時は思ったがジョゼさんのご自宅を見て今更考えを改める。知り合いよ。当時はすまなかった。


皆客室へ案内されたがその後の行動は様々だった。レーヴンさんはジョゼさんとの一件を帳消しにしたいらしくリビングで晩酌に付き合っている。アシュラさんは何も言わずに外へと出て行った。リビングで外を眺めていたから何か気になる物でも見つけたのかな…? あたしはまだアシュラさんと向き合うにはまだ時間が必要だから何処に向かうのかは聞かなかった。そしてアシュラさんは街灯の少ない深夜の暗闇の中へと消えていった。


ここで本題なのだが、ナミさんは案内された客室で休息を取るのでもなくあたしの部屋で今も部屋に置いてある床に座ったら丁度いい高さの机に向かい合う形であたしとナミさんは座って相対している。


あたしはトウマ家族の話を聞いて頭が疲弊している事もあって風呂の事を聞くのも面倒になりすぐに寝ようと画策していた。寝巻きはあたしのサイズの物はないそうだから風呂に入るのもなって気分だったし。だからすぐにベッド様が発している誘惑を断らなかった。今日はすぐに寝て頭をすっきりさせる。そう思っていた。だけどあたしの部屋の扉をノックする音が聞こえて開けたらナミさんがそこにいた。何でも相談したい事があると。そして取り敢えず部屋の中に入れてお互いクッションを敷いて座り、あたしはこう言った。単刀直入に言った。何故あたしなのかと。


「相談を受けるのは構わないのですけどあたしだと役不足だと思いますけど。内容はわからないですけど」

「そんな事ないです。ユーリィ様の一件があったじゃないですか。役不足なんてそんな思いません」

「そうですかね…。それで内容は何ですか? マリエッタさんの事ですか? それともお風呂の事ですか?」


あたしは真っ先に思った事とあたしが面倒臭くて断念した事の二つのどっちかと選択肢を与えた。聞く側が選択肢を与えるのは違うのではと思うけど、それくらい今のあたしは疲れていた。頭はパンク状態だ。ナミさんは何かに耐えるような震えた表情を見せて前者がそうだと肯定した。


「はい。マリエッタの事です。ジョゼさんがお話をされていた件がどうしても引っかかって」

「ほえ? 何に引っかかったんです?」


ナミさんがあの話で思う所があったなんて思いもしなかったからあたしは間抜けな声でビックリしてしまう。彼女は声音にも恐々とした感情を忍ばせながら続きを話す。


「アイカさんという方が子供好きで明るかったって仰っていましたがマリエッタも同じだなと思って似ていると思ったんです」

「雰囲気からしてもマリエッタさんお好きそうですよね。丸くて優しい印象というか」

「そうですね。マリエッタは類を見ない優しさを他者へと向けます。子供には特にですけど」

「どのくらいなんですか? なんか例を挙げてくれると」


あたしはもう頭の回転が落ちていて分かり易い説明を求める。ナミさんは過去を思い出すように視線を泳がせながらマリエッタさんの過去を語る。


「そうですね…。彼女はライラに居て長いのですがよく孤児院に目を配っていたんです。その子供が行方不明になってマリエッタがその子の良く行く場所を知っていたんです。彼女はそこに行って運よく見つけたのですが運悪く山賊にも遭遇してしまいました」

「あ、そういえばユーリィの知り合いから聞きました。あの惑星は山賊が戦争のせいで良く出るって」

「ええ。彼女は山賊から子供を守るように自身の体を犠牲にしようとその子に覆いかぶさったそうです。マリエッタから直接聞きましたから間違いありません」

「それジョゼさんの話していたアイカさんの行動と一致しますね」

「そうなんですよ。瓜二つな見た目で行動も同じだなんて怖くなっちゃって」


彼女が怖がっている原因が何なのかもうあたしは閃いた。彼女はしっかり者で通っているが、その実はホラーが苦手といった人種なのだろう。だがあたしの感が冴えていない思考は的を得る事ができなかった。ナミさんの話の続きを聞いてあたしはもう寝て方がいいとすぐに悟る羽目になった。


「それでマリエッタはしばらくメイド業をお暇してその子供の世話をしたいと名乗り出たんです。1ヶ月くらいですかね」

「長いですね」

「はい。マリエッタはその子の心のケアをしたいと思っていたそうです。その点もジョゼさんのお話した部分と似ていませんか…?」

「確かに! それどころかお姉ちゃんになっちゃいましたからね」

「…そう考えたら度合いが違いますね…。私の思い過ごしならいいのですけど」

「何を考えているんですか? ナミさんは」

「マリエッタがそのトウマさんの側でケアをしたいと申し出てくるんじゃないと」

「…それはないんじゃないですか? 相手は大人ですよ? 20代前半に見えましたけど」

「そうだといいんですけど…。あくまで今のは子供の場合で話しただけで大人には違うという事ではありませんので…」

「そうなんですね…。あたしはマリエッタさんとあまり喋った事がないのでわからないです。食堂でご飯が美味しいですってお礼がてらに話した程度で」

「ナツキさん。マリエッタはこの星に居続けたって言わないですよね? 私、もうメイドの皆が居なくなって行くのが嫌で嫌で…」

「ナミさん…。マリエッタさんに明日聞いてみましょう。それからですよ」


あたしは大した事は言えず在り来りなアドバイスを贈る。やっぱりナミさんは表情を曇らせたままで安静にしていられそうな雰囲気ではなかった。あたしはどうしようかと腕を組んで考える。


あ、そうだ。そういう時はあれがある。


あたしはナミさんに勧めてはいけなかったかもしれないある物を勧めてしまった。これはあたしは将来ナミさんに謝り続けなくてはいけないかもしれない。いや、ナミさんのその周りの人にが正確だ。


あたしはエリジェンヌみたいな見通す眼なんて持っていないからある物に責任転嫁してしまう。


「今リビングでレーヴンさん達がビールを飲んでいると思うんですけどそれを飲んでみるといいですよ。良い感じにリラックスできます」

「びーる…?」

「あ、もしかしてアポリアではエールって言えばわかりますかね?」

「いえ、全くわかりません。何なのでしょう? びーるというのは?」

「それはですね。暗い気持ちを明るい気持ちにさせてくれる特別な飲み物ですよ。レーヴンさん達が飲んでいるので丁度良いですね」

「わ、わかりました。ではお二人の所に向かってみます」


ナミさんはあたしの言っていること信用している顔はしていなくて眉をひそめて疑っている。でも取り敢えず行ってみようと思ってくれてナミさんは床から立ち上がりあたしにお礼を言った。


「ありがとうございます。お話に付き合ってくれて」

「大丈夫ですよ。あたしはもうすぐ寝ます」

「わかりました。おやすみなさい。ナツキさん」

「はい。おやすみなさい」


彼女はそうして部屋を出ていく足は疑心暗鬼を読み取れる具合だった。あたしはすぐにでも寝たい気持ちを抑え彼女の挨拶に答える。そして手も振る。そして彼女は部屋の外に出た。よし。寝よう!


あたしはベッドにいそいそと潜り込んで枕様の位置を整え安眠できる姿勢を模索した。そしてその位置が定まったらあたしはすぐさま眠りの世界へと身を投じる。


だが、あたしは願った。頭の片隅で親父との夢が出てこない事を信じて。


あたしは当然親父の殺害を乗り越える事は出来ずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る