43話【望んだ誘拐】
「おねぇ、ちゃん…?」
「…はい?」
「いったい、いままで、どこにいってたの」
「え、あ、あの…?」
「あのとき、たしかに」
「あ、あの!」
私が徐々に迫ってくる青年が哀れに見えて、つい差し出そうとした手を引っ込め、自衛の為に思いっきりの声を出した。誰か他の人に気づいてもらえることを信じて。だが、その時は運が悪かったのか、周りには誰も居なかった。家屋が近くにあったにも関わらず、窓からこの惨状を盗み見る人も居ない。この街では悲鳴を上げても誰も助けないという条例でもあるのかと錯覚してしまう。私は青年から逃げる機会を窺う為、後ろへズリズリと後退する。その私の行動を見て、目の前の青年はとんでもない行動を取った。その場に膝をつき、両腕をも地面へと伏して、泣き崩れていく体勢を取ったんだ。その行動に見合うように、その青年の泣き声が突如としてこだまする。
「もう、どこにもいかないで…! おねぇちゃん…! ぼくが、ぼくがわるかったから…! ぼくが、うまく、できなかったから…! ぼくの、せいだから…!」
「嘘…」
青年はずっとその場で泣き続けている。私の頭の中では、「私に似ているお姉ちゃんと勘違いしているのね。そうだとしても、そこまで肉親を見間違える程なの…? この人はお姉ちゃんと何があったの? 泣くほどのことなの?」と、疑問点がポンポンと出てきては目の前の出来事にどう対処すればいいのかと 思考がすれ違いながら考えが行き交う。そう私は硬直した状態でも、青年は泣き止まずにいる。私は浮かんだ疑問は横へと置き、その青年を泣き止まそうと努力する。彼の肩を揺らしてあやす。出て来た言葉はせいぜい、他人事のような事しか出てこなかった。
「しっかりしてちょうだい。私は貴方のお姉ちゃんじゃないわ。他人の空似よ。私にはどうしてあげることもできないわ。申し訳ないけど、私も急いでいるから。ごめんね」
私はそう言って、ゆっくりと立ち上がって来た道へと戻ろうとする。だが、私が後ろへと振り向いた後、私の足首を青年は掴んで来た。最初は恐怖心を覚える。だけど、泣き声が止まない青年の声を聞いて、恐怖心はすぐに消え去り、私の母性本能をくすぐらせてきた。どうにも、私には青年の事を、彼のことを赤ん坊の様に見えてきてし待ったから。青年は私へと懇願する。
「おねがい…いかないで…どこにもいかないで…まちがえないから…ぼく…もうみないふりしないからぁ…!」
私は足首を掴んでくるその手はそのままにして、彼と同じ目線でいようとそばに座り、彼の頭を撫でた。彼は私のその温もりを感じ取って、私の顔を泣きながら見つめる。そして、彼は満ち足りた表情で安心しきった顔をした。
「おかえり…おねぇちゃん…」
私は彼の事を何も知らない。これは間違った事だと思うわ。だって、彼が求めている言葉で返事を返したら、取り返しのつかない事態に陥る。それでも、それでも。私にも覚えがあるから。彼が求めている温かみに満ちた存在。私は捨て子ですぐにライラの孤児院に引き取られたからわかる。周りには他人ばかりで、愛想笑いで打ち解けられる相手なんていなかったから。だから、わかる。甘えられる家族を欲している理由は、寂しくてどうしようもなくて、人肌が恋しいとかそういうのではなく、安心して寄り添える心の通った絆に帰って来てほしいことなんだって。だから私は、彼に付き合うことにした。当時の私には、こんな返事を返してくれる相手を求めていたから。
「ただいま、坊や」
【語り部】
惑星ガリア。銀河系北部を漂う、宇宙へと進出を遥か昔から果たした惑星である。その惑星は、惑星間の外交による物流を主とし、銀河系全体では中立惑星となっている。中立惑星の旗を掲げている惑星は、この銀河系全体では少なく、そのほとんどの惑星では、惑星に眠る物資の奪い合い、その争いによって発展した戦争も良く見当たる。何故、物資の枯渇が進んでしまったのか。その理由は、宇宙航行艦が主流となったが故の、開発や建造や維持に対するエネルギー物資不足が原因である。だが、統計を取れば物資不足の原因は宇宙航空艦だけではない。惑星間交流が進んでしまった事も要因である。銀河系の人口がみるみるうちに膨れ上がり、エネルギーだけではなく、食糧が原因で戦争になった惑星間もある。
話は脱線したが、この惑星ガリアでは100年近くも戦争を繰り返してはいない。その理由は、エネルギーや食糧を積極的に他国へと売買しているからだ。エネルギーや食糧は枯渇寸前だったとしても、金銭をも枯渇させている惑星は稀だ。どの惑星も、当惑星内での経済事情は別として、惑星全体を好転させるだけの財力は持っている。だが、その財力を持ってしても、他の惑星は売買してはくれない。どこもかしこも、エネルギーも食糧も自給自足で手一杯。だというのに、惑星ガリアでは惜しみなく物流を整えている。果たして、それはガリアの存続が難しくならないのか。それは、惑星ガリアの人口が極端に少ない事が一番の要因だ。
惑星ガリアでは、国は一つしか存在しない。惑星の10万分の1以上の面積しか居住として利用していないのが現状。その惑星ガリアはおおよそ、地球の100分の1程の小さい惑星だ。そうして、人口は2万人程と少なく、エネルギー採掘や食糧生産は機械式がほぼ占めている。人手を差程必要とせず、全自動式で成り立つのが惑星ガリアの経済方針である。さて、惑星ガリアはどうして国が一つだけになったのか、いや、統一されてしまったのか。それは、国の外を一歩でも出てしまったならば、惑星中を巣食っている『モンスター』達と遭遇してしまうからだ。そのモンスターらは一つ一つは小さい力しか持たない。だが、彼らは集団で常に行動をしている。モンスター間の種族が違えば、モンスター同士で争いはするが、そこに人類が放り出されでもしたら、人類を優先してモンスター達は獲物を我先と競う様に捕食する。その習性もあってモンスター達は同じ種同士で密となって行動する。だが、それは決して、全種がそうではなかった。時には姿を現さない一体だけの竜も現れ、惑星中を苦しませた。竜の種類は様々だが、その中では『王竜』と呼ばれた全竜の祖となる個体も存在した。今となっては討伐されてはいるが、当時では全盛期として猛威を震った。昔はガリアも宇宙進出を果たす前は国が点在していた。そして、各国はモンスター達の対処にいつも頭を悩まていた。だが、ある国の代表が提案をした。各国の保有している、それぞれの武力を一つの場所へと集め、大要塞の国を築こうと提案をした。各国は、賛成する国もあり、当然反対をする国あった。賛否の割合は五分五分だった。反対する国は連合国家の誕生を恐れ、自国の軍事開発に予算を大量に投入する。だが、その準備期間中もモンスター達は待ってはくれない。その穴をついて、瓦解していく国もごく少なく存在した。その事実を突きつけられた反対国家は渋々、その代表国家の提案を受理した。そうして、惑星ガリアは唯一のガリア新生国家を築き上げた。連合国家を正式に決定する間、モンスター達の手によって、惑星の半数以上の人らの犠牲の上に成り立った国家となり、その紛争にも似てしまったこの歴史を、国は【独立の3年忌】と歴史に記し、国は一丸となってもうこの様な犠牲を出さずまいと後世へと語り続き、その3周年忌の国家が制定した日を国立記念日として祝日とするよう国民に義務付けた。
平和を掲げている惑星ガリアに、ソレイユ号は降り立った。彼らは意図せず、惑星ガリアの転換点を目撃することとなることも知らずに。
ーーーマリエッタ視点ーーー
【ジョゼの自宅】
私は薄汚れていた空気が漂っていた街から離れて、私をお姉ちゃんと呼ぶ青年に腕を連れられ、彼の住居らしき家屋の前へと着いた。その間、私はその青年の名前を尋ねようと考えるも、それをしてしまっては彼がまた泣いてしまうのではないかと思い、勇気を出せずにここまで来てしまった。
彼は私が坊やと呼ぶと、子犬の様に喜び周り、私に抱きついて来たりもした。彼はどう見ても20代前半だ。だから私は立派な男性にくっつかれるものだから、恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうだった。男性と話す事はあっても、こうやって公の場で密接に抱きつかれることは今まで経験がない。私とて、男性経験がないという訳ではない。お二人だけお付き合いをした事はある。そのお二人とも、公では手だって繋いだ事はない。ちゃんと告白すると、私は生娘ではない。お相手が望んでくれば、喜んで欲しいと思って夜を共にした事は人生で5回だ。もう一回言うけど、公の場だから恥ずかしいの。密室だったら、お付き合いしている相手じゃないから、手を繋いだり頭を撫でたりは努力をしてもそこまでだけど。彼は、私の事をお姉ちゃんとして向き合って手を繋いでくれているから、今私が考えている事はふしだらこの上ない事なんだけど…。私はどこか、別の意味で急接近してくる彼の事を意識している自分がいた事を自覚するも、いけないいけないと思って全力で否定した。
彼が住居の中へと私を連れて行こうとする。彼は満面の笑顔で私に嬉しそうに話す。手は繋いだままだ。
「おねえちゃん! まえのいえはなくなっちゃったけど、ここにすんでるんだ!」
「そうなの? ずっと元気で過ごしていた?」
「うん! まいにちがげんき…あ、ごめん。ぼく、いいつけやぶっちゃってた。賭け事、しちゃった」
「賭け事? どんな」
「その、えっと、たのしい賭け事」
「そう…? 楽しく過ごせていたなら、私は嬉しいわ」
「え、そう!? しからない…?」
「ええ。とんでもないわ。でも、夢中になり過ぎたら駄目よ? 適度にね?」
「うん! わかった!」
彼はそう言い、住宅の外扉を開く。やっぱり、どこか恥ずかしく考えちゃう。私も悪い大人の考えを持っちゃったわ…。そう思っていたら、後ろから私達へ呼びかけてくる男性の声が聞こえた。
「おい! トウマ! その女は誰だ!」
「あ、ジョゼ! おねぇちゃんがかえってきた!」
「…お前、何してるんだ」
「おねぇちゃんだよ! あったことあるでしょ!?」
「…お前の姉ちゃんは死んだ」
「ちがったんだよ! かんちがいだったんだ!」
「俺はお前の姉ちゃんの亡骸を病院へ運んだ。墓屋に連れて行かれるところも見た。火葬する時も俺はその場に同席した。お前も居ただろ。一番前でな」
「…え、あ。…おぼえてない。ちがったんだよ」
「覚えていないはずがない。………お前、そのすっとぼけを何回繰り返してる」
「え、うん。う? くりかえして…くりかえしてない。なにをくりかえす?」
「火葬の日。お前の姉ちゃんの、アイカの最後の姿をだよ。何回思い出して、忘れて、それを何回繰り返してるかって聞いてるんだよ」
「くりかえしてない。おぼえてない。うそだったんだ。だって、おねぇちゃんがここにいるよ!」
彼、トウマ君は私の手をグイッと引っ張って、そのジョゼさんという人の前へと誘導する。彼の力が凄くて、振り回されそうになった。だけど、不思議とジョゼさんの前で静止した。私は冷や汗をかいているのがわかる。心臓も鼓動を上げ悲鳴する。私は緊張しながらも、事の経緯を話そうと尽くした。トウマ君の耳に聞こえないように小声で話す。
「あの、私の事をお姉ちゃんと呼んで泣き出してしまって。それで、どうしてもこのままにしたくなくて」
「………ここじゃ人目がつくかもしれない。上がれ。話はそこで聞く」
ジョゼさんはそう言って、私の顔を見たら視線を伏せて先に家へと入る。彼も私がそのアイカさんに似ていると感じ取って目線を離したのだろう。そこまで私はフレデリカさんに似ているのか。雰囲気じゃなくて、瓜二つという奴なんだわ。
「いこう! おねぇちゃん!」
「え、ええ」
私は先程の淫らな考えはもう無くなり、悲しい思いを抱きながら家へと入る。
そうなんだ。この子は、お姉ちゃんを亡くしているんだ。似ているな。私はお姉ちゃんじゃないけど、エレナ、ヘルツ、エアデール、フラウを亡くした。そして、親も多分亡くなっている。ライラに捨てられ孤児院に住み始めてすぐ、そんな噂を聞いたから。私は、彼への親近感を徐々に、明確に近づいていっているのを感じた。
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