第9話 アルフレッドの仲間たち

 交渉のアルフレッドは瓶十本と言っていたが、果たしてあれは本気だったのだろうか。三本持ってもいっぱいいっぱいなのに……と、彼の狙いが読みきれず、カイルは首を傾げる。


 分かるようで出ない答えの着地を諦めたところで、今度はふと不安になってきた。完全に手が塞がってしまったこの状況は、果たして大丈夫なのだろうか、と。


「ねぇ、アルフ……。これ、今もし海軍とかに襲われたらまずいんじゃ……?」


「んー? ははっ、心配すんな。海軍はこの辺りには来ないから」


「どうして?」


「奥まったこの辺りには、まず貴族がいない。だから、お国がわざわざ治安を守ってやる義理もないんだろうな。だからこそ、俺たち海賊が好きにできるってもんさ。そういう歴史でやってきてる」


 ――貴族。わざわざ守ってやる義理。


 アルフレッドの言葉には、稀に小さな棘が混じっているような気がする。しかし、これまた分かるような分からないような答えに、カイルは触れないという選択肢を取った。


「そっか、そういうもんなのか――っ、うわっ! あ、危なかった……っ!」


 急に床板が抜けて左足が嵌まりかけ、酒瓶を落としそうになったカイルは焦る。アルフレッドが腕を持ち上げてくれなかったら、本当に危なかっただろう。


「もちろん、治安は良くないし、整備も十分じゃないから気をつけろよー」


「は、早く言ってよ、そういうのは……。ありがとう」


「はははっ、無事ならいいじゃないか。そら、下を見てみろ。目的地はもうすぐだ」


 抜けた床板の下を見てみると、薄暗さの奥に水面が視認できた。風に乗って、わずかに潮の匂いも漂ってくる。


「なんだか落ち着くなー、この綺麗な空気……」


「おっ、分かるか、カイル。ああ、海はいい。自由で、美しくて、たくさんの神秘が眠ってる。そして、航海のために俺たちを運んでくれるのが、あの船だ。俺の自慢の船だぞ」


 アルフレッドが顎で教えた先には、立派な帆船が見えた。マストが三つあり、縦にも横にも帆が付いている。

 それはまさにリンゴを頂いた船そのもので、カイルは妙に気まずさを感じた。悟られないように、と思いつつも苦々しい表情を浮かべる。


 そんな船の中から、数人の船員がアルフレッドに手を振っていた。


「カイル、念のため確認しておくぞ。本当に一緒に航海をしてくれるんだよな?」


「なんだよ。今さら逃す気なんてないくせに」


「まあな? でも、一応の確認くらいしておきたいんだよ」


「変なの。けど、心配いらないよ。僕は一緒に行く。一緒に船の旅をする。だって、希望をくれたのはアルフだし」


「ん? どういうことだ?」


「初めにハンターから逃げられたのって、たぶんアルフのおかげだもん。ちょうど海軍がいっぱいいたからさ。狙われてたでしょ?」


「おう、そりゃ俺のおかげだな」


 あまりにも誇らしそうに言ったアルフレッドに、カイルの固まっていた表情は柔らかくなる。これが本当の救いなんだと早くも思えてきた。


「ま、リンゴのことは気にすんなよ。これから仲間になるんだし、もう関係ない。つか、おまえはそれ以上のもんをその手に持ってるしな」


「うん、ありがとう!」


 やはり隠せていなかった事実は小恥ずかしいが、それよりも認められることの嬉しさが身に染みて感じられった。カイルは屈託のない笑みを浮かべる。


「やっと帰ってきたね、アルフ」


 船の近くまで歩いて来ると、まずクローディアが迎えた。やれやれと言いながらも、慣れた様子を見せている。


 明るい場所で見る彼女は、第一印象よりも数倍美しく、カイルは思わず見惚れた。アルフレッドとのツーショットはとても絵になり、お似合いの美男美女である。この人も海賊だなんて、以前のカイルであれば到底信じられなかっただろう。


「私はクローディア・ブラウニング。改めてよろしく」


「僕は、カイル・ホワイトリーです。こちらこそ、よろしく」


「大変だったでしょう? それ、受け取るわ」


「あ、ありがとう」


 クローディアはカイルから酒の瓶を全て受け取る。


「あーっ、リンゴ食い荒らし魔のクソガキ!」

 そして、背後から大股で近づいてくる茶髪の男に、ひょいと流れるように酒を手渡した。合流するか否かという瞬間に酒を託され、船大工のジョージは当然のごとく困惑する。


 だが、そんなことを露も気にせず、クローディアは急にカイルを抱きしめた。さらに、右手でよしよしと頭を撫で始める。


「――え?」


 今まであまりされたことがなかったため、カイルは目を丸くした。まだ成長期であるカイルは、クローディアの腕の中にすっぽりと納まっている。


「……なぁ、カイル。すごーく羨ましいんだが?」


 彼女の行動に驚いたのはアルフレッドも同じで、傍からカイルの顔を覗き込んだ。若干むすっとしていて、お預けを食らった犬のような表情を浮かべている。


「なによ、アルフ。年下のカイルに妬いてるの?」


 クローディアはおもしろがった様子で、カイルを抱く腕にぎゅっと力を入れた。


「年下かどうかは関係ないだろ。……で、カイル。おまえ、何歳なんだ?」


「えっと、十三」


「七つ下くらいか……まあ、いいか。仲間だしな、関係ない関係ない……」


 そうは言いつつも、アルフレッドはカイルへ羨ましさを隠せない視線を送る。そんな彼の反応に意外さを覚えつつも、当事者として耐えかねたカイルはクローディアから離れた。


「大人気ないなぁ、アルフは。カイルが空気を読んじゃったじゃない」


「仕方ないだろ、こればっかりは。人間の本能ってヤツだ」


「慣れなさいよ、もう。まあ……かわいいけどさ」


「……ふ、はは。今日はその照れ顔で十分かもな?」


「……うるさい」


 アルフレッドがとてもご機嫌な様子で告げ、クローディアは若干の照れを見せる。この一場面だけで、薬師がアルフレッドに言っていた「彼女」はクローディアであると分かった。


 だが、和やかなその空気を打ち破るように、船大工が申し訳なさを含んだ声を発する。

「あのさー、アルフ。すごく空気を壊すようなんだけどもさ……」


「うん、ジョージ。あとにしようぜ? 船の修理は終わったか?」


「ああうん、もちろん仕事は大体終わったけど…………いや船長、今でももう遅い感じだ。頑張れ、ほんと」


「はぁ……?」


 話がまるで読めていない船長の背後を、船大工はちょいちょいと気まずそうに指し示す。首を傾げながらアルフレッドが振り返った先には、彼よりも背の高い男が立っており、灰色のターバンを風になびかせていた。

 その男は短い赤毛の上にターバンを結び、黒い眼帯が右目を覆っている。琥珀色の瞳はギラリと光り、顎の髭がまた威厳を感じさせていた。


「おい、アルフレッド」

 地が響くような低音の声で名を呼ばれると、アルフレッドは「あ、まずいな」と言わんばかりの固い表情を浮かべる。やや控えめな雰囲気を混ぜながら、返答を口にした。


「な、んだよ? リック。あ、ただいま。これ、土産の上級ラム酒だ」


 そして、抱えていた酒瓶三つを赤毛の男に押し付けた。その男――リックは呆れた表情を浮かべながらも、酒だけはきちんと大事そうに受け取っている。


「ただいまでも土産でもねぇよ、アホ船長! また部屋が汚ねぇんだが? いい加減、片付けろって何度言やァやんだよ? あぁ?」


「部屋の、片付け……?」


 カイルは、リックが発した単語に引っ掛かりを覚えた。アルフレッドの表情から、さぞ恐ろしいなにかが起こるのだろうと予想していたのだが、早くも和やかさが戻ってきて安心する。


 やや重々しい威圧感こそあるが、どこか偉大な頼り甲斐を感じる――それが、カイルから見たリックの第一印象だった。


「ああ、部屋の片付けか。それなら、もうなんの心配もいらない」


「ンだと? いい加減にしろ、アルフレッド……?」


 怒りの炎を燃やすリックの前に、突然カイルが押し出される。状況の飲み込めないカイルは正面の男を見上げるが、リックも同じくなにも分かっていない。


 唯一、クローディアだけは、もしやと予想のついた顔をしているが、他の男たちは置き去りにして、アルフレッドは船を背景に咳払いをする。


「ようこそ。歓迎するよ、カイル・ホワイトリー! 今日から君は、船長士官室の掃除係だ」


「……へ!? いや待って。待って、アルフ。僕が……掃除係? アルフの――船長の部屋を、片付けるの? 僕が?」


「ああ、ちょうどいいだろ? おまえに一番向いてそうだし」


「えー……」


「頼むよ。世の中、ギブアンドテイクだ。きっと上手くいく」


「……わ、分かった。がんばる……よ?」


「よぉし!」


 そうして、雑に押し付けられる形でカイルの役割は決まった。

 一歩下がったところで一部始終を見届けていたクローディアは、リックの隣に歩み寄る。


「予想的中ね。そんなことだろうと思った」


「めんどくせぇからって、見事に擦り付けやがったな。おかげで、おれの怒りはすっかり去っちまった。まあいいがな」


 二人揃って、納得した表情でやれやれと肩をすくめる。


「ほんと、やりやがったわ。まったく! 片づけくらい自分でやれってんのよ、アルフ!」


 クローディアが彼に向かって叫ぶと、アルフレッドはケラケラと笑った。


「いやいや、カイルの仕事を取ってはいけないからね! 片付けは俺の領分じゃあない!」


「物は言いようって、まさにこのことね。実際、できないだけのくせに」


「ははははっ!」


 アルフレッドの清々しすぎる返答に、クローディアは溜息を吐く。

 その頃、いまだ戸惑いの拭えないカイルの頭に、リックが優しく手を置いた。


「苦労人が増えたな。もはやアルフの片づけ能力は育たなそうだ」


「あ、えっと――」


「おれはリック・ブラックバーンだ。リックでいい」


「僕はカイル、カイル・ホワイトリー。よろしく、リック」


「おう。頑張れよ、カイル」


 大きな手にガシガシと撫でられ、髪がボサボサになりながらもカイルの頬は緩む。


「アルフ! みんな! ありがとう。そして、よろしく!」


 その様子を見たアルフレッドたちもまた、安堵の表情を浮かべた。


「ああ。ようこそ、カイル!」


 様々な見た目をした者たちが、同じ場所で笑っている。


「それで、アルフたちはなにを目指して旅をしてるの?」


「そうだな……自由と宝と、大切な仲間の笑顔だな!」


「仲間……はは、いい響きだね!」


 これ以上に馴染めそうな場所は他にはないと、確信できたカイルだった。

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