第7話 薬師カリスタからのお願い
奥の部屋には二つのベッドが並んでいた。
質素ながらも丈夫で傷のないベッドは、これまでカイルが見てきた中でも上級のものと言える。腰掛けると若干軋む音はするものの、作りが心配になるなんてことはなかった。
「ふあぁぁ……走ったなぁ、今日」
隣のベッドでは、すでに横たわったアルフレッドがあくびを漏らす。
カイルは、ここぞとばかりに思い切って話しかけてみることにした。
「ねえ、アルフレッドさん」
「アルフでいいぞ。さん付けもなしで」
「じゃあ、アルフ。あのとき、なんで僕の居場所が分かったの? なんで僕を助けたの?」
「前者の理由は単純だ。奴らがそういう類のハンターだと知っていたからさ。熱望に対して祝福を向ける、と言ったら少しくらい聞こえはいいかもしれないが、要は形のない欲望を利用して商売するってことだ。純白によって、幸せをもたらすとかなんとかってな」
「嘘っぱちじゃないか」
カイルが毒づくと、ケラケラしながらアルフレッドは上体を起こす。
「ああ、そうさ。ちなみに組織の頭文字はWとAで、陸上にいるときはアジトにそのマークを付ける。こんな感じのな」
アルフレッドはカイルの右手の甲に、アジトでも見たその印をなぞり書いた。WとAを重ねたものという認識らしいが、書いてみるとWに横線を足しただけの味気ないものである。
「くすぐった……って、あっ! これって入口の壁の右側にあったやつだ! ただの変な落書きかと思ってたけど、目印だったのか。えぇ……」
呆れを隠せないカイルの言葉を聞いて、アルフレッドは関心のあまり一瞬ぽかんとした。だが、ついには吹き出して笑い出す。
「くはははは! 落書き認定されてやんのかよ、あはははっ。しかし、よく見てたな? なんとなく思ってたけど、やっぱり度胸あるよ、おまえ」
「そう、かな?」
「ああ。誰のものかも分からないリンゴを食い荒らしてしまったり、海賊とハンターのどっちからも逃げようとしたり、とても人生を諦めたようには見えなかった」
アルフレッドに言われて、カイルは一度自分の行動を思い返す。
そもそも、諦めていたら逃げ出すなんて選択肢はないはずだし、腹が減ったからと形振り構わずリンゴにかじりつくこともしないはずで……バレバレだった。
「で、でも、アルフは海賊だよね?」
「おっと、さすがに分かってたか」
「だって、自分で言ってたじゃないか。俺たちのリンゴは美味しかったかな、って。さっきも海賊って単語を口にした」
「気づいてくれてなによりだ。分かりながらも、ついてきてくれるってことだしな?」
「うん。それはもう、決めたから」
吹っ切れたような迷いのない瞳に、アルフレッドは頷いて返す。
「そんで、後者の答えだな。俺は紛れもなく海賊だが、俺なりの正義は持っていてね」
「待って。海賊なのに、正義を?」
「別に変じゃないだろ。どんな悪党だって、行動の元になる信念は持ってるのさ。たとえ一般的には正義とは呼べなくても、俺にはそれをする意味があると思えるんなら、それは俺にとっての正義と呼べるかもしれない。そう思わないか?」
「うーん、なるほどと言えるような言えないような……妙に曖昧だからなぁ」
「俺は哲学者じゃないからな」
アルフレッドは降参の旗を振るように、手をひらひらとしてみせる。それから仕切り直すようにして、カイルの横に座り直した。
「さっきも言ったように、俺がおまえを助けた理由は、おまえが助けを求めてたからだ」
「うー、そんなに求めてたかなぁ。確かに、それっぽい行動はしていたけどさ」
「必ずしも行動に現れるとは限らない、と俺は思うぞ。人ってのは無意識に、他人から向けられる感情に応えて返すことがある。好きの感情を向けられれば、その期待に応える。逆に殺意を向けられれば、剣を向け返す。俺はカイルから『自分を見てほしい』という思いを感じたから、それに応えて声をかけた。極論、それだけかな」
アルフレッドは説明に終止符を打ったが、カイルはまだ納得いかない様子で首を傾げる。
「なんとなく、だけど……もしかして、他にも理由ある?」
「ん、んん?」
実際には一点を除いて、説明を終えた態度でいた――そのつもりだったのが、カイルにはなにかが伝わってしまったらしい。今回ばかりは完全に予想外すぎることで、言い当てられたアルフレッドは驚きを隠せなかった。
「ははは……参ったなぁ。なんか感じ取ったのか? ちょっと厄介だぞ、おまえ」
「ご、ごめんなさい」
自信なさげに、カイルは目を伏せる。ハンターらが来るまで、カイルは確かに他者からの愛を感じていたのだろう。しかし、彼自身はずっと引け目を感じていたのかもしれない。
先刻の告白を裏付けるようなその様子に、アルフレッドも視線を下げそうになる。それと同時に、もっと受け入れてやりたくなった。カイルがしっかりと前を向けるようになったら、どれだけ頼もしいか、と。
「いや、いい。褒めてんだよ、俺は。それがカイルのいいところだ、大事にしろ」
「本当に?」
「ああ、もっと自信持て。褒めの証として、今からもう一つの理由を話してやるよ」
こっくりと頷いたカイルは、座り直してアルフレッドに力強い視線を向ける。
「俺の母さんもさ、カイルと同じだったんだ。純白で、とても綺麗で、優しくて……手の指を一本、失ってた。しかも、小指をな。それでも、強い目をして美しく生きていた」
「……アルフのお母さんが、僕と同じ……」
意外な事実を消化するように、カイルは言葉を繰り返した。アルフレッドは切なさを含んだ瞳を揺らしながら、頷いてみせる。
「だから、単純に気になった。重なった――とは少し違うかもしれないけどさ、俺はカイルのことを、どうしても仲間にしたくなったんだ。まあ、俺の勝手なエゴだがな」
「ううん。たとえそうだとしても、僕はとても救われた。ありがとう、アルフ」
「どういたしまして」
カイルから温かく笑いかけられ、アルフレッドは軽く微笑み返して、自分のベッドへと戻っていく。その瞳があまりにも純粋だったため、アルフレッドは若干のこそばゆさを覚えていた。
海賊人生の中で、ここまで素直に人を助けたことはなかったかもしれない。
「ねぇ、アルフ……ちょっといい?」
話が一段落したところで、薬師が部屋の外から声をかけた。
「ああ、いま行くよ。さ、もうスッキリしただろ。おまえはもう寝ろ、カイル」
「分かった。おやすみ、アルフ。カリスタさんも」
「おやすみ」
カイルに背を向けて、アルフレッドは鋭い眼光をその目に宿す。
不当な差別はなくすべきだ。だが、それをなかったことにはできないし、そこまでするのはむしろよくない。実際にあったことをなかったことにはできなくても、今から未来に向けて止めることができる。
それが、アルフレッドたちがハンターらを潰したい理由だった。
部屋を出て扉を閉めると、カリスタはちょうど一階と二階の間あたりに立っていた。壁により掛かりつつ、真剣な眼差しをアルフレッドへと向けている。
「どうした、カリスタ」
「ちょっとお願い事を」
そして彼女は、普段以上に落ち着いた声色で話し始めた。
「ある宝石を、取り戻してほしいの。雫の形をした、真っ赤な宝石を」
「雫型の赤い宝石、だな?」
「ずっと前に彼らに盗られてしまったもので、ずっと忘れていたのよ。だけど、あなたとカイルを見ていたら、ふと思い出してね。あれを手にした瞬間や乗り越えてきた日々、手放したときの感情……いっぱい思い出していたら、急にまた手にしたくなって……」
彼女は胸の前で両手を握りしめ、アルフレッドの瞳を力強く見つめる。
「大切なものなんだな?」
「ええ、もちろん。だってあれはね、実はあなたのお母さんからもらったものなの。きっと幸せを呼んでくれるからって」
「……そっか。そりゃ取り戻さないとだな。最低なヤツらには相応しくないな」
「ええ。だから私も、願いを込めたの。どういう効果が実際あるのかは分からないけれど、あなたのお母さんの想いもこもった大切な宝物だから」
「ああ、わかった。安全を確保した上で、きっと届けると約束する」
「ありがとう、アルフ」
カリスタが穏やかな表情で微笑んだところで、店の入り口をノックする音が鳴る。
夜分遅くにすまない、と言った外からの声にカリスタは瞳を輝かせた。
「あら、海軍だわ。ふふ、任せておいて?」
片足でも慣れたようにひょひょいと階段を跳び下りる様子を見て、危なっかしさを覚えながらも手出しは不要だと感じた。なんて頼もしく、そして――。
「なんでそんな楽しそうなんだよ」
先ほど聞こえた声がキース・シャムロックのものだった気がしたこともあり、音を立てずに部屋へと戻っていくアルフレッドだった。
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