海賊たちの青庭

久河央理

第0話 泡沫の日常《Prologue》

 ――うそつき。人でなし。



 白銀の髪を持った少年は、心の中で強く吐き捨てた。スミレ色の瞳は光を閉ざしている。


「ねえ、お願い、カイル」


 少年の母親は彼の正面で屈み込み、困り顔を浮かべて優しく言った。

 決して裕福ではない、小屋のような木の家。その周りにわらわらと近所の住民が集まって、なんだなんだと室内の様子を覗いている。小さな村なので、ほとんどの住人が野次馬をしていると言えた。


 彼らが注目する舞台の中心には、一人の年若い女性と三人の子ども。そして、彼らにとって見知らぬ男たちがその家族を囲んでいる。

 なにも見世物ではないのに、と少年は小さく呟いた。


「私たちの、あなたの弟や妹たちのために、ね? お願い……?」


 母親は少年に縋り付いてせがむ。だが、すでに唖然とした少年は微塵も動こうとしなかった。小さな弟と妹はその空気に怯え、母の服を握りながら母と兄の顔を見比べている。


 少年は母親に凍てついた視線を向ける。手を握りしめるが、包帯の巻かれた左手では拳が握れない。上手く力が入らない。無理して握ると、小指の付け根がズキズキと痛んだ。じわりと血が滲んでくる。


「この子たちのためなの、カイル。私たちを助けて?」


 瞳を潤ませながら、女性は訴えた。なにも知らない六つ、九つの弟妹たちに嫉妬しそうだ。これから、今日という日なんて記憶になくなる。いや、兄の存在そのものがなくなるのだろう。

 泣きたいのはこっちのほうだ。でも、泣くもんかと少年は奥歯を噛み締める。


「カイル……!」


 女性の震えた声はもう知らない。少年の耳にはもう入ってこない。

 ふと、兄のように慕っていた青年の姿が視界に入った。しかし、彼は少年の視線に気づくと、逃げるように自宅へと去って行ってしまう。



 ――うそつき。裏切り者。もうどうにでもなればいい。



 過去にあったはずの、いつの日かのことを思い出す。嬉しかったからよく覚えている。嬉しかったから、それだけ悔しい。ずっと信じていたのに、もうなにも信じられない。

 少年は見知らぬ男たちについて行く。これから自分がどうなるのか、そんなことは容易に分かっていた。



 ――やっぱり、僕はみんなと違うんだ。だから、僕はこうするしかないんだ。



 白い髪、白い肌、スミレ色の瞳を携えた純白の少年。

 カイルと呼ばれたその少年が、振り返ることはなかった。

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