第5話 はじめての治癒魔法

属性鑑定を終えてから、ぼくは毎日のように治癒魔法の練習をしていた。

お祖母様や母様に教わった呪文を思い出しながら、庭の片隅に咲く小さな草花へと手をかざす。


「いのちの鼓動よ、優しく包み込め――≪ヒール≫」


だけど、何度試しても、魔法はまるで反応しない。

花びらはしおれたまま、折れた茎も、ぐったりと地面に沈んでいた。


「……うまくいかないな」


鑑定から2週間毎日練習しているけど、まだ使えていない。魔力は感じ取れている。魔力を対象に出す感覚も、練習の成果で以前よりはっきり掴めてきた。

けれど、いざ魔法として外に出すとなると、まるで力が抜けてしまう。


(傷を癒す魔法……治すイメージはしているのに……)


草花を前に、ぼくは膝を抱えて座り込んだ。


ふと、祖母カタリナの言葉が胸によみがえる。


「焦らなくていいのですよ、エル。治癒魔法は、相手を思いやる気持ちがいちばん大切なのです」


この花を直そうという気持ちは、ちゃんとある。

それでも、届かない。


「ごめんね……また今度、もう少し上手になってから来るよ」


立ち上がって、庭の小道を歩く。

そのときだった。


「いたっ……! うわ、血が出てる!」


屋敷の裏手から、慌てたような声が聞こえてきた。

駆け寄ってみると、ひとりの使用人の少年が薪の荷車のそばでしゃがみ込んでいた。膝を押さえ、顔をしかめている。


「大丈夫?」


声をかけると、少年ははっとしてこちらを見た。目をまるくし、すぐに慌てて頭を下げる。


「エ、エルヴィン様!? 大声を出してしまい申し訳ありません!」


「気にしないで。それより、膝……けっこう血が出てるよ?」


ズボンの布が破け、赤く擦りむいた皮膚がのぞいている。

どうやら荷車から薪を落とした拍子に、転んで怪我をしたようだった。


「ちょっと見せて。痛い?」


「だ、大丈夫です! ほんのかすり傷で……!」


そう言いながらも、彼の声はわずかに震えていた。


(……治してあげたい)


その思いが、胸の奥からすっと湧いてくる。

草花では感じなかった、確かな“想い”。

人の痛みを前にしたとき、自分の中にある“何か”が目覚めるような感覚。


(できるかもしれない……)


ゆっくりと息を整える。

手を傷にかざし、心の中で強く念じる。


「いのちの鼓動よ、優しく包み込め――≪ヒール≫」


光が、指先にともった。

それは白く、淡く、やさしい光。


魔力の流れが一気に集中し、光が少年の膝へと染み込むように届く。

見る間に赤みが引き、血が止まり、皮膚がふさがっていく。


「……え?」


少年が呆けたように声を漏らす。

ぼくも、目を見開いたまま、ただ見つめていた。


確かに、いま、ぼくは――“傷を治した”。


「やった……本当に、治った……!」


「すごい……すごいですエルヴィン様……! もう痛くありません! ありがとうございます!」


「う、うん……よかった」


彼の名前をまだ知らないことに気づき、ぼくは尋ねた。


「君、名前は?」


「ジークと申します! 雑用としてこの屋敷で働かせてもらってます!」


ジークはそう言って、また深く頭を下げた。

その頬には、さっきの痛みを忘れるような、晴れやかな笑みが浮かんでいた。


「あっ……執事長に頼まれた仕事があったんだった! エルヴィン様、本当にありがとうございました!」


「うん、気をつけてね」


ジークはそう言い残して、元気よく駆けていった。


(あれが……治癒魔法)


植物ではうまくいかなかった。

けれど、人の体――“命”の存在を強く感じられる相手には、届いた。


(治すって、こういうことなんだ……)


魔法という力で、誰かを助ける。

その初めての実感が、ぼくの胸に静かに灯った。


――この手で誰かを救えた。

そう思えた、最初の一歩だった。

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