第27話

 人体実験の被検体。キキはそういう名目でニコラに雇われる形になった。

 最初のうちはガタガタ震えていたがそんなにひどいことはニコラはしない。

 食事は三食出るし夜の森での仕事も免除。作った魔法薬の試飲が主になった。

 一月がんばれば解放される。そういう取り決めをして契約書を交わす。


「さあ、お姉さんを助けに行きますよ」


 お金を用意したニコラとキキはさっそく家を出ていく。

 悪徳金融への制裁が今始まる?


 隣町までは歩きだと半日かかるらしい。

 ニコラは今日戻ってきたばかりなのに大丈夫だろうか?


「大丈夫? 疲れてないの?」

「魔法で体力は回復できますからね。問題ありません」


 私の質問に笑って答える。せっかく帰ってきたのにせわしない。

 まだただいまも聞いてないし、お帰りも言えてない。


「なに、すぐに片づけて帰ってきますよ」


 森でのお仕事は明後日からの予定になっている。

 このタイミングで街まで行くのはかなりのハードスケジュールだ。

 いくらニコラが強くてすごくても疲労はたまるはずなのだ。

 無理をしてほしくない。


「私もいっしょに行きたい」

「何言ってるんですか遠いんですよ。歩けないでしょう?」


 同じ年くらいのキキが歩いてこれたんだ。私でもいけなくはないはず。

 そう思って聞いてみたらこの回答だ。


「そういえばキキもよくここまでこれたね」

「ああ、お前らのご同類に頼んだのさ。夜の道を一人で来れるわけないだろ?」

「ご同類ねぇ。つまりはその街にも魔女がいて助けてもらったんだ?」


 その魔女は人がいい。ここまで魔法で移動させてやったということだ。


「というか、そもそもその魔女さんにお金を借りればよかったのに」

「お金のことは剣姫を頼れって言われたんだ」

「でしょうね。お姉様ほど稼いでる魔女はいませんから」


 私の疑問にモディはそう答えた。

 なるほど。ない袖は振れなかったわけか。


「どうやってきたの?」

「空を飛んで。というか吹っ飛んで?」

「魔法の箒で飛んできたの?」

「何言ってるんだ。箒で空なんて飛べるわけないだろ?」


 キキはあきれた感じで答える。まあそうだよね。

 魔女と言ったら魔法の箒だったけどそんな非現実的な方法じゃないか。


「はっきり言って、お前らの移動法はいかれてやがる。死ぬかと思ったぞ」

「ですがあれが一番早いですよ?」

「着地の時にこれがなかったら死んでたぞ」


 そう言って見せるのは魔導弾。先日使った魔法の代わりになる魔道具だ。

 そのアイテムは今現在血に濡れ呪われている。

 先日の事件で残っていた弾頭はすべて使い切ったはずだった。

 でもその後モディが呪いをかけて二弾残ってる状態に巻き戻したのだ。


「いくら撃ってもなくならない魔法の弾か……」


 元値が五万。いくら使ってもなくならないならもとは簡単に取れる。

 魔法の詠唱なしでいくらでも撃てる魔導弾。凶悪すぎる。

 幸いに弾を使い切ってから呪いが発動するまで数分かかる。

 この時間があるのはセーフティのためだ。

 詠唱なしの魔法の弾。魔女の天敵になりえる。

 というか危険極まりない。悪人に奪われたら目も当てられない。

 まあ、ニコラなら避けて斬ってで終わりだけど……


 話は戻る。


 キキの使ったという魔女の高速移動方法。

 それがあるなら使わない手はない。

 時間も惜しいし、私の体力もなくてもいけるなら助かる。


「あれ、私でも苦手なんですよね……」


 そう言ってニコラは物置から一個の樽を持ってくる。

 結構大きい。女の子なら三人くらいは入れてしまう大きさだ。


「なにこれ?」

「何って見た通り樽ですが?」

「いや街まで一飛びの魔法でしょ?」

「だから樽を使うんでしょ?」


 なんだかよくわからない。樽で空を飛ぶ?

 箒の代わりに樽を使うのか?

 私は頭の中に疑問符を浮かべつつニコラの準備を手伝う。


「ええと、街への方角と街道の距離がこうですからこんな感じでしょうか」

「樽を傾けてどうするの?」


 ニコラは地図を見ながら何かしら計算をしている。

 樽を傾け氷の魔法を使い樽の傾きの角度を固定する。


「距離と角度はこれでいいでしょう」


 なるほど。ただやみくもに飛ぶんではなく方向や距離を計算しないとなのか。

 この点は前世での航空機もいっしょだ。


「さあ中に入ってください」


 樽に入る。よくわからないけどこれが本当に空を飛ぶのだろうか?

 キキは少しうんざりした顔で樽に入る。私も続いて樽に入る。

 何とか三人入れそうだ。最後にニコラが収まると魔石を取り出す。


「では行きますよ。舌をかまないように注意してください」

「またこれか……」


 キキは泣きそうな顔でつぶやく。

 え、なにそれ怖いんだけど。私は飛行機に乗ったことがない。

 人生初フライトだ。

 ニコラが呪文を詠唱する。樽の底に風の渦が集まりだす。


「烈風よ。弾けよ」


 突如の衝撃。全身が地面に押し付けられるような圧迫感。

 重力が加速によってます。

 樽の高度はぐんぐんとまし、見える景色は天を衝く木々が豆粒ぐらいになった。

 時間にして数秒。高く上がった私たちは突如の浮遊感に見舞われる。


「あれ、これ落ちてない?」

「はい、そうですよ」

「死ぬ。マジで死ぬ」


 魔女でないはずのキキが何やら呪文を唱えだす。

 樽から飛び出てしまいそうであわてて樽の縁に掴まる。

 豆粒に見えていた木々がどんどん大きくなってくる。


「ね、ねえ。これどうするの?」

「あとは落ちるだけです」


 ぐんぐんと地面が近づいてくる。

 もうブレーキをかけないと地面に直撃しかねない。


「ちょ、これ落ちちゃうんじゃない?」

「はい、当然です。落ちますよ?」


 ニコラはそう答えた。

 それでは地面に激突してしまう。


「この移動法は風で吹き飛んで落ちるだけです」

「やっぱりか。ブレーキなしの人間大砲だろ!」


 私は慌てて風魔法を唱える。

 樽の周囲に風がまとわりつき減速を始める。


「あ、これもうだめだわ」


 次の瞬間、樽は轟音とともに地面にたたきつけられ盛大に砕け散ったのだった。



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