第12話

 領主のおばさま(超怖い)の命令で私たちは住処を街の中に移した。

 塀に囲まれた町の中は安心できるようで結構危ないらしい。


「人の多いというのは悪い点も多いのです。人を隠すには人の中。悪人も多いのです。知らない人について行ってはダメですよ?」

「いやいや、さすがに子ども扱いしすぎだよ。知らない人にはついてかないって」


 こう話したのが引越しの終わってすぐの晩だった。


「うふふ、お馬鹿さんなのは本当みたい。のこのここんな路地裏についてくるなんて」


 私はいま、そう言って首元に剣先を突き付けられている。

 逃げ出せないように後ろ手に捕まれて痛いし、杖も取り上げるほどの徹底ぶり。


「声を出したら殺す。隠し持ってる魔石に手をかけただけでも殺す」


 やばい死ぬ。殺される。

 いざという時ニコラを呼べるように刻印の入った魔石を持たされていた。

 それもすでにバレている。


 私を拘束するのは町に来た時領主様のすぐ近くにいた優しそうなお姉さん。

 モディさん。私たちの新しい同居人だった。


「ちょっと領主様に用があるのでついてきてくれる?」


 そう言われてついてきたら路地裏で襲われて今の状況。

 知らない人じゃないんだもん、仕方ないでしょう。

 街怖い。知ってる人がいきなり殺そうとしてくるなんて。


「目的を言え。なぜ、貴様あの方に近づいた?」


 あの~。しゃべったら殺すって言われてるんですけど。

 声出した瞬間に首ちょん、はないですよね?


「あ、あの方って誰?」


 私は恐る恐る訊ねる。その首に刃先が食い込んで痛みが走る。


「とぼけるな、ニコラお姉様の近くになぜ貴様のようなものがいる。本当の目的を言え」

「あ、あれ。ニコラの知り合いだったの?」

「剣姫なのだこの国の誰でも名ぐらいは知ってるのは当然。なのに貴様は出会ったときのことを聞けば知らなかったととぼけている。私に嘘は通じない。何を隠している」


 剣姫の称号をもらっているニコラはかなりの有名人らしい。

 その名前を聞いて知らないというのはおかしいという。


 うわあ。もう駄目だ。目がいっちゃってて刺す気満々。

 なんか超怒ってるし。

 でも、本当のことを言ったらニコラとの契約で死なないといけない。

 ニコラが魔女の弟子であることとか私の正体なんて口が裂けても言えない。

 バレれば死刑まっしぐらだからだ。

 命の対価は命という契約。秘密を命がけで守らねばならない。

 かといって話さないと今すぐ殺され……


「あれ、私を殺したらアンデッドが街に現れることにならない?」


 不殺の呪い。トリッシュが不殺の魔女と呼ばれるようになった世界そのものを作り替える禁断の域の魔法。それがあるのに私を殺せるの?


「そんなこと些細なことだ。現に殺人はいまだになくならない。私の様に領主側近ならいくらでも証拠はもみ消せる」


 魔石鉱溶液を使うにしても入手先が限られる。そこから絶対足が付く。

 そう思ったのに否定された。


「いやぁ。殺さな……」


 思わず悲鳴を上げそうになって思いとどまる。いや、待ておかしい。

 あの領主がそんなこと許すはずもない。絶対、使用履歴を細かくチェックしてる。

 相当の切れ者だ、あの人を誤魔化せるはずがない。

 

 ばれたら牢にぶち込まれて奴隷として一生危ない場所でこき使われるらしい。

 事故死なら不殺の呪いは発動しないって話だし、実質死刑だ。怖い。

 それにこの前、魔石鉱溶液は在庫がないと言っていた。

 今殺しをできるとしたら魔女ぐらいだ。殺しには魔女の血が必要。


 つまりは、この人は……


「もしかして。あなた、魔女?」

「今頃か。気づくのが遅い。本当に以前の記憶がないのか……」


 めんどくさそうにモディは答えた。しかし、首にあてている刃は下ろさない。


「えぇ、じゃあ味方でしょ。私のこと試したの?」

「ちっ。契約を破らせようとしたのに、失敗か……」

「おおっと、普通に敵だわ。私にとっては、だけど」


 今、この人舌打ちしたよね?

 優しいいい人だと思ってたのに裏切られた気分だ。


「だが、馬鹿すぎる。やはり、あの方の近くに置くのは危険すぎる」

「ニコラってあなたとどう言う関係?」

「ま、まさか。ここまでなの、察しが悪すぎて困る……」


 どうやらこのモディ。

 私達の味方として、いやニコラを崇拝してるっぽいからニコラのために領主の目をそらしてくれたらしい。

 魔女の血を宿す数人の生き残り。どうやら、ニコラとは姉妹弟子か。

 そう、魔女が私の同居人に加わったのだ。


 モディはやっと私を解放した。


「さてっと、じゃあおうちに帰ろっか?」


 突然の変貌ぶりに私はあっけにとられる。

 私の殺害に失敗したから家に行って今後を話し合うという。


「もちろんだけど、さっきのことは二人だけの秘密ね?」


 ウインクして笑顔を向けられても怖いだけだ。

 可愛いおねーさんモードのモディは女の子でも騙されそうだ。

 やばい契約書にサインしてしまっても仕方ない。

 うん、新たな魔女の契約。ニコラを全力で守ること。

 ニコラの危機に裏切らないことなどが追加された。


「断ったら殺す。お姉さまへは野盗にうっかり殺されたせいで、泣く泣く魔石に封じたと説明する」


 こんなこと言われたら仕方ない。

 それでもニコラ、あなたのことを物凄く怒ると思うけど。

 この世界私にちょいと厳しすぎません?

 命の価値が呪いのせいで酷く軽くなりすぎている。


「ただいま戻りました、お姉さま」

「ああ、モディ。思ったより早かったですね」

「はい、お姉さまの大切なペットを危険にさらすわけにもいかず急ぎ戻ってまいりました」


 ああ、ペット枠なんだ私。

 それよりこのモディさんさっきの雰囲気から一転して明らかにニコラしか見てない。

 尻尾があったらぶんぶん振ってる子犬みたいだ。

 ニコラにぞっこんなのね、この人。


「ペットじゃないよ!」

「そうです。私の大事な抱き枕です」

「そ、そんな。抱くなら私にしてください」


 モディがそんなことを言いだす。

 稼ぎがなかったときは体で払う。そういう話で抱き枕になるんだけど、ニコラは寝相が恐ろしく悪い。幾度か絞殺されそうになった。

 あんな目にあいたいとはこの人やっぱヤバイ。


「それならとりあえず今日は部屋の中で過ごしましょうか?」


 ニコラの提案に三人で家の中に入る。

 そのとたんぞわっと髪の毛が逆立つ。


「私のステラに、よくもやってくれましたね?」


 ニコラが激おこです。もしかして、さっきのやり取り最初から見られていた?

 そして、止める暇もなくモディの首を切り落とした。

 床に飛び散る蒼い血。ゴロゴロと転がるモディの首と目が合った。

 途端、こみ上げてくる酸っぱいもの。

 私はいつものごとくトイレに駆け込み戻してしまった。


「やっちゃったよ、とうとう。どうする、逃げるか」


 私は焦る。ニコラが殺人を犯した。

 チャームの魔法が効きすぎているのだ。まずいどうしよう。


「なんで殺しちゃったのさ。ひどいよ、姉妹弟子でしょ?」


 バスルームの扉越しにニコラを非難する。


「そうですか? こんなのいつものことですよ」


 私の言葉にニコラは笑う。

 この世界の者たちは命に対して軽く考えすぎる。


 それに殺してしまって領主にどう説明する気なのか。


「あ、もう平気ですか?」


 私がバスルームから出るとニコラはいつもの笑顔で私を迎える。

 その横には見知った顔が立っていた。


「ご、ごめんなさい……」


 ついさっき首を切り落とされて死んだはずのモディだった。


「ああ。いつものことってそういう事ね……」


 魔女は不老。ついでに不死のものも結構多いようだ。

 後に聞く話。不忘の魔女、モディ。

 その二つ名は伊達ではなかった。


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